52話 探偵、メイにプレゼントを贈る 2
俺が何をしたいのか、メイとエヴァンスはよく理解していないようだった。
2人とも、とまどった顔をしている。
俺は改めて説明することにした。
「メイ」
「は、はいっ!」
とまどっていたところに声をかけられ、メイは我に返ったように顔を上げる。
「俺はお前に、魔王討伐の分け前を渡したい」
「わ、分け前ですか?」
「そうだ。メイの活躍がなければ、剣の魔王は倒せなかった。その正当な報酬を、ポイントを使って贈りたい」
今回、剣の魔王討伐のポイントを、俺はひとりじめしてしまっている。
というのも、ポイントは、現場で直接戦った人間のみがもらえるからだ。
昔、とある魔王が討伐された時も、魔王を斬りつけた剣士や、魔王の攻撃を盾で防いだ重戦士や、魔王の攻撃をかわしながら仲間の回復・支援を行った白魔術師や、身を危険にさらしながら指揮をとったリーダーのような現場で戦った面々はポイントをもらうことができた。
しかし、剣士の剣を作った鍛冶職人や、重戦士の身の回りの世話をしてきた従者や、白魔術師に魔法を教えた先生のように、間接的に支援してきた者たちは1ポイントも取得していない。
あくまで、魔王戦の本番で、直接勝利に貢献した者だけがポイントをもらえるのだ。
剣の魔王との戦いにおいても同じだ。
魔王戦の本番で戦ったのは俺1人である。それゆえ、今回の魔王討伐の報酬10700ポイントも俺がひとりじめしてしまっている。
だが、前も言ったように、俺は本番よりも準備を重視する男である。
その準備において、メイは十分すぎるほど貢献してくれた。
貢献に値するだけの分け前を渡さないと、後味が悪い。だいいち、メイの働きを正当に評価しなかったら、「レベルの低いやつは全員評価に値しないゴミ」と公言するレベル至上主義者どもと同じになってしまうではないか。
「で、でも、わたしなんかが報酬なんて……」
メイはそう言って遠慮していたが、「俺をレベル至上主義者どもと同じにさせないでくれ」と強く言うと、「わ、わかった」とうなずいた。
「それで肝心の報酬なんだが……メイとエヴァンスの望みは『平穏に暮らすこと』だったな?」
俺の言葉に、2人は首を縦に振った。
「その平穏な暮らしというのは、具体的にどういうものだ?」
この質問に対し、メイとエヴァンスは最初、答えるのをためらった。
自分の望み――俗な言い方をすれば欲望を大っぴらに口にするのは、みっともないという感覚があるようだった。
それでも、どうにかして聞き出す。
聞き出した内容を要約すると、こうだった。
『どこかの町で、平和に暮らしたい。
エヴァンスは無理のない範囲で冒険者稼業を続けたい。
メイはまだ将来のことはわからないけれども、何かの仕事ができればと思っている』
どうやら2人の望む『平穏な暮らし』というのは、森の隠者のように人里離れたところでひっそりと隠れ住むことではなく、あくまで人間社会の中で暮らすことらしい。
考えてみれば、当たり前の話である。エヴァンスもメイも普通の人間である。普通の人間というのは、人間の町や村に定住し、仕事をし、縁があれば結婚をして家庭を作り、そうやって暮らしていくものだ。辺境で世捨て人になったり、妖精の森に移住したり、そういう人間社会と絶縁する選択は取りづらいものだ。
それでも、俺は疑問に思ったことがあった。
「人間社会の中で暮らして大丈夫か? 人間が嫌いになったりしていねえか?」
この親子は、メイのレベルが低いからという理由で、これまで何度も嫌な目にあってきた。
人嫌いになっていてもおかしくない、と思ったのだ。
エヴァンスとメイの答えは「嫌いになってはいない」だった。
「そりゃあ、全く嫌いになっていないと言えば嘘になるが……いいやつらに出会ったことだってあるし、世捨て人になるほど嫌いになっちゃいない。できれば、人間たちの中で暮らしたいよ」
とエヴァンスは言う。
「わたしも同じ……先生やアマミさんみたいな人もいるから」
とメイも言う。
≪ふふふ、いい人たちですねえ。ジュニッツさんみたいにひねくれていませんよ≫
アマミが念話でからかってくる。
≪うるせえよ≫と俺は言う。
≪はいはい≫とアマミは笑う。
俺はエヴァンスとメイに向き直った。
「2人の望みはわかった。でだ、結論から言うと、この『神の祝福』を使えば、2人の望みを叶えることができる」
そう言うと、俺は自分のポイントボードを見せた。
そこには、こんな神の祝福が表示されていた。
