53話 探偵、メイにプレゼントを贈る 3
「か、価値を下げればいいって、一体どういうことだ?」
エヴァンスが、わけがわからないといった顔で聞いてくる。
「言葉通りさ。実際にやってみよう」
俺はそう言うと、ポイントボードの一覧から神の祝福『アイテム取得』を選択した。
そうすることで、自然と使い方が頭に入ってくるのだ。
『アイテム取得』を使うには、手をかざして、取得したいアイテムを念じればよい。
俺は『レベルを1上げる薬』と念じた。
すると、ポイントボードに、こんな文章が表示された。
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<取得するアイテム>
レベルを1上げる薬
このアイテムを取得しますか?
はい
いいえ
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ここで『はい』を選択すれば、アイテムが手に入る。
逆に『いいえ』を選択すれば、キャンセルとなる。
俺は『いいえ』を選んだ。
「こんな風に、レベルを1上げる薬なら取得できるみたいだな。今度は、『レベルを2上げる薬』と念じてみよう」
俺は再びポイントボードに手をかざした。
今度はこんな文章が表示された。
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<取得するアイテム>
レベルを2上げる薬
アイテムの価値が高すぎるため、取得できません!
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「なるほど。価値が高すぎる場合は、取得できないとメッセージが出るのか」
俺は、つぶやいた。
一方、エヴァンスは表情を暗くした。
「ジュニッツさん、やっぱりダメだよ……。レベルをたった2上げる薬ですら、価値が高すぎると言われてしまうじゃないか……」
俺は首を横に振った。
「そんなことはねえさ。たとえば、そうだな。ポーションってあるだろ? 飲むと傷が回復するアイテムだ。エヴァンスも使っているだろ?」
「あ、ああ、使っている」
「ポーションを買う時、何を気にしている?」
「うーん、一番は回復量だな。飲むとどれだけ回復できるかだ」
「他には?」
「他? そうだなあ、色々あるが、例えば……副作用かな。回復するのはいいが、数日後に腹痛に襲われるなんて質の悪いポーションもあるからな」
「つまり、悪い副作用のあるポーションは、価値の低いポーションってことだな」
「ああ、そうなる」
「じゃあ、同じ視点で考えてみろ。『レベルを上げる薬』の価値を下げるには、どうすりゃいい?」
「そ、そうか! 何か副作用をつけてしまえば!」
「その通りさ」
俺はポイントボードに手をかざした。
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<取得するアイテム>
レベルを2上げる薬(マイナス要素つき)
※飲むと1ヶ月の間ずっと、動けないほど激しい腹痛に襲われる。
このアイテムを取得しますか?
はい
いいえ
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「な、なるほど……っ!」
とエヴァンスはうなった。
「薬にマイナス要素をつけたのか! 『レベルが2上がる薬』では価値が高すぎて取得できない。だから、『レベルが2上がる代わりに、1ヶ月激しい腹痛のする薬』にして、薬の価値を下げたのか!」
正解である。
『腹痛』というマイナス要素をつけることで、薬の価値を下落させたのだ。
これなら、レベルが2上がる薬を取得することができる。
★★ 確定した事実1 ★★
マイナス要素をつければ、強力なアイテムが取得できる。
「だ、だが、ジュニッツさん。この薬はちょっと……」
エヴァンスが困ったような顔で言う。
娘を激しい腹痛で苦しめる薬、というのは受け入れがたいのだろう。
「わかってるさ。こんな薬は、俺もどうかと思う。それに、さっき俺が言ったこととも矛盾する」
「問題?」
「ああ。俺はさっきこう言った。『メイだからこそできる安全・迅速なやり方』で彼女のレベル2以上上げることができると。だが、飲むと腹痛になる薬でレベルを上げても、そんなの腹痛さえ我慢しちまえば誰でもできることだろ? メイだからこそできるやり方にはならねえ。矛盾しているよ」
「じゃ、じゃあ、どうすれば?」
「どうすりゃいいと思う? メイにしかできない方法で、薬の価値を下げるにはどうしたらいい?」
「う、うーん……」
エヴァンスは腕を組んで、考えた。
メイも「わたしにしかできない方法……」とつぶやいて考え込む。
アマミも「ジュニッツさんのことですから、きっとまた何か悪いことでも考えているのでしょうけど、なんでしょうねえ」などとぬかしながら、考える。
が、やはり誰も何も思いつかないようである。
「だめだ、ジュニッツさん。全然わからないよ……」
エヴァンスが降参する。
