42話 探偵、剣で決闘する 後編
決闘能力を使うと、俺は決闘相手の近くに瞬間移動する。
瞬間移動というのは、なかなかにインパクトがある。
だから、他にも何かインパクトのある現象が起きるのではないかと、俺は思っていた。
たとえば、剣同士をぶつけると派手な光が出てくるとか、そういった現象である。
が、そのようなことは何も起きなかった。
アマミとメイを相手に、剣と剣をぶつけてみても、何も起きない。
メイは剣が怖いのか、剣をぶつけるたびに目をつぶることが判明しただけである。
ただそれだけだ。
決闘中に、第三者が干渉することすらできる。
たとえば、俺とメイが決闘しているところに、アマミが手を出すこともできる。
瞬間移動がなかったら、本当に決闘能力が発動しているのか不安になっていただろう。
それくらい何も特別なことが起きない。
特別なことが起きないから、何も新しいことがわからない。
わかったことと言えば、決闘は1対1でしかできない、ということくらいか。
アマミとメイの2人を相手に、同時に決闘をしようとしたところ、能力が発動しなかったのだ。
決闘能力の説明欄には『5分以内に決着が付かない場合、双方共に死ぬ』というように『双方』と書いてある。1対1で戦うことが前提の能力なのだろう。
それくらいである。
(このままぐだぐだと剣をぶつけ合っていても、何もわからねえだろうな)
と俺は思った。
(視点を変えてみるか)
何度目かの決闘の時、俺は決闘相手のアマミにこう言った。
「アマミ。ひとつやってもらいてえことがある」
「ん? なんです? ジュニッツさんの言うことなら、ひとつと言わず、何でも聞きますよ」
「今はひとつでいいさ。穴の外に出て行ってほしいんだ」
「外に出てどうするんです?」
「南に向かって、できるだけ遠くへ行ってくれ。もし何か異変があったら、その場で大きな音を立てろ。俺に聞こえるくらいの大きい音だ」
「ん、了解です。じゃあ、行ってきます」
アマミは穴の壁を駆け上がった。
速い。おおよそ1、2秒ほどで穴の外に出てしまう。
あっという間に見えなくなる。
そうして待つこと数秒。
ズガァン!
突然、大きな音がした。
岩が強い衝撃を受けて崩れるような、そんな音が穴の外から聞こえてきたのだ。
「わ、な、なに?」
メイが小さな体をびくりとさせて、驚く。驚きのあまり、足が固まって動かなくなる。
「アマミのやつさ。異変が起きたら大きな音を立てて知らせるように言ってある。その異変が起きたんだろ」
念話は離れていると使えない。
だから、代わりに音で合図をするようにアマミに頼んでおいたのだ。
「だ、大丈夫なの?」
メイは、不安そうな顔で俺にたずねてくる。
「アマミなら大丈夫さ。それよりも……」
俺はアマミが走って行った南とは反対方向、つまり北に向けて歩こうとした。
が、歩けなかった。
透明なやわらかい壁のようなものにぶつかり、それ以上先に進めなかったのだ。
何もない空間のはずなのに、大きな壁がある。
力を込めたり、勢いよくぶつかってみたりしてみたが、ダメである。やわらかい衝撃と共に弾かれる。
「せ、先生、どうしたの?」
メイが目を丸くする。
彼女からしてみれば、俺が奇妙なパントマイムをしているように見えるだろう。
「メイ。このあたりの空間を触ってみてくれ」
「う、うん」
メイはトコトコと俺の近くに寄ってくると、俺が先ほど阻まれた透明な壁があるあたりをペタペタと触る。
が、何も起きない。彼女の手は空を切る。
まるで透明な壁など消滅してしまったかのようである。
だが、俺の方は、同じ空間を触ると、確かな壁の手応えを感じる。
どうやらアマミから離れる方向に進もうとすると、透明な壁にぶつかってしまうようだ。
「やっぱりそういうことか」
