56話 探偵、宝石人の少女を助ける
宝石人の一行を森の中から眺めていた俺とアマミであったが、この時点では物珍しげに見ているだけであり、特に関わる理由もなかった。
一行の中にいる唯一の人間の男が、実は俺を罠にはめて捕まえようとしていたことは後になって知ったのだが、無論、この時点ではそんなことは知らない。仮に知っていたとしても、俺を捕まえようとしている連中なんて他にも大勢いるだろうから、害がなければ、いちいち1人1人を相手にしようとは思わなかっただろう。
それが、結果として深く関わるようになったのは、この時ちょっとした事件が起きたからである。
行列の先頭のほうで、どさり、と音がしたのだ。
何か小さなものが荷車から落ちたのである。
《なんだ?》
俺が念話で疑問を投げると、アマミがすぐに答えた。
《宝石人の少女が落ちたんです》
《少女?》
《ええ。歳はわたしより少し上……15歳くらいでしょうか。荷車にドラゴンの死体が載っているでしょう? そのドラゴンの大きな爪が少女の体に刺さっていたんです。それが、振動で爪から抜けて、地面に落ちたんですよ》
《それは大丈夫なのか?》
《大丈夫じゃないでしょうね。槍で刺されたようなものですよ。不幸中の幸いと言いますか、即死はまぬがれたようで、まだ生きてはいますが、血まみれです。ほら、あそこに倒れているでしょう? あのまま放っておけば、もう間もなく死んでしまうでしょうね》
俺は地面に落ちた宝石人の少女を見た。
アマミほど目が良くないので、はっきりとは見えないが、ひときわ青い服の腹部のあたりがベッタリと赤く染まっているのがわかる。
そんな瀕死の少女(ひときわ青い服を着ているので、暫定的に『青の少女』と呼ぶことにする)の横を、同族の宝石人たちが見向きもせず、通り過ぎていく。
ほどなくして、列の中央にいる人間の男が、倒れている青の少女のところにさしかかった。
男は青の少女に気づくと、馬を止めた。
口を動かす。何かを言っているようである。
《「おや、またゴミが死にましたか」って言っていますね》
《わかるのか、アマミ?》
《このあたりは、わたしたちとあの人たち以外誰もいなくて静かですし、それに音を遮るものもないですからね。なんとか聴き取れます》
アマミは目だけでなく、耳も良いようである。
《なるほど。ならこの先、あの男が何か言うたびに、なんて言ったか俺に教えてくれ。何か役に立つ情報が得られるかもしれない》
《ふふ、了解です》
日頃から「ジュニッツさんの無茶振りを聞くのが、わたしのライフワークです」などと物好きなことを言い、俺に頼られるのがとにかく好きなアマミは、嬉しそうにうなずく。
一方、人間の男は、馬上からしばし青の少女を見下ろしていたが、宝石人たちが自分を押しのけながらどんどん先に進んでいってしまっていることに気づき、
「全員、止まりなさい!」
と大きな声で叫んだ。
よく響く声なので、俺にも聞こえる。
男の声に、宝石人たちは一斉にぴたりと止まる。
人間の男は、あらためて青の少女に近づき、何やら口にする。
《「ほう、死んだと思いましたが、まだ生きているようですね」って言っていますね。それから、何か話しかけています》
アマミによると、人間の男と、青の少女との間で、次のような会話がなされたという。
「まだ生きているとは驚きましたよ、宝石人の少女さん。ええと、あなたのお名前はなんでしたっけ? ま、道具の名前なんてどうでもいいですねぇ」
「あ、ぐ……あ……」
「おやおや、私をにらみつけるということは、操りが解けたのですか。瀕死になると解けることがありますからねぇ。おめでとうございます。今のご気分はいかがですか?」
「ころ……す……殺す……」
「あっはははは、ご心配いただかなくても、あなたがた低レベルの宝石人たちの命を存分に利用して魔物を狩り、たっぷり名誉と名声を得た後で、何十年かのちに豪華なベッドの上で満足しながら寿命で死んであげますよ。よかったですねぇ」
「ぐっ……くっ……」
