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48話 探偵、剣の魔王を倒す 後編

(あった! ここだ!)


 俺が見つけた問題の箇所。

 それは「しがみつき→決闘」の順で能力を使う実験のシーンだった。

 長いので、しがみつき決闘と呼ぼう。


 しがみつき決闘は、こんな文章から始まる。


 ――俺とメイとで、剣の決闘をすることにした。

 ――いつもの決闘と1つだけ違う(●●●●●●)のは、『俺が木の幹にしがみついた状態で決闘を始める』という点である。


 俺が木の幹にしがみついている以外は、いつもと同じように決闘をしたと言っている。


 ところで日記には、決闘を開始する時は、お互いが決められた初期位置に立った状態で始めるルールだと書いてある。

 初期位置というのは、穴の底を真上から見ると、下図の位置だ。


     北


  ■■■■■■■

  ■  〇  ■

  ■     ■

西 ■     ■ 東

  ■     ■

  ■  ☆  ■

  ■■■■■■■


     南


 ■が穴の壁。

 〇はアマミかメイの初期位置。☆は俺の初期位置である。


 ということは、しがみつき決闘を始める時も、メイは〇の位置に立っていたはずだ。


 ★★ 確定した事実7 ★★

 しがみつき決闘開始時、メイは初期位置に立っていた


 そうやって、お互いが初期位置に立った状態で、俺は決闘能力を使った。

 その結果、何が起きたか?

 決闘能力を使うと、いつも俺が決闘相手の近くに瞬間移動する。

 この時も瞬間移動が起きたのだ。


 ――瞬間移動が発生したのだ。それも、俺が木の幹にしがみついたまま、である。


 ここまではいい。

 問題は、この後のシーンだ。


 ――5秒後、しがみつき能力が解除された。

 ――俺は、ようやく動くようになった体をほぐし、ポケットにいつもしまってあるハンカチで汗をぬぐう。

 ――ずっと驚いていたメイも我に返り、俺がずっと体をほぐし続けているのを脇目に、剣の決闘の『初期位置』まで歩いて『戻る』。


(そうだ、ここだ! ここに俺は何か『あやしさ』を感じたんだ。具体的にどこかはわからないが、何かが『あやしい』と直感したんだ。なんだ? 何があやしい?)


 俺は日記をにらんだ。

 が、焦っているためだろうか。どこがあやしいのが、自分でもよくわからなかった。


 そこで、いったん、しがみつき決闘で起きた出来事を順に並べてみることにした。

 こうなった。


 1.メイが初期位置にいる状態で、決闘を開始する

 2.メイが初期位置に歩いて戻る


(ん?)


 俺は1つのシンプルな事実に気づいた。

『決闘開始後にメイが初期位置から別の場所に動いた』ということである。

 当たり前と言えば当たり前の話である。別の場所に動いたからこそ、2で初期位置に歩いて戻れたのだ。


 ★★ 確定した事実8 ★★

 しがみつき決闘開始後、メイは初期位置から動いた


 すると、こんな疑問が脳裏に浮かび上がった。


 メイはどうやって動いたのだろうか?


(……いやいや、そんなのメイが普通に『歩いて』移動しただけの話だろ?)


 と、一瞬思ったが、それはありえなかった。

 決闘中、メイはずっと驚いているからだ。


 ――ずっと驚いていたメイも我に返り、俺がずっと体をほぐし続けているのを脇目に、剣の決闘の初期位置まで歩いて戻る。


 そして、メイは驚くと動けなくなる。


 ――≪やっぱり気づいていましたか。メイさんは、緊張すると手足が震えますし、『驚くと全身が固まって一歩も動けなくなります』し、怖いと目をつぶってしまいます。これまで見てきた限り、『いつもそう』でした≫

 ――アマミの言うことは『事実』である。


 驚いていたメイが、自分の足で動くはずがない。

 よって、『歩いて移動した説』は、ありえない。



(じゃあ、どういうことだ? ……裏世界から現実世界に帰った時に動いたのか?)


 裏世界から現実世界に帰ると、現実世界で元いた場所に『戻る』。

 この『戻る』動きで、メイは移動したのではないか?

