28話 外道王国、罰を受ける 中編
三人称視点です。
「陛下、ここはボクたちにお任せください」
そう申し出たのは、ゲルダー王国の国守四天王の1人である魔術師ミールと、彼の弟ムールだった。
「ほう、そち達か。よかろう、任せる」
ゲルダー王国国王のゾルグ14世は鷹揚にうなずいた。
2人に何か考えがあるに違いないと思ったのだ。
王の許可を得た魔術師ミールは、白を基調とした高価な魔導服(妖精を虐殺した金で新調した)を自慢げに見せながら、ジュニッツに言った。
「そこの偽ジュニッツ君」
「なんだ?」
「君にチャンスをあげよう」
「ああん?」
「今からボクたち兄弟が君たちと戦う。そして、もし君たちが勝ったら、この場から見逃してあげるよ。それどころか、二度と妖精たちには手を出さないと約束しよう。ふふ、どうだい。悪い話じゃないだろう?」
「……その約束、本当か?」
ジュニッツが聞き返す。
「当たり前さ。ボクは誇り高きゲルダー王国国守ミールだ。絶対に嘘なんかつかない」
「いいだろう。その話、受けよう」
「ふふふ、契約成立だね」
そう言いながら、ミールは後ろ手で王にサインを送った。
『嘘』のサインである。
つまり、ミールは約束を守る気などないのだ。
王は吹き出しそうになった。
(ぷぷぷっ、空約束を信じるとは、偽ジュニッツも愚かじゃのう)
もっとも、ミール兄弟が負けるとは王は夢にも思っていない。
兄弟の対人レベルは136と135である。
ジュニッツとアマミが仮に2人ともレベル120だったとしても、負けるはずのないレベル差である。
「さあ、いくよ、ムール」
「ん……しょせんはザコ……楽勝……」
兄ミールの言葉に、無口な弟のムールもうなずく。
ミール兄弟は多彩な魔法を使うが、特に2人が得意なのが雷魔法である。
威力・速度・連射性のどれをとっても圧倒的であり、その強力な雷はドラゴンすら瞬殺するほどである。
これまで数多くの魔物を粉砕し、そして数多くの弱者を痛めつけてきた自慢の魔法だ。
ミール兄弟は前に出る。
これから自慢の魔法でジュニッツたちをたっぷり痛めつけられるかと思うと、2人とも嬉しくて思わず舌なめずりしてしまう。
兄弟はイジメが大好きなのだ。
「ほら、君たちも前に出なよ。クズ妖精どもを巻き込んじゃうよお?」
だが、ジュニッツはピクリとも動かない。
代わりに、手のひらサイズの妖精が1人出てきた。
族長の少女リリィである。
「……なんのつもりだい?」
「ああん? お前さっき『君たちが勝ったら見逃してあげる』って言っただろ。『君たち』ってのは当然妖精も含むだろ。だから、代表として妖精族長のリリィに出てきてもらったのさ。というか、はっきり言やぁ、お前らみたいな弱虫相手なら、妖精1人で十分なのさ」
ジュニッツはせせら笑った。
ミールの表情が怒りで染まる。
弟のムールも無口ながら、憤怒で顔を染める。
「き、貴様っ! ……ふんっ! いいだろう。そこまで言うなら、まずは族長とやらを灰にしてやる。やるぞ、ムール!」
「ん……わかった、兄さん!」
兄弟は怒りを込めて手を突き出した。
その瞬間、恐るべき量の雷がリリィに降り注いだ。
大型のドラゴンすら一瞬で消し炭にするであろう強雷が、轟音と共に流星雨のごとく落ちてきたのだ。
離れていても伝わってくる圧倒的な電流と高熱に、大臣や近衛騎士団らは目を見張る。
「すげえ……」
「これが国守様の実力か……」
「あの妖精、炭も残らないだろうな……」
「当たり前だ。クズ妖精が国守様の魔法に耐えられるわけがないだろ」
ゲルダー王国軍の誰もが、ミール兄弟の勝利を確信していた。
ミール兄弟自身、リリィは当然死んだものと思っていて、(これでようやく偽ジュニッツが出てくるだろう)と確信していた。
ところが、舞い上がった土煙が晴れた時、そこにあったのは予想外の光景だった。
無傷だったのである。妖精リリィは、謎の半透明の球に包まれ、一切ダメージを受けている様子がなかったのだ。
「……は?」
「……へ?」
兄弟はあんぐりと口を開け、間の抜けた声を上げる。
「お返しなのです」
リリィはそう言うと、何やら呪文を唱えた。
すると、みるみるうちに、一本の巨木が生えてくる。
そして木から細長い枝が数本、ゴムのように伸びながら、兄弟たちに襲いかかってきたのだ。
ミール兄弟は混乱しながらも、本能的に防御魔法を唱えた。
全身を包み込む自慢のバリアであり、レベル100の魔物の一撃すら防ぐものである。
たかが木の枝など、容易に防げるはずだった。
が……。
パツン!
枝は兄弟自慢のバリアをシャボン玉のようにあっさり割ると、兄弟の手足をロープのように縛ってしまった。
「うそお!?」
「そんなバカな!?」
叫ぶ兄弟を捕らえると、枝はシュルシュルと縮む。
ミール兄弟は、木から吊されてしまったのだ。
「ひいいいいい! な、な、なんだよこれえええ! おろせ! おろせよおおお!」
「く、くそ、こんなのボクの魔法で……あ、あれ、魔法が出ない? ど、どうして!?」
木によって力を封じられているのか、魔法も使えず、兄のミールも、無口なはずの弟ムールも、わめき声を上げながら、子供のようにジタバタと暴れ回る。
日頃「国守様!」と呼ばれ、偉そうにふるまっている分、その姿はより一層滑稽だった。
そんなみじめな兄弟を、ゲルダー王国の面々は唖然とした顔で見る。
「ははは、言っただろ。お前らみたいな弱虫なんて、妖精でも勝てるって」
ジュニッツはニヤリと笑いながらそう言うのだった。
◇
しばしのあいだ、沈黙が流れた。
ゲルダ―王国の面々は、ただただ唖然とするしかできなかったのだ。
沈黙を破ったのは1人の重戦士だった。
「……調子に乗るなよ、小僧」
玄武岩のような顔をした厳つい中年男がズシリと一歩前に出る。
国守筆頭にしてゲルダ―王国最強の男ゴルドンである。
ジュニッツは肩をすくめて言った。
「おいおい、俺たちが勝ったら、お前たちは大人しく引き下がるんじゃなかったのか? そこの木に吊るされている兄弟が言ってたじゃねえか」
「黙れ、小僧! 貴様は国守筆頭のこのオレ、ゴルドンが直々に始末してやる!」
「相手をするのは妖精族長のリリィだぞ?」
「なら、リリィと貴様をまとめて始末してやる。行くぞ、ガラム! ヒル!」
ゴルドンの呼びかけに、ガラムと呼ばれた国守と、ヒルと呼ばれた国守が一歩前に出る。
国守ガラムは陰気な顔をした小柄な呪術師の男である。弱った相手のスキルを封じる呪いの他に、幻覚を見せたり、毒を与えたりといったスキルが得意である。
呪術しかできない男ではなく、素の戦闘力も十分に高い。
彼と戦った者は、気がつかない間に弱らされた挙げ句、あっけなくやられてしまうのだ。
国守ヒルは軽戦士の男である。最速の魔物と言われている風ドラゴンよりも速い。
いささか影の薄いところがあるが、その特徴も『気づかれないうちに敵の背後に回る』という戦いぶりに生かしている。
彼と戦った者は、死角から次々と浴びせられる無数の剣撃によって、何もできないままにやられてしまうのだ。
そして国守筆頭のゴルドンは重戦士である。妖精を殺して得た大金をふんだんに使い、貴重な金属オリハルコンで作らせた自慢の重剣は、硬いことで知られる岩ドラゴンすら真っ二つにする。同じくオリハルコンで作らせた鎧は、どんな攻撃すら跳ね返すと言われている。
彼と戦った者は、巨大な岩と戦っているような錯覚を覚えながら、その圧倒的な力でねじふせられてしまうのだ。
「ふん、小僧。ひとつ教えてやる。我らは単独でも十分に強いが、3人ならさらに強い。泣いて許しを乞うなら今のうちだぞ」
ゴルドンは豪語する。
彼の言葉はハッタリではない。
呪術師ガラムが幻覚を見せ、混乱したところを軽戦士ヒルの高速攻撃で痛めつけられ、そしてゴルドンの重い一撃でとどめをさすという戦法である。
何年か前に王国内で重税に苦しむ民が反乱を起こした時、首謀者を倒したのはこの戦法だった。
「行くぞ」
ゴルドンの言葉に、呪術師ガラムがうなずいた。
「ひゃははは、オレ様の幻覚をくらいな!」
ガラムはそう言って呪術を使う。
本来なら、相手は紫色のケムリに包まれ、幻覚を見せられてパニックを起こす。
ところがどうだろう。
ジュニッツたちも妖精たちも平然としている。
「え……? あれ……? く、くそ、えいっ! えいっ!」
ガラムは何度も呪術を使う。
が、まったく効いている様子はない。
(ど、どういうことだ!? まるで高度な呪術ガードの魔法を使っているかのような……バ、バカな! オレ様の呪術は最強だ! 防げるはずがない!)
焦りながら繰り返し呪術を放つが、効果はゼロである。
「ええい、もういい! 僕がいく!」
しびれを切らした影の薄い軽戦士ヒルが駆け出す。
同時にその体が7つに分身する。
そして7方向からジュニッツに襲いかかった。
「くらえ! 七分身剣!」
ヒルはジュニッツがズタズタになる姿を確認し、にやりと笑った。
その時である。
「とおっ、なのです!」
気の抜けた駆け声が聞こえた。
同時にヒルの体に衝撃が走る。
「ぶごへっ!」
叫び声と共に、ヒルの体が吹っ飛んだ。
リリィである。
リリィがジャンプキックをして、ヒルを蹴り飛ばしたのだ。
「ぐはあっ!」
地面に転がったヒルは、よほどのダメージを受けたのか、立ち上がることもできない。
「おのれええええ!」
そこにやってきたのが国守筆頭ゴルドンである。
重戦士である彼は、巨象のごとき迫力で突撃してくると、オリハルコンの重剣をリリィに向けて振り下ろす。『豪剣』や『必殺剣』などのスキルをフルに使った、まさにゴルドン最高の一撃である。
対するリリィは、ジャンプキックから着地したばかりで逃げるひまはない。
ゴルドンは勝利を確信した。
が……。
「えいっ」
リリィはパシッと剣を受け止めた。
「……はひ?」
ゴルドンは口をぽかんと開けた。
自慢の剣による必殺の一撃を、手のひらサイズの小さな妖精が片手で受け止めてしまったのである。
ありえない光景だった。
「……く、くそっ!」
それでもゴルドンはすぐさま我に返ると、剣を再度振り上げようとした。
が、ピクリとも動かない。
リリィが小さな手でガッチリと剣をつかんでいるからである。
「バ、バカなあああ! クズ妖精がこんな……こんなのありえんだろおおお!」
ゴルドンは絶叫した。
たとえ最高クラスの身体強化魔法をかけたところで、対人レベル148のゴルドンの必殺の一撃を片手で軽くつかむなどありえない。
ましてや、手のひらサイズの妖精がそんなことをやるなど、絶対に絶対にありえない!
「おいおい、何を言ってやがる、おっさん。現実を見ろよ。簡単な話だろ。あんたは妖精よりも弱いんだよ。クソザコなんだ。ただそれだけさ」
左右白黒スーツのポケットに両手を突っ込みながら、ジュニッツが笑う。
「お、おのれ、小僧! おのれええええええ!」
ゴルドンは、憤怒で顔を真っ赤にし、ますます力をこめて剣を持ち上げようとする。
が、やはり剣はピクリとも動かない。
そして……。
「やあっ」
リリィがかけ声と共に、ゴルドンごと剣をぶん投げた。
ゴルドンの体は宙を飛ぶ。
「ごひゃっ!」
マヌケな声と共に、顔面から地面に突っ込む。
「ぐ……く……貴様ぁ……」
ゴルドンはうめき声を上げながら立ち上がった。
そして、剣を構えようとした。
が、何かがおかしい。
剣の感触が妙に軽いのだ。
ゴルドンは自分の剣を見た。
「ひっ!」
思わず叫び声を上げた。
花である。
自慢の剣が大きな花になっていたのである。
ゴルドンだけではない。
呪術師ガラムも、軽戦士ヒルも、それぞれ自慢の武器を白い花にされてしまっている。
「ひっ、ひいいい! オ、オレの剣が!」
「な、なにこれ? なんでオレ様の杖が花に!? え、え、なんで?」
「ひゃあああ! ぼ、僕の武器がぁ!?」
パニックになる3人の男たち。
そこに何本もの木の枝がゴムのように伸びて3人に襲いかかった。
が、武器を失っても、そこは国守というべきか。
パニックになりながらも、反射的に攻撃を防ごうとする。
ゴルドンは、枝をつかんでへし折ろうとする。
ヒルは、よけようとする。
ガラムは、木に呪いをかけようとする。
が、どれも無駄だった。
ゴルドンのつかもうとする手を、枝はするりとかわした。
ヒルがよけても、枝はすぐに追いついた。
ガラムの呪いは、まったく効かなかった。
そして3人はそれぞれがっちり枝に拘束され、吊し上げられてしまったのだ。
「ぐっ、くっ、くそおおおお! おのれ! 離せ! 離せえええええ!」
「ち、ちくしょう! よくもオレ様をこんな目に!」
「ぼ、僕のスキルが! 僕のスキルが発動しない! なんで!? え、なんでえ?」
妖精の木の力によって一時的にスキルを封じられた3人。彼らは、ミール兄弟の隣で、子供のようにジタバタすることしか、もはや出来なかった。
ゲルダー王国の面々は、あごが外れるくらい口をあんぐりと開けた。
「バ、バ、バカな……国守様たちが妖精ごときに、こうもあっさりと……あ、ありえん……」
「嘘だろ……な、なあ、国守様、冗談だよな? わざとゴミ妖精どもを油断させるためにやっているだけだよな? な?」
「あわわわわわ……こ、これは何かの間違いだ……クズ妖精なんかに国守様が負けるはずがないんだ……」
彼らは何が起きているのかまったく理解できなかった。
国家の最高戦力である国守たちが、“たかが”妖精ごときに惨敗した上、恥辱的な格好をさらしているという信じがたい光景に、茫然自失とする他なかったのだ。
たっぷり1分以上唖然とした後、ようやく国王ゾルグ14世が口を開いた。
「な、なにをやっておる! お前ら、あいつらをやれ! やるのじゃ!」
その言葉に、大臣や近衛騎士団は我に返った。
彼らは一斉にジュニッツたちに襲いかかった。
「うおおおおおおおお!」
「し、死ねえええええ!」
「国守たちは油断してただけなんだ! 俺たちは油断なんかしねえぞ!」
「くたばれや、クズどもめ!」
混乱していた彼らが求めていたのは安心だった。
国内最強の国守が全滅するという信じがたい出来事を受け入れるには、ともかくも目の前のジュニッツやリリィたちをぶちのめすしかなかった。
そうすれば、「国守たちは油断してただけだった。その証拠にオレたちは勝てた」と安心できるのだ。
大臣や騎士は、ただただ安心したい一心でジュニッツたちに襲いかかった。
が……。
「やあ、なのです」
「くらえ、なのです」
「とおっ、なのです」
妖精たちのほんわかしたかけ声がしたかと思うと、無数の空気の弾が飛んできた。
「がひゅっ!」
「ごひゃっ!」
「はぎゅふっ!」
大臣も騎士も、そろって吹っ飛んだ。
よけようとしても回り込んでくる。防ごうとしