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43話 探偵、しがみつく 前編

 剣の魔王を倒せる可能性のある3つの能力。


『身体性能アップ』

『剣の決闘』

『しがみつき』


 このうち最初の2つはすでに試した。

 一度も使っていない能力は、あと1つである。


----------

『しがみつき』


 人や岩などに5秒間しがみつくことができる。

 しがみつくことで能力使用者は動けなくなるが、しがみつかれた相手も動けなくなる。

 しがみつく対象は、能力使用者の視界に入るものであれば、自由に選べる。


 ※能力を使用してから1秒以内にしがみつくことになる。

 ※しがみついてから5秒後、能力使用者は元の場所に1秒以内に戻る。

 ※この能力は1回使用すると消滅する。


----------


 さっそく試そう。

 まず何から、しがみつくべきか?


 そう思っていると、アマミが両手を広げてニコニコしている。


「なんだ?」

「やですねえ、ジュニッツさん。しがみつきですよ、しがみつき。わたしに、しがみつきたいんでしょう?」

「何をわけのわからねえこと言いやがる」


 とは言ったものの、人間相手にしがみつくテストが必要なのも事実である。

 俺はアマミにしがみつくことにした。

 25歳の男が12歳の少女にしがみつくというのは、言葉にするとひどいが、これは真面目な実験である。


 さっそくメイに裏世界に連れて行ってもらう。

 剣の決闘の時と同じ初期位置に、俺とアマミがつく。

 赤茶けた地面。同じく赤茶けた穴の壁。俺のすぐ横には、俺の背丈ほどの高さの立方体に近い形をした黒い岩が転がっていて、思わず手が触れてしまいそうになる。


「じゃあ、いくぞ」

「ふふ、いつでもどうぞ」


 アマミは両腕をガバッと広げて、楽しそうに笑う。


 俺は、しがみつき能力を発動させた。


 するとどうだろう。

 俺の体がほんのわずかばかり、ふわっと浮いたかと思うと、アマミに向けて飛んで行ったのだ。

 そして、アマミの体を両腕でぎゅっと抱きしめる。


 想像していたより強く抱きしめられたからだろうか。

 アマミが顔を赤くする。


 言っておくが、俺の意思ではない。

 体が勝手に動いたのだ。

 能力を使ったとたん、勝手に体が飛んで行き、勝手にアマミを抱きしめたのだ。


 俺がアマミを抱きしめ、アマミが俺に抱きしめられている。

 しばらくの間、俺たちは動かず、そのままの体勢でいた。

 正確には動けなかった。俺はぴくりとも自分の体を動かすことができなかったのだ。声すら出ない。


 5秒が過ぎると、また変化があった。

 俺の体が、今度はアマミから勝手に離れていったのだ。

 アマミに抱きついた時と同じように、ふわっと浮かび上がり、元々俺がいた場所に飛んでいく。


 元の場所に戻ると体が動くようになった。


 いっぽうのアマミは、しばしの間、顔を赤くしてぽわーっとしていたが、はっと我に返ったのだろう。

 嬉しそうな顔をしてこう言った。


「えへへ、ジュニッツさんに抱きしめられちゃいました……」


 考えてみると、アマミから抱きつかれることはあっても、俺から抱きしめたことは一度もなかったかもしれない。


「えへ、えへへ……」


 アマミは幸せそうに顔を赤らめる。

 俺はというと、これまでの人生、ずっと『レベル1のクズ』として虐げられてきて、まともに人から好意を寄せられたことがないので、こういう時にどうすればいいのかわからない。

 メイは、おろおろと立ち尽くす。


 俺たちはしばらく、そうやって無為に時間を過ごした。


 ◇


 ほどなくして落ち着いた俺たちは、情報を整理した。

 今回の実験でわかったことは、次の通りである。


・能力名は『しがみつき』だが、人間相手に使うと、抱きつく形になる。

・しがみつき能力を発動させると、体が勝手に動いて勝手に抱きつく。5秒間抱きついた後、再び体が勝手に動いて元の場所に戻る。

・しがみつき能力が発動中、俺は自分の体を自分の意思では動かすことができない。自動で動いて自動でしがみつき、抱き着いている間は一切体を動かせない。話を聞くと、能力発動中は、アマミもピクリとも体を動かせなかったらしい。声を出すこともできなかったそうだ。


 俺はとりわけ、最後の事実。

 アマミも体を動かせなかったという事実に感嘆した。


「レベル120のアマミの動きすら封じられるのはすげえな」


 能力の説明に『しがみつくことで能力使用者は動けなくなるが、しがみつかれた相手も動けなくなる』と書いてある通り、高レベル者であっても、しがみつかれている間は動けなくなるようだ。