「さて、この傷ならどうせすぐ死ぬでしょうが、万が一あなたの死に際に誰かが通りがかって、私のことをしゃべられても面倒です。そうですねえ、あそこの茂みに隠しておきましょう。なあに、あなたの醜い死体が残ることはありません。このあたりは夜になると死体漁りをする魔物がうろつきますからね。あなたの体も、残さずきれいに食べてくれますよ。ご安心ください。うふふ」
人間の男はそう言って近くの男に命じ、青の少女を草原に点在する茂みのひとつに捨てさせると、
「ゴミ掃除も終わりましたし、町に帰りましょうか。帰ったら町で魔王を探さないといけませんしね。さあ、出発ですよ、皆さん」
と言って、宝石人達を引き連れて去って行った。
ほどなくして、姿が見えなくなる。
人間の男が青の少女を殺さなかったのは、ドクロマークを嫌がってのことだろう。
この世界では、不当な理由で人を殺すと、レベルボードにドクロマークがつく。つくとどうなるかはわかっていないが、不気味である。避けられるものなら避けたい。
だから、殺さず、茂みに隠すにとどめておいたのだろう。
とはいえ、放っておけば、すぐにあの少女が死ぬのも確かである。
俺は助手の少女に声をかけた。
「アマミ」
「はい」
「あの茂みの中に青の少女……つまり宝石人の少女がいること、外から見てわかるか?」
「うーん……まずわからないでしょうね」
「もう1つ聞きたい。あの人間の男と宝石人たちは、俺たちの存在に気づいていたか?」
「間違いなく気づいていません。気づいていれば、気配というか雰囲気というか……上手く言えませんが、そういうのでわかります。そのへんの感覚には自信があります」
「ってことは、何かの策略である可能性は低いか」
行き倒れを利用した策略なんてのは、古典的な『行き倒れに声をかけたら実は盗賊で、助けようとしたところを襲われた』というのを始めとして、色々ある。
だが、どんな策略であるにせよ、まずは行き倒れの存在に気づいてもらわないと始まらない。
あんな、外から見えないような茂みの中に少女を隠していては意味がない。
ありえるとしたら、『あの人間の男が、策略をしかけようと思っている誰かに、青の少女を茂みに隠しているところをわざと見せた』という可能性だろうか。
たとえば、茂みに捨てられた青の少女を助けたと思ったら、実は少女は俺たちを狙ったスパイだった、というやつだ。
だが、先ほどアマミは「このあたりは、わたしたちとあの人たち以外誰もいなくて静かですし」と言っていた。
となると、『策略をしかけようと思っている誰か』に当てはまるのは、俺たちしかいない。
だが、連中は俺たちの存在に気づいていなかった。
つまり、この可能性もない。
「助けるか」
俺は口にした。
策略の可能性は極めて低いとはいえ、救助する義理はないが、このままあの青の少女に死なれても気分が悪い。
それに、先ほどあの人間の男は「帰ったら町で魔王を探さないといけませんしね」と言っていた。
町で魔王を探す、というのがどういう意味かはわからないが、魔王を倒して回っている身としては気になる。
青の少女なら何か知っているかもしれない。助ければ、情報が聞き出せるかもしれない。
いずれにせよ、助けて損にはならないだろう。
「アマミ。あの青の少女をここに運んできて、治療をしてやってくれ。誰にも見られないようにな」
「はい、わかりました」
答えるなり、アマミはびゅっと飛ぶように駆けていき、茂みから少女を素早く引っ張り出すと、森にいる俺のところまで運んできた。
あっという間である。
アマミは少女をそっと地面に横たえると、テキパキと治療を始めた。
傷を見て、魔法で鑑定し、浄化魔法や回復魔法をかける。
時々、そっと唇を湿らす程度に何かの液体を飲ませもする。
少女はぐったりとしていて、苦しそうに息をするばかりである。
意識があるのかないのかもわからない。
≪助かりそうか?≫
俺は青の少女に聞こえないように、念話でアマミにたずねた。
もし少女に意識があって、しかも助かる見込みが薄かったら、そんな話を聞かせるのもどうかと思ったからだ。
≪今のところ、7:3くらいでしょうか。助かる方が7です≫
≪そうか≫
俺は治療をアマミに任せ、しばしの間待つことにした。