 ようするに、こういうことだ。


 1.現実世界で、メイは穴のどこか(決闘の初期位置以外)にいる

 2.裏世界に行く

 3.メイは決闘の初期位置まで歩いて移動する

 4.決闘する

 5.現実世界に帰る。メイの位置も、1の位置に『戻る』。

 6.メイは決闘の初期位置まで歩いて移動する


 と、こういう話ではないかと思ったのだ。

 が、よくよく考えてみると、これもありえなかった。


 上の仮説では5→6の順、つまり『現実世界に帰る』→『メイが初期位置に歩いて移動』という順番になっている。

 しかし、日記では『メイが初期位置に歩いて移動』→『現実世界に帰る』というまったく逆の順番になっているのだ。


 ――ずっと驚いていたメイも我に返り、俺がずっと体をほぐし続けているのを脇目に、剣の決闘の『初期位置まで歩いて戻る』。

 ――その後、『現実世界に帰ってから』、また裏世界に来て、再度テストをする。


 よって、『現実世界に帰った時に移動した説』も、成り立たない。



(となると、どういうことだ? 俺かアマミが、決闘中にメイを「よっこらしょ」と持ち上げて移動させたとでもいうのか?)


 だが、それはありえない。


 まず俺だが、俺は決闘中、しがみつき能力を使っていた。

 しがみついている間は、一切体を動かすことができない。

 メイを持ち上げられるわけがない。


 しがみつき能力が解除されてから、俺がメイを持ち上げて動かしたということもない。

 俺は能力が解除された後、すぐに体をほぐしている。


 ――俺は、能力が解除されるとすぐ、ようやく動くようになった体をほぐす。


 そして、メイは、俺がずっと体をほぐし続けているのを見ながら、決闘の初期位置まで歩いて行っている。


 ――ずっと驚いていたメイも我に返り、俺がずっと体をほぐし続けているのを脇目に、剣の決闘の初期位置まで歩いて戻る。


 俺がメイを持ち上げて動かすヒマはない。


 一方、アマミがメイを動かしたということもない。

 彼女は実験中、一切干渉していない。


 ――先ほどは一切実験には干渉しなかったアマミだが、今回は参加してもらう。


 よって、『持ち上げて移動させた説』は、成り立たない。



(今までの話をまとめると、こうなる。

 メイは決闘開始後に初期位置から移動している。しかし、メイは歩いていない。現実世界に戻ってもいない。俺かアマミに動かされてもいない。

 じゃあ、メイはいったいどうやって移動したんだ?

 ……いや、そんなのもう1つしかねえか)


 そう、残る可能性は1つしかない。

 瞬間移動したのは俺ではなく、メイだったのだ。


 1.メイが初期位置にいる状態で決闘を開始する

 2.メイが瞬間移動する

 3.メイが初期位置に歩いて戻る


 今まで決闘能力を使うと必ず俺が瞬間移動していたのに、なぜこの時だけメイが瞬間移動したのか?

 これまでとの違いは、ただ1つ。

『事前にしがみつき能力を使っていた』という点のみである。


 つまり、こういうことだったのだ。


『しがみつき能力を使っている状態で決闘能力を使うと、決闘相手の方が俺の近くに瞬間移動してくる』


 太陽にしがみついたまま決闘能力を使うと、『俺が太陽ごと母星まで瞬間移動して』母星を蒸発させる、と先ほど推理したが、これは間違いだった。

 しがみついたまま決闘能力を使っても、俺は瞬間移動しない。決闘相手のほうが、俺の近くに瞬間移動してくるのだ。


 ◇


「ふぅ……」


 俺は大きく息を吐きだした。

 鼓動が速くなるのを感じる。


 実のところ、俺はもう魔王の倒し方に気づいていた。

 今までの推理が正しければ、もう答えは出たも同然である。


(倒せる……魔王が倒せる!)


 だが、まだだ。

 まだ結論を出す時ではない。


(落ち着けよ、俺……。推理に穴があったら、俺は魔王を倒せずに死ぬんだ。これまでのように慎重に検討するんだ)


 先ほどの仮説『しがみつき能力を使っている状態で決闘能力を使うと、決闘相手の方が俺の近くに瞬間移動してくる』は正しいか?

 何か反論はないか?


 俺は考えた。

 3つ反論が浮かんだ。


 反論1.日記には、ジュニッツが瞬間移動したと書かれている

 反論2.ジュニッツとメイが2人同時に瞬間移動した可能性もある

 反論3.しがみつき中だけ決闘相手の方が瞬間移動する理由がない


(よし、いつものように反論をつぶしていくか)


 ◇


 反論1.日記には、ジュニッツが瞬間移動したと書かれている


「日記では、ジュニッツが瞬間移動したと書いてある。メイが瞬間移動したというのはおかしい」という反論である。


(ふうむ……)


 俺は、しがみつき決闘のシーンを読み返してみた。


(……ん?)


 そして、気がついた。


(なんだこりゃ。よくよく読んでみりゃ、『俺が瞬間移動した』とは一言も書かれてないじゃねえか)


 たしかに、日記には、

 ――瞬間移動が発生したのだ。それも、俺が木の幹にしがみついたまま、である。

 と書いてある。

 だが、よく読むと瞬間移動したのが俺だとは明言していない。

 俺が木の幹にしがみついた状態を維持したまま、何かが瞬間移動したと言っているだけである。


 また、日記には、

 ――メイの正面から手前5メートルの位置に、木の幹にしがみついた俺がいる、という位置関係になったのだ。

 とも書かれている。

 しかし、俺が瞬間移動したとは言っていない。

 瞬間移動の結果、下図のような位置関係になったと言っているだけである。


 俺       メイ

 ■■■■■■■■■■

  ←5メートル→


 よって、反論1『俺が瞬間移動したと書いてある』は成り立たない。


 ◇


 反論2.ジュニッツとメイが2人同時に瞬間移動した可能性もある


「メイ1人が瞬間移動したとは限らない。ジュニッツとメイの2人が同時に瞬間移動した可能性もある」という反論である。


 なるほど、日記では最終的に『メイの正面から手前5メートルの位置に俺がいる』という位置関係になったとしか書かれていない。

 たとえば、決闘能力を使った時、下図のように2人とも少しずつ前に瞬間移動した可能性だってある。


  ■■■■■■■■

  ■  ○   ■

  ■  ●   ■

  ■      ■

  ■      ■

  ■  ★   ■

  ■  ☆   ■

  ■■■■■■■■


 メイ:○→●に瞬間移動

 俺 :☆→★に瞬間移動

 ●と★の距離は5メートル


(この反論は一見成り立つように見える……が、何か妙だな……何かがひっかかる……。なんだ? 何がおかしい?)


 俺は日記をもう一度読んだ。

 そして「あっ!」と気がついた。


 今まで話題にしてきた、しがみつき決闘シーン。

 このシーンの後、今度は『俺がアマミにしがみついて、メイと決闘する』シーンがある。

 ここで、俺はこんなことを言っているのだ。


 ――もし、俺とアマミがそろって瞬間移動したら、『2人同時に瞬間移動』という現象が『初めて見られる』ことになる。


 ということは、これより前の、しがみつき決闘シーンの時点では、『2人同時に瞬間移動』は発生していない。

 俺とメイが2人そろって瞬間移動したというのはありえないのだ。


 よって、反論2も成り立たない。


 ◇


 反論3.しがみつき中だけ決闘相手の方が瞬間移動する理由がない


「決闘能力を使うと、今までずっとジュニッツの方が瞬間移動してきた。なのに、しがみついた状態で決闘する時だけ、決闘相手の方が瞬間移動してくるのはなぜか? 理由がないじゃないか」という反論である。


 実を言うと、この反論は別につぶす必要はない。

「知らねえよ。実験したら決闘相手のほうが瞬間移動してきたんだ。そういうものなんだよ」で終わりである。


 とはいえ、理由がつけられるなら、そのほうが推理の裏付けもできて望ましい。


(ふむ……)


 俺はちょっと考えた。

 そしてすぐに、わかった。


 しがみつき > 決闘 なのだ。

 つまり、しがみつき能力は決闘能力よりも優先されるのだ。

 日記にも、それを示す実験結果がいくつか書いてある。


 例えば、こんな描写がある。


 ――決闘中、150メートル離れた木の幹に対し、しがみつき能力を使ってみたのだ。

 ――すると、しがみつき能力が『優先された』。

 ――決闘中であるにもかかわらず、俺は決闘相手であるアマミから150メートル離れた木の幹に瞬間移動して、しがみつくことができたのだ。


 本来、決闘中は100メートル以上離れることはできないのに、しがみつきを使えば離れられる。

 しがみつきのほうが優先されるのだ。

 するとどうなるか?