 メイも同意した。


「うん、かなりすごいと思う。ねえ、先生、これで魔王を倒せないかな?」

「どういうことだ、メイ?」

「えっとね、まず先生が魔王にしがみつくの。そうすれば、魔王の動きを少なくとも5秒間封じられるでしょう?」


 正確には、5~7秒である。

 アマミは、俺がしがみつこうと飛んでいる間も、しがみつき終わって元の場所に戻っている間も、一切自分の体を動かせなかった。


 能力の説明欄によれば、しがみつくまでの時間は0~1秒。

 しがみついている時間は5秒。

 元の場所に戻るまでの時間は0~1秒。


 合計すると、5~7秒間。

 この間、俺も、しがみつかれている相手も、一切体を動かせないのだ。


 とはいえ、メイが言いたいのは、そういう細かい数字の話ではなく、ともかくしがみつけば相手の動きを何秒か封じられるということだろう。

 だから、俺はこう言った。


「ああ、確かに封じられるな」

「でしょ? しがみつけば魔王は動けなくなるの。その間にアマミさんが剣で魔王を倒せばいいんじゃないかな?」


「どうかな?」と言いたげな顔で、メイが俺とアマミを見る。


「どうだ?」


 俺はアマミにたずねる。


「うーん、無理でしょうね」

「無理か?」

「ええ。たしか、剣に特化したレベル118の人でも、魔王にかすり傷しかつけられなかったんですよね? わたしはレベル120ありますけど、器用貧乏なほうですし、たとえ魔王が動きを封じられていたとしても、ダメージを与えられるとは思いません」

「そうか」


 俺は、少し落ち込んだ様子のメイに向き直ってこう言った。


「まあ、上手くいかないやり方を1つ見つけたと思えばいい。メイ、その調子だ。これからもどんどん意見を言ってくれ」

「う、うん、わかった」


 ◇


 その後も、俺は実験を繰り返した。

 言い方を変えれば、何度もアマミにしがみついた。

 大の男が、年端もいかない少女に幾度も抱きつく姿は、魔王に挑戦する勇敢なる者というより、単なる変質者にしか見えないかもしれない。が、俺は大まじめである。


 いっぽうのアマミは、何度俺に抱きつかれても慣れることがなかった。毎回顔を赤くしてぽわーっとしたり、幸せそうに「えへへ」と笑ったりしていた。そのため、アマミから話を聞き出すのには、少し苦労した。

 ともあれ実験の結果、色々とわかった。


「どんな事実が判明したか、気づいたか?」


 実験を終えた後、俺はアマミとメイにたずねた。


「全身が見えていないと、しがみつけませんよね」

「その通りだ」


 能力の説明に『しがみつく対象は、能力使用者の視界に入るものであれば、自由に選べる』とある。この説明の通り、相手の姿が見えていないとしがみつけない。それも、全身がすべて視界に入っていないとダメである。

 たとえば、アマミがメイの後ろに隠れて顔だけのぞかせた状態で、アマミにしがみつこうとしても、能力が発動しない。アマミの頭からつま先まで、きちんと全身を視界におさめた状態でないと、しがみつけないのだ。

 もっとも、全身と言っても、服や持ち物は本人の一部と見なされる。相手が服で肉体を隠していようと、全身さえ視界に入っていればしがみつけるのだ。


「他は、何か気づいたか?」

「えっと、しがみついている間は攻撃できないよね?」

「正解だ」


 しがみつき能力を使うとお互い動けなくなる。

 相手を両腕で強く締め付けて攻撃するとか、そういったことはできないのだ。


 もっとも、動けなくても、体を動かさないで使えるスキルなら使用することができる。

 たとえば、アマミは俺にしがみつかれている間も念話を使えた。

 俺の能力である『剣の決闘』と『身体性能アップ』も、念じるだけで発動するから、おそらく使えるだろう。そういう風に他の能力と組み合わせれば、しがみつきながら相手に攻撃できるかもしれない。後で試すつもりである。