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<アイテム取得>
欲しいアイテムが1つ手に入る。
ただし、手に入るものの価値には限度がある。
手に入るものの例(これが上限)
・レベルを1だけ上げる薬
・3倍の速さで耕せる農具
・3日に1個、パンが湧いてくる壺
消費ポイント:3000ポイント
※この神の祝福が使えるのは1回だけ。再度ポイントを消費して使うことはできない。
※使用者にとって害が大きすぎるアイテムは取得できない。
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「これを使えば、お二人の望みが叶うのですか?」
アマミが聞いてくる。
「たぶんな。俺も、この祝福をどう使えばいいのか、まだわからねえが……上手く使えば、メイとエヴァンスに平穏な生活を送らせることができる。そういう直感がある」
「ふうむ、直感ですか。ジュニッツさんは、いつもそれですからねえ。『この能力を使えば魔王を倒せる直感がする』とか言って、妖精の森や魔王の檻に突っ込んでいくんですから。尻ぬぐいをするこっちが大変ですよ、ふふふ」
アマミはそう言って、楽しそうに笑う。
「うるせえよ。というかだな、直感と俺は言っているが、実際は無意識のうちに、神の思考を読んでいるんじゃねえかと思っている」
「ほう、というと?」
「『神の祝福』も『スキル』も全部神が作ったものだと言われている。神なんてものが本当にいやがるかはわからねえが、神としておこう。その神には癖がある。思考の癖だ。神の祝福やスキルの一覧を見ていると、なんとなくその癖が伝わってくるのさ」
「なるほどねえ。神の癖がわかれば、裏をかくこともできる。抜け穴も突ける。そうやって、『神の裏をかいたスキルの使い方をして、魔王を倒す方法』を無意識のうちに感じ取って、それを直感と称しているわけですか。いやはや、神様の裏をかくとは、ふふっ、まさに神をも恐れぬ所業ですねえ」
アマミは、からからと愉快げに笑った。
俺はからかうアマミに、軽くデコピンをしてやると、メイとエヴァンスに向き直った。
「今の話の通りさ。この祝福をどう使えばいいのかはまだわからねえが、ともかく上手く使えばメイたちの望みが叶う」
メイとエヴァンスは目をパチクリとさせた。
2人はとまどっていた。
「あの、ジュニッツさん……」
エヴァンスが話しかけてくる。
「うん?」
「いや、あの……神の祝福を頂けるのは大変にありがたい。というより、3000ポイントも使わせてしまって、申し訳ないという気持ちすらあるほどだ。ただ……」
「ただ?」
「本当に……この『アイテム取得』で我々の望みは叶うのだろうか?」
疑っているというより、困惑した口調でエヴァンスは言った。
「とりあえず、思っていることを全部言ってみてくれ」
俺の言葉に、エヴァンスはうなずき、こう言った。
「そうだな……。たとえば、ジュニッツさん。アイテム取得の説明欄に、『3倍の速さで耕せる農具』というのが取得できると書いてあるだろう? これはすごいアイテムだ。農家になれば大成功できる。私も本業は冒険者だが、メイのためなら喜んで農家になろう。ただ……問題が2つある」
「どんな問題だ?」
「1つ目は目立つことだ。こんなすごい農具を使えば、どうしたって目立つ」
「ふむ」
「そして2つ目。こちらのほうが致命的なのだが……」
そう言ってエヴァンスは、本人に気づかれないようにそっと視線をメイに向けた。
俺はエヴァンスの言いたいことを理解した。
彼はこう言いたいのだ。
「メイのレベルが低いんだ……」と。
もともとこの親子は、メイのレベルが2しかないという理由で、住む場所を追われてきた。
レベルというのは、低ければ低いほど扱いが悪くなる。
成人しているのにレベルが1ケタであれば、どこの国でも、まず間違いなくひどい扱いを受ける。まともな仕事は与えられず、スラム街やゴミ捨て場にしか住むことを許されず、結婚も禁じられ、家族とも引き離され、理不尽な侮蔑と暴行にさらされながら生きていかなければならない。
メイは12歳であり、まだ未成年(15歳未満)である。レベル差別も幾分ゆるい。未成年というのは、一人前のレベルになるまでの準備期間と考えられているからだ。
ただ、それでも数々の白眼視や嫌がらせを受けてきた。
3年後、メイが成人すれば、より露骨なレベル差別にさらされるようになるだろう。