俺はまたヒントを言うことにした。
「思い出してみろ。俺は『メイだからこそできるやり方』が正解だと言った。メイだからこそできることって、なんだ?」
「……裏世界スキルか?」
「そうだ。じゃあ、その裏世界スキルで何ができる?」
「何ができるか……」
とっさに説明できないのか、エヴァンスは言葉につまる。
代わりに答えたのはメイだった。
「あっ、先生、わたし、わかるよ。まず、裏世界に行くことができる。それから1分経つと、現実世界に戻るの。戻ると、裏世界で起きたことは全部なかったことになっている。裏世界でケガとかしても、全部元通りになるの」
「おおむね正しい。ただ、1つだけ元に戻らないものがあるだろ」
「戻らないもの?」
メイは首をかしげる。
「ヒントは頭の中にあるものだ」
「……あっ、記憶!」
「その通り」
俺はうなずいた。
裏世界スキルの説明文には『裏世界に行ってから1分後、元の世界に戻る。戻った時は、裏世界に行った人間の記憶以外、何もかも元通りになる』と書いてある。
「裏世界に行っても『記憶』だけは残る。この事実から、どんな薬を取得すればいいか、わかるんじゃねえか?」
そう言って俺はメイをはじめ、一同を見回す。
しばらく待ってみるが、みな、考え込むばかりで何も答えが出てこない。
「難しく考えることはねえさ。要は『記憶』を上手く使って、薬のマイナス要素を打ち消せばいいんだ。答えは何通りもあるが……例えば、これが正解の1つだ」
俺はポイントボードに手をかざし、欲しいアイテムを念じた。
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<取得するアイテム>
レベルを2上げる薬(1錠)(マイナス要素つき)
※薬を1錠飲むと、体内に紋章が刻まれる。紋章は基本的に無害だが、紋章が刻まれた状態でさらに薬を飲むと死ぬ。紋章は100年経つと消える。
※薬は『同じ薬を過去に1錠以上飲んだことがあるという本物の記憶』がある状態で、さらにもう1錠飲んだ時にはじめて効果がある。
このアイテムを取得しますか?
はい
いいえ
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一同はポイントボードを見つめ、きょとんとした。
「……な、なんだこれは?」
エヴァンスが、まるで理解できないという顔で、そう言う。
「見ての通りさ。この薬は2錠飲まないと効果がない。おまけに100年間隔で1錠ずつ飲まないと死ぬ」
つまり、こういう風に飲まないといけないのだ。
1.薬の1錠目を飲む。『過去に同じ薬を飲んだ記憶』がない状態で飲んだため、効果はない。体内に紋章が刻まれる。
2.100年待つ。紋章が消え、薬の2錠目を飲んでも死なないようになる。
3.薬の2錠目を飲む。100年前に同じ薬を飲んだ記憶があるため、効果がある。レベルが2上がる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、ジュニッツさん。要するに100年も間を置いて、1錠ずつ飲まないといけないってことか? そうしないと死ぬってことか?」
「そうなるな」
「それじゃあ、何の役にも立たないじゃないか! 100年も待ってたら死んでしまう!」
「普通ならな。だが、メイなら話は違う」
そう言って、俺はメイを見る。
「え? わたし?」
「ああ。メイは裏世界を使える。裏世界で起きた出来事は、現実世界に戻った時、記憶以外は全部元通りになる。さて、となると、裏世界で薬を飲んでから現実世界に戻ったらどうなる?」
まず、体内の紋章は消える。現実世界に戻れば、何もかも元通りになるからだ。
一方で、薬を飲んだという本物の記憶は残る。
「紋章は消え、薬を飲んだ記憶は残っている。この状態で、もう一度薬を飲めばどうなる? 簡単にレベルが上がるじゃねえか」
つまり、こういう話である。
1.裏世界に行く。
2.薬を1錠飲む。『過去に同じ薬を飲んだ記憶』がない状態で飲んだため、効果はない。体内に紋章が刻まれる。
3.現実世界に帰る。紋章は消える。薬を飲んだ記憶は残る。
4.現実世界で、もう一度薬を飲む。裏世界で薬を飲んだ記憶があるため、効果がある(レベルが2上がる)。紋章は消えているので、飲んでも死なない。
「な? 100年も待たなくても、ものの数分でレベルが2上がる。安全で迅速。まさにメイにしかできないやり方だろ?」
★★ 確定した事実2 ★★
アイテム取得と裏世界を組み合わせることで、事実上デメリット無しに強力なアイテムが得られる。
俺の言葉に、一同はポカンとした。
アマミもメイもエヴァンスも、みな呆然とする。
しばらくして、ようやく俺の言いたいことが伝わったのだろう。
「な、な、なるほど……なるほど! これなら確かにメイのレベルを上げられる!」
エヴァンスが興奮気味に叫んだ。
顔には喜びの色がありありと浮かんでいる。
とてもうれしそうだ。
「じゃあ、さっそくレベルを一気に上げる薬を取得してみるか」