 本来なら、しがみつき中に決闘を使うと、次のように能力が競合してしまう。

 ・しがみつき中は、俺は『動けない』。

 ・決闘を使うと、決闘相手の近くに俺は『瞬間移動する』。


 しかし、しがみつき能力の優先度が高いのであれば、『動けない』ほうが優先される。

 俺は瞬間移動しないのだ。


 だが、それでは決闘能力の『剣による決闘を強制的(●●●)に行うことができる』が実現できなくなってしまう。

 これまでの実験からわかるように、この能力はとにかく『決闘開始時、2人を物理的に近づけることで、決闘を強制的に行わせる』という形で発動してきた。


 決闘能力としては、2人を近づけたいのだ。

 でも、しがみつき中は、そっちの方が優先度が高いから、俺は『動けない』。俺を瞬間移動させて、決闘相手に近づけることはできない。


 なら、決闘能力は、どういう形で発動すればいいか?

 簡単だ。

 決闘相手のほうを呼び寄せればいいのだ。

 これなら、しがみつきを邪魔することなく、決闘する者同士を近づけることができる。

 だから、メイが俺の近くに瞬間移動してきたのだ。


 このように理由がつけられる以上、反論3は成り立たない。


 そして、すべての反論がつぶされたことにより、次の事実が確定する。


 ★★ 確定した事実9 ★★

 しがみつき能力を使用中に決闘能力を使うと、決闘相手が俺の近くに瞬間移動してくる。


 ◇


(さて……)


 俺は、これまでに確定した事実をまとめてみた。


・俺がしがみついたのは太陽だった。

・身体性能アップすれば、太陽にしがみついても無傷である。

・しがみつき中に決闘能力を使うと、決闘相手が俺の近くに瞬間移動してくる。


(こうやって並べりゃ、明白だな)


 魔王の倒し方はこうである。


 1.剣を手に持つ

 2.身体性能をアップして不死身になる

 3.不死身のまま、太陽にしがみつく

 4.しがみついたまま、魔王に対して決闘能力を使う

 5.しがみつき中のため、魔王が俺の近くに(つまり太陽の近くに)瞬間移動してくる

 6.しがみつき能力の効果時間が過ぎ、俺は母星に戻る。魔王は置き去りである。

 7.置き去りにされた魔王は太陽に溶かされて死ぬ


(ふぅっ……どうにか時間内に結論を出せたみてえだな……)


 いつのまにか、穴の底に陽光が射し始めていた。

 魔王が現れる時が近づいてきている。

 あとどれくらい時間が残されているだろう。


 最後の時間を利用して、俺は推理の最終チェックをすることにした。

 ここまで知恵を絞って推理したのに『細かい推理ミスに気づかず、それが原因で魔王を倒せませんでした』では、ただのバカだからだ。


 今なら、推理ミスがあったとしても、ギリギリ修正できる。

 はたしてミスはあるだろうか?


 俺は、自分の推理を眺めた。

 3つ反論が思い浮かんだ。


 反論1.剣が溶けるのでは?

 反論2.母星に戻る時、魔王もついてくるのでは?

 反論3.そもそも魔王を太陽で倒せるの?


 推理をきっちり仕上げるためにも、最後まで検証しよう。


 ◇


 反論1.剣が溶けるのでは?


「決闘能力を使うには、剣を手に持っている必要がある。だから、魔王と戦う時も、剣を持ったまま太陽にしがみつき、それから決闘能力を使うことになる。でも、それだと、しがみついた時に剣が太陽の熱で溶けてしまい、決闘できないのでは?」という反論である。


 まず、剣を持ったまま、しがみつくのは可能である。


 ――右手に剣をにぎっている状態で能力を作動させたところ、しがみつくことができたのだ。

 ――片手で剣を持ったまま、うまく抱きしめる格好、と言えばいいだろうか。

 ――しがみつく相手が遠くにいれば、剣を持ったまま瞬間移動してしがみつく。


 問題はその際、『太陽の熱で剣が溶けてしまわないか?』ということだ。

 俺自身が不死身でも、剣が溶けてしまったら決闘能力が使えず、推理は破綻する。


(どうなんだ?)


 俺は日記をパラリパラリとめくった。

 すると、こんな記述が目に入った。


 ――事実、彼女と約束してから、俺はケガひとつ負っていないし、自分の服や『持ち物』すら少しも傷つけていない。


『彼女と約束してから』の約束とは、アマミとの『二度と死なない』という約束である。

 この約束をした後、俺は身体性能アップした状態で太陽にしがみついている。

 ということは、太陽にしがみついているにもかかわらず、俺の服も持ち物も、少しも傷ついていないことになる。


 なぜか?

 考えられる答えは1つ。

『身体性能アップの不死身効果は、本人の肉体だけでなく、服や持ち物にも及ぶ』のだ。


 よくよく考えてみると、決闘能力もしがみつき能力も、瞬間移動する時は俺の肉体だけではなく、服も剣も一緒に瞬間移動していた。


 ――決闘能力を使ったときも瞬間移動したが、あの時も服や手に持っている剣と一緒に瞬間移動した。決して全裸にはならなかった。


 身体性能アップの不死身効果(破壊不可効果)も同様に、本人の服や剣にも効果が及ぶのだ。

 剣が太陽熱で溶けることはない。


 反論1は成り立たない。


 ◇


 反論2.母星に戻る時、魔王もついてくるのでは?


「太陽にしがみついた状態で決闘能力を使うと、魔王が太陽の近くにやってくる。でも、5秒後にしがみつき能力の効果が切れてジュニッツは母星に戻る。その時、魔王も母星についてこないか?

 なにしろ、決闘中は決闘相手から100メートル以上離れられないんだ。だったら、ジュニッツが母星に戻ったら、魔王も引っ張られるようにして一緒に母星に戻って来ちゃうんじゃないか?」

 という反論である。


(この反論は簡単につぶせるな)


 何しろ、日記にこう書いてあるのだ。


 ――『しがみつき』→『剣の決闘』という順で能力を使っても、同様に瞬間移動の制約はない。

 ――元の位置に戻る瞬間移動で、決闘相手から100メートル以上離れることになろうとも、必ず瞬間移動するし、決闘相手は『置き去り』にされる。


 太陽にしがみついて決闘能力を使った場合も、この日記の記述と同じ結果になる。

 魔王は太陽に置き去りにされるのだ。


 よって、反論2も成り立たない。


 ◇


 反論3.そもそも魔王を太陽で倒せるの?


「剣の魔王は剣でしか倒せないんだろう? 太陽に叩き落としたところで、死なないんじゃないのか?」という反論である。


 たしかに、魔王が太陽に落ちても死なないとしたら、俺としては困ったことになる。

 俺の推理では、決闘能力を使うことで魔王を太陽まで呼び寄せることになっている。そして決闘能力は、5分以内に決着がつかない場合、双方ともに死ぬ。

 つまり俺も死ぬ。

 もし、魔王が太陽の中でも生きのびてしまったら、俺は5分後に死んでしまうのだ。


 とはいえ俺は、太陽に落とせば、ほぼ確実に魔王を倒せると考えている。

 なぜなら、剣の魔王は、別に剣でしか倒せないわけではないからだ。


 アマミは魔王について、こう語っている。


 ――「あくまで剣が弱点というだけで、耐久値以上の威力の攻撃であれば何でも効きます。最強の槍使いの一撃でつらぬくとか、規格外の威力の高熱を浴びせるとかすれば、倒すことだってできますよ」


 そう、『規格外の威力の高熱』なら魔王を倒せるのだ。

 であれば、魔王を太陽に落とせば、まず間違いなく『規格外の威力の高熱』となるはずだ。というか、生身で宇宙空間に放り出され、母星の何十倍もの重力の中、火山のマグマよりはるかに高熱の太陽に落とされて、それで死ななかったら、もう一体何をやれば死ぬんだと言いたい。


 よって、反論3も成り立たない。


 ◇


「さてと……」


 反論はすべてつぶし終えた。


 もう何もないだろうか?

 推理の穴はないだろうか?


 あるかもしれない。

 まだ何か見落としている点があるかもしれない。


 だが、これ以上考えている時間はなさそうだ。


 太陽は、いよいよ高くなってきている。

 いつ魔王が出てきてもおかしくない。


 俺は大きく息を吸い、ゆっくりと吐いた。

 残る時間は気持ちを落ち着け、精神を整えることに集中することにした。


(ああ、そうだ。あいつらも改めて安心させてやらねえとな)


 俺はアマミとメイに向けて、「何も問題ないから安心しろ」というジェスチャーを見せた。

 2人とも、ほっとしたような顔をして、こくこくとうなづいた。


 そんな2人の顔を太陽の光が照らす。

 とうとう太陽が一番高い時刻となったのだ。


(来たな)


 俺たちを閉じ込めている白い半透明の球が、ふわりと浮かび上がった。ゆっくりと穴の上へと向かっていく。

 同時に魔王の檻が蜃気楼のようにその姿を消し、代わりに穴の上に人の姿が現れる。

 巨人である。身の丈20メートルはあろうかという巨人だ。全身は褐色の鎧兜で包まれている。手には、城さえ真っ二つにできてしまいそうな巨剣が握られ、ぞっとするほど白く輝いている。

 顔は兜で覆われていて見えない。だが、兜の向こうには、鮮血のように赤くギロリした目が光っている。爛々と輝き、不気味なほどに赤い視線をギロリと俺たちに向けてくる。


「イケニエ……コロス……ミナゴロシ……」


 奈落の底から響き渡るような恐ろしげな声が、あたりに響き渡る。


 剣の魔王である。

 これまで数多くの歴戦の強者たちを、そして低レベルだからという理由でむりやり生け贄にされてきた者たちを、その剣の一振りで葬り去ってきた剣の魔王である。


 その魔王のもとへと、白い球に包まれた俺たちが、ゆらりゆらりと向かっていく。


(さあ、魔王戦だ)


 昨日、俺は日記にこんなことを書いた。

 戦いというのは準備が9割、本番が1割であると。

 万全の準備さえできていれば、本番なんておまけに過ぎないと。


(そうさ。俺はもう、推理という名の万全の準備をしている。であれば後は推理通りに魔王を倒すだけさ。見てろ。あっけないくらいに瞬殺してやる!)


 俺たちを包んでいる球が穴の外へと出た。

 そして、魔王の目の前の地面に降り立つと、そこで球はすっと静かに消えた。

 俺たちは自由の身となったのだ。


 ただし、目の前には、俺たちを爛々とした赤い目でギロリとにらみつけている剣の魔王の巨身が、そびえ立っている。

 エヴァンスの話によれば、魔王は10秒後に俺たちに襲いかかってくる。

 そして皆殺しにする。


 立ち向かう者は、神速の剛剣で殺す。

 逃げる者は、疾風のごとき速度で追いかけて殺す。

 必死に許しを乞おうと、岩陰に隠れようと、とにかく殺す。

 どれだけ逃げようと、どれだけ立ち向かおうと、生け贄は皆殺しにする。


 だったら、やることは1つだ。

 やられる前にやる!


「アマミ!」


 俺は叫んだ。

 付き合いの長いアマミである。それだけで何が言いたいか察してくれた。


「ジュニッツさん!」


 そう言うと、アマミはアイテムボックスから剣を取り出し、俺に渡した。

 何の変哲も無い平凡な剣。

 だが、これこそが魔王を倒す大事なキーアイテムである。


「身体性能アップ!」


 剣を手にギュッと握りしめると、俺は最初の能力を使った。

 腕力・脚力のどちらを上げてもいいが、今回は剣をしっかり持てるよう、腕力を上げた。


 そして、すぐ上空を見上げる。

 まぶしいながらも、太陽が視界に入る。


 俺は、しがみつき能力を使おうとした。

 そして、一瞬ためらった。


(太陽にしがみついて本当に大丈夫か? もし推理が間違っていたら、俺は死ぬんだぞ?)