差別を避けるために、レベルを隠そうとしてもダメである。
この世界では、レベルボードが身分証代わりになっている。
レベルボードとは、誰でも自由に空中に出せる光の板で、名前や年齢やレベルが書かれているものである。
新しい町や村に行けば、レベルボードの提示を求められる。住み着いてからも、時折、役人や衛兵から見せるように言われる。
アマミなら光魔法で偽レベルボードを作れるが、あれは彼女がトップクラスの魔法の使い手だからできることだ。普通の人は偽造なんてできない。
要するに、メイのレベルが2しかないことは隠せない。
隠せない以上、待っているのは侮辱と暴力である。
つまるところ、『3倍の速さで耕せる農具』だの『パンが湧いてくる壺』だのを入手したところで、メイのレベルが低い以上、待っているのは悲惨な未来なのだ。
平穏な生活など手に入らない。
「ごめんなさい……」
気がつくとメイが謝っていた。
自分のレベルの低さが問題だと本人も気づいているのだろう。
心底、申し訳なさそうにしている。
「気にするな。俺もレベル1だ」
「でも……」
「それにだ。レベルが低いならレベルを上げりゃあいい。そういうアイテムを取得できるだろ?」
神の祝福『アイテム取得』を使えば、レベルを上げる薬を手に入れることができる。
そのことを俺は指摘した。
「で、でもいいの?」
「うん? メイ、なにがだ?」
「先生はレベル至上主義と戦っているんだよね? なのに、わたしのレベルを上げていいの?」
「あん?」
メイがわけのわからないことを言った。
聞いてみると、こういう話だった。
この世界の多くの人々は、大なり小なり『レベルが高い人間が偉い。低いやつはゴミ』というレベル至上主義の考えを持っている。
そして、俺はそんなレベル至上主義どもに突きつけるように、レベル1で魔王を撃破するという実績を積み重ね、世界活躍ランキングを駆け上がっている。
つまり、俺はレベルが嫌いなはずである。
そんな俺にとって、他人のレベルを上げるのは嫌なことであるに違いない。
とまあ、メイの話をまとめるとこうなる。
「悪いが全然違うぞ。俺はレベルを嫌ってなんかいない」
「そ、そうなの?」
「ああ。レベルは道具だ。強くなるためのただの道具だ。道具を憎んでなんかいねえさ。
俺が嫌いなのは道具を悪用する連中だ。レベルが低い人間を見下し、虐待し、苦しめ、時には死に追いやる。そういう風に、レベルを利用して人を傷つけるやつらが嫌いなのであって、レベルそのものを嫌ってなんかいない」
俺は、火を悪用する放火魔は嫌いだが、火そのものは否定しない。
それと同じで、レベルを差別に悪用するレベル至上主義者は嫌いだが、レベルそのものは否定しない。
でなきゃ、レベル120のアマミを仲間になんかしていない。
「そっか……変な勘違いして、ごめんなさい……」
「なあに、かまやしねえさ」
メイの謝罪に、俺は笑って答えた。
そこにエヴァンスが、暗い顔をしてこんなこと言った。
「だ、だが、ジュニッツさん。そんな風に娘のレベルを上げると言ってくれるのは大変ありがたいんだが……その……レベルを上げる薬は役に立たないと思うんだ……」
「というと?」
「これを見てくれ」
そう言ってエヴァンスは、ポイントボードの『アイテム取得』の説明欄を指差す。
『欲しいアイテムが1つ手に入る。
ただし、手に入るものの価値には限度がある』
「まず、ここに書いてある通り、『アイテム取得』で手に入れられるものの価値には限度があるんだ」
「だな。それで?」
俺の問いかけに、エヴァンスはさらに別の箇所を指差す。
『手に入るものの例(これが上限)
・レベルを1だけ上げる薬』
「見ての通り、『アイテム取得』で手に入る最も価値の高いアイテムであっても、レベルは1しか上がらないんだ。つまり、この神の祝福を使っても、レベルは最大でも1までしか上げることができない。1だけ上げても、メイのレベルが2から3になるだけで意味がないんだよ……」
そう言って、エヴァンスは悲しそうにうなだれる。
だが、俺は「できない」と言われるとやる気が出る男である。
エヴァンスの諦めたような顔を見た途端、俺の脳裏にひとつのアイデアが浮かんでいた。
答えを見つけたのだ。
「問題ねえさ。アイテムの価値が高すぎて取得できねえなら、価値を下げればいい。そうすりゃ、レベルを大きく上げることだってできる。それもメイだからこそできる安全・迅速なやり方でな」
「……は?」
俺の言葉に、エヴァンスは目を丸くした。