「他は?」

「あっ、思い出した。手に物を持っていても、しがみつける」

「ああ、その通りだ」


 右手に剣をにぎっている状態で能力を作動させたところ、しがみつくことができたのだ。

 片手で剣を持ったまま、うまく抱きしめる格好、と言えばいいだろうか。

 しがみつく相手が遠くにいれば、剣を持ったまま瞬間移動してしがみつく。


 ある意味、当たり前と言えば当たり前である。

 瞬間移動と言っても、本人の肉体だけが移動するわけではない。着ている服も移動するし、持ち物も移動するのだ。

 決闘能力を使ったときも瞬間移動したが、あの時も服や手に持っている剣と一緒に瞬間移動した。決して全裸にはならなかった。

 あれと同じである。


 とはいえ、例外はある。


(しがみつくのに支障が出るほどでかいものを抱えた状態で、能力を発動させたらどうなるんだろう?)と疑問に思い、両腕で大きな鎧を抱えて能力を発動させてみたのだ。

 結果はというと、鎧をその場に置き去りにする形で瞬間移動し、しがみついた。

 しがみつくのに邪魔な物を持っていると、置き去りにされてしまうようだ。


「最後にあと1つ、判明した事実がある。なんだと思う?」

「あ、わかりました。『能力が発動したら、とにかく何が何でも1秒以内にしがみつく』ってことですよね?」

「そうだ、正解だ」


 能力の説明欄に『能力を使用してから1秒以内にしがみつくことになる』と記載されている通り、相手がどんな状態であろうと1秒以内にしがみつく。


 相手が遠くにいようと、かまわずしがみつく。

 離れている相手には、瞬間移動してしがみつくのだ。

 アマミに200メートルほど離れてもらってから、しがみつき能力を使ったところ、俺は一瞬のうちにアマミの目の前に瞬間移動して彼女にしがみついた。


 誰かに邪魔されようが、かまわずしがみつく。

 たとえば、メイが俺の腕をつかんだ状態で、アマミに対してしがみつき能力を使う。すると、メイを置き去りにする形で俺だけが瞬間移動し、アマミにしがみついたのだ。


 相手が逃げていようと、かまわずしがみつく。

 能力を発動させた瞬間、相手の動きが止まる。そうしてしがみつく。


 もっとも、ジャンプしている相手にしがみついた場合、空中に止まるということはなかった。

 やってみたところ、俺がアマミに空中で抱きついた格好で、2人して地面に落ちてしまったのだ。

 重力とか、そういう外部からの力の干渉は、しがみつく側も、しがみつかれている側も、きっちりと受けるようである。

 現に、俺がアマミにしがみついている間、メイは俺たちに攻撃をすることができた(ぺしぺし、と遠慮がちにチョップした)。


 それから、相手が武器を持っていても、かまわずしがみつく。

 しがみつき能力を発動させると、いつも相手を真正面から抱きしめるのだが、では、相手が正面に突き出す形で剣を構えていたらどうなるのか? やはり真っ正面からしがみつくのか? そんなことをしたら俺が剣で串刺しになってしまわないか?


 そう疑問に思い、試してみたのだ。

 もっとも、剣で試すのは、アマミが「ダメですよ、危ないです」と反対したため、代わりに棒を使うことになった。

 それはどこかの森で拾って棒きれであり、アマミはわざわざその棒を火魔法であぶって(もろ)くしたのだ。棒に正面から突っ込んでも、棒の方が折れてしまうに違いない。

 その棒を正面に突き出し、「さあ、どうぞ」とアマミが言った。


 俺は、しがみつき能力を使った。


 すると、どうだろう。

 俺は、アマミの真後ろに瞬間移動した。そして、アマミを背中から抱きしめたのだ。


≪ふぁっ!?≫


 アマミが念話で驚きの声を上げた。

 予想外の方向から抱きしめられたことに、びっくりしたのだろう。


 どうやら、武器を持っている相手には、危険のない方向からしがみつくらしい。


 実験結果をまとめると、


・相手の全体が見えていないとしがみつけない

・手に物を持っていてもしがみつける

・しがみつき能力を使っても、しがみつくだけで攻撃できない(ただし体を動かさないスキルは使える)

・何が何でも1秒以内にしがみつく


 ということである。


 とはいえ、俺は実験結果に満足していなかった。

 まだ調べられることがあるからだ。


(一番最後の『何が何でも1秒以内にしがみつく』ってやつ。アマミが剣を構えている時に能力を使ったら、後ろから抱きつく形になった。確かに、後ろは無防備だったからな。

 だが、前後左右上下すべてに(すき)が無かったらどうなるんだ? 例えば、全身トゲだらけの鎧兜に身を包んでいるやつにしがみつき能力を使ったらどうなる?)


 知りたかった。

 だが、あいにくとトゲだらけの鎧兜など持っていない。

 アマミなら作れるかもしれないが、彼女は俺が危険な目にあうのを反対するだろう。


(さて、どうしたものか……)


 そう考えていると、ふと俺に視界にある黒いものが目に入った。

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― 新着の感想 ―
[一言] 視力アップしてからだと超遠距離から瞬間移動してしがみつけるな
[良い点] しがみつき ましたか!(ニヤリ) [一言] さて そろそろ答えがきますかな!(期待) さすがに3つの試しを 前後編にすると 長いですね!(汗)
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