俺がそう口にした時、穴の内側が白い光の膜で覆われた。目の前にアマミもいる。
現実世界に戻ってきたのだ。
「いやあ、大変でした。ほんのちょっと走ったら、いきなりやわらかい壁みたいなのにぶつかって、どうやってもそれ以上は南に進めなかったんです。とりあえず近くにあった岩を派手に破壊して、大きな音を立てておきました。これ、どういうことなんです?」
アマミがたずねてくる。
「簡単さ。決闘能力の説明欄に『決闘中は、相手から100メートル以上離れることができない』って書いてあるだろ?」
「ああ、確かにありますね」
「それさ。つまり、決闘をしている間は、お互い100メートル以上離れられないのさ。無理に離れようとすると、透明な壁にぶつかっちまうんだ」
「あー、あの壁はそういうことだったんですね」
「そうさ。俺の方も、お前から離れようとしたらぶつかった」
「ふふふ、わたしとジュニッツさんは、お互い離れられないというわけですね」
「妙な言い方をするな」
何度かテストを続けた結果、次のことがわかった。
・決闘中は、相手から100メートル以上離れようとすると、透明な壁にぶつかる。
・100メートルという距離は、東西南北の方向だけでなく、高さも含む。たとえば、俺とアマミが100メートル離れた状態で、俺がジャンプすると、頭がやわらかい壁(というか天井)にぶつかった。
・壁はやわらかく、勢いよくぶつかってもダメージはない。
・決闘中は転移門を使えない。転移門をくぐろうとしたところで、見えない透明の壁ではばまれてしまう。
ちなみに、もし転移門が使えれば、魔王相手に決闘能力を使った後、すぐに転移門で妖精の森に逃げれば、あとは5分間森で引きこもるだけで魔王を倒すことができる。決闘能力の説明に『5分以内に決着が付かない場合、双方共に死ぬ』と書いてある通り、決着がつかなければ魔王は死ぬからだ(俺も死ぬが)。
妖精の森は、魔王の檻から100メートル以上離れているから、転移門を使おうとしても、『決闘中は、相手から100メートル以上離れることができない』という制約に引っかかって、使えないのだろう。
もっとも、この作戦は俺自身も死ぬことになるので、転移門が使えたところで、こんな作戦を本当にやるつもりはないが。
◇
その後も、俺たちは『剣の決闘』の実験を続けた。
時間が過ぎ、しだいに陽が高くなっていく。穴の底にも陽光が届き始めた。
メイの話によれば、1日を通して穴の底の片半分は常に日影だが、残りの片半分は時間帯によっては日が照って暑くなるらしい。
暑くなる前に終わらせてしまいたい。
実験を続けた結果、瞬間移動について、いくつか新しいことを発見した。
最初に発見したのは、『決闘相手の正面に物があったらどうなるか?』である。
決闘を開始すると、決闘相手の正面から手前5メートルの位置に瞬間移動する。なら、その瞬間移動する位置に、何か障害物があったらどうなるのだろうか?
試してみた。
決闘を開始する前、決闘相手のメイにこう言う。
「メイ、穴の壁のほうを向いてくれ」
「う、うん、わかった」
メイは言われた通り、くるりと180度、体の向きを変えた。
先ほど言った通り、決闘開始時は、お互いが決められた定位置についた状態で始めるというルールにしている。
お互い、穴の底で端同士にわかれ、互いに向き合った状態で決闘を始めるのだ。
横から見た図にすると、決闘開始時の定位置はこうなる。
■は土である。
■■ ■■■■ 上
■■ ■■■■
■■ ■■■■ ↑
■■ ■■■■
■■ ■■■■
■■ ■■■■
■■ ■■■■
■■ ■■■■
■■ ■■■■
■■ ■■■■
■■ ■■■■ ↓
■■俺 ※ メイ■■☆■
■■■■■■■■■■■■ 下
この定位置についた状態で、メイがくるりと俺に背を向けたらどうか?
彼女の目の前には、土の壁があるばかりである。
その状態で、俺は決闘を開始したのだ。
アマミとメイには言っていなかったが、俺はこの時、死を覚悟していた。瞬間移動した先がメイの正面5メートルだとしたら、俺は上図でいう☆の位置、つまり土の壁の中に瞬間移動することになる。そんなところに転移しようものなら、その瞬間に俺は死んでしまうかもしれない、と思ったのだ。
裏世界とはいえ、死の可能性があると思うと、心臓の鼓動が速くなる。
が、幸いにして俺は死ななかった。
俺が瞬間移動したのは、メイの後ろ5メートルのところだったからだ。
上図でいうと、※の位置である。
何度か実験した結果、決闘相手の正面から5メートルの位置に人や物がいて瞬間移動できない場合、決闘相手の後ろでも左右でも上下でも(詳しい法則はわからなかったが)、とにかく『決闘相手の近くで、物がないところ』に瞬間移動するということがわかった。
◇
瞬間移動については、他に3つのことがわかった。
1つ目は、決闘相手が遠くにいても瞬間移動する、ということである。
アマミに穴からできるだけ遠くに離れてもらい、アマミの姿が見えない状態で決闘能力を使ってみたが、能力はきっちり発動した。遠く離れていたアマミのすぐ近く――正面から5メートルの位置に瞬間移動したのだ。先ほど俺は「過去に一度でも会ったことがあれば、遠くにいるやつとでも決闘できる」という意味のことを言った。その裏が取れたのだ。
2つ目は、空中に瞬間移動することもある、ということだ。
実際、アマミがジャンプした瞬間に決闘能力を発動させたところ、アマミと同じ高さで、なおかつ正面から5メートル離れた空中に俺が瞬間移動したのだ。もっとも空中にいたのは一瞬のことで、すぐに地面に落ちたのだが。
3つ目は、瞬間移動する時は常に1人、ということである。
例えば、アマミと手をつないだ状態でメイに決闘を挑むと、俺1人がメイの近くに瞬間移動し、アマミは元の位置のまま取り残されてしまった。
これら3つの事実のうち、アマミがとりわけ興奮したのは1つ目の事実である。
「すごいですね。相手がどこにいようと決闘し放題ですよ。これ、暗殺に使えるんじゃないですか? 殺したい相手が夜寝ている時間を見計らって決闘能力を使えば、寝込みをおそえます。相手が厳重な警備に守られた王様だろうと、寝室に瞬間移動して、ぶすりとやることができますよ」
俺は首を横に振った。
「2つの理由で暗殺は難しいだろうな」
「というと?」
「1つは、能力の説明に書いてある『剣を持っていない相手には、決闘を挑めない』ってルールさ。剣を手に持っていないやつにいくら決闘を挑もうとしても能力が発動しないのは、さっきメイと実験した時に確認しただろう?」
「うーん、たしかに、そうでしたね」
相手が寝ている時に決闘を挑もうとしても、就寝中は手に剣など普通は持たない。
決闘能力が発動しないのだ。能力が発動しなければ、瞬間移動できず、寝込みを襲うこともできない。
やるなら、相手が剣を持っている時……訓練中とか、戦いの真っ最中とか、そういう時になる。しかも瞬間移動する先は、基本的に相手の正面から5メートルも離れた位置だ。奇襲になるかというと怪しい。
暗殺は無理とは言わないが、他のスキルを使ったもっと確実な暗殺方法があるだろう。
「2つ目の理由は、決闘能力を持っているやつが弱いからさ」
『剣の決闘』は『月替わりスキル』の能力の1つである。
そして、『月替わりスキル』というスキルは、荒野の魔王を倒した時にも言ったように、これを取ると自分の他のスキルが全部封印されてしまう。
高レベルの連中がなぜ強いかといえば、スキルをたくさん持っているからである。
スキルが無ければ最弱のレベル1と同じだ。
つまり、『剣の決闘』を使えるということは、『月替わりスキル』を取っているということであり、他のスキルが全部封印されていることになり、最弱ということだ。
誰か強いやつを連れて行こうにも、瞬間移動は1人でしかできない。
要するに、決闘能力を使っても、ゴブリンにすら勝てないような弱いやつが1人で決闘を挑むこととなる。
返り討ちにあうだけである。
「残念ですねえ」
アマミは言葉とは裏腹に、推理が外れたことをさほど残念がる様子もなく、そう言った。
「このあとはどうするの?」
メイがたずねてくる。
「最後の能力の実験をしよう。『しがみつき』の実験がまだ残っているからな」