 だが、俺はすぐそんな気持ちを押し込めた。

 探偵というのは、自分の推理に命を張るものである。

 今さらためらうものか。


「しがみつき!」


 俺は太陽に向けてしがみつき能力を使った。


 直後、視界が真っ白になった。

 白い。あふれんばかりの光が視界一面を覆っている。とにかく白い。まぶしい。不死身になっていなければ、目がつぶれていたかもしれない。他には何も見えない。


 だが、太陽にしがみついていることは感覚でわかる。

 日記に書いてある通りだ。

 何にしがみついているかは感覚でわかる。

 あまりにも巨大で、あまりも明るい太陽に、あまりにも近くからしがみついてしまったから、視界が全て真っ白な光に覆われてしまっているようだ。


 さあ、これで最後だ。


(剣の決闘!)


 俺は最後の能力を使った。

 決闘能力は、一度でも会った相手に対してであれば使用することができる。

 俺は剣の魔王の姿を見た。ついさっき見た。

 その剣の魔王に対して決闘能力を使った。


 決闘能力が発動した。

 発動したのは感覚でわかる。


 だが、剣の魔王が果たして俺の近くまで瞬間移動してきているかはわからない。

 視界は変わらず圧倒的な白い光で覆われているから、俺が太陽にしがみついたままなのは間違いない。が、それ以外、なにがどうなっているのかまるでわからない。


 時間が過ぎていく。

 しがみつき能力の効果時間が切れるまで、あと5秒。

 普段ならあっという間に過ぎていく時間だ。ほんの少しぼーっとしているだけで、瞬く間に過ぎていく時間だ。

 だが、今この時は、とてつもなく長く感じられる。

 俺は無事に魔王を太陽まで呼び寄せることができただろうか? 推理は間違っていないだろうか? 本当に無事に母星に帰れるだろうか?

 様々な気持ちが渦巻いていく。


 そして5秒が過ぎた。


 気がつくと、俺は元の場所に戻っていた。

 穴の上である。

 アマミがいる。緊張しているのか動けないメイをおぶっている。


 あたりを見回す。

 赤茶けた荒れ地が広がっているばかりである。

 剣の魔王の姿はどこにもなかった。


(成功したのか? 魔王を倒せたのか?)


 俺はアマミを見た。

 だが、アマミの顔は明るくなかった。何かを祈るような、沈痛な表情をしていたのだ。


 その表情で俺は察した。

 剣の魔王は確かに消えた。俺の決闘能力で、太陽まで呼び寄せられたのだろう。


 しかし、まだ神の知らせは流れていない。

 魔王が倒されれば、全世界に神の知らせと呼ばれるメッセージが流れる。それがまだ流れていないのだ。

 俺が太陽にしがみついて視界が真っ白になっている間に、もしかしたらメッセージが流れていたのかもしれないと思っていたが、どうやらまだのようである。


 つまり、魔王はまだ死んでいないのだ。

 このままあと5分間、魔王が生き続ければ、決闘能力の『5分以内に決着がつかなければ、双方ともに死ぬ』というルールにより、俺は死ぬ。


(いや、まだだ。神の知らせは、魔王が倒された直後に流れるわけじゃねえ。若干のラグがある。魔王はもう死んでいるけれども、メッセージが流れていないだけという可能性もある。いや、仮に魔王がまだ生きていたとしても、5分もあれば死ぬはずだ。だから……)


 その瞬間である。

 視界にメッセージが流れた。


『全世界にお知らせです。住所不定のジュニッツ(レベル1、G級冒険者)が剣の魔王を倒しました』

解決編はこれで終わりです。

次話から後始末編が始まります。


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― 新着の感想 ―
[一言] 魔王の倒し方が風来のシレンでの店長の倒し方みたいで面白かったです。 ルールを組み合わせて予想外の効果を生み出すという感じ。
[良い点] 気持ちいい
[一言] フゥゥ~やれやれ
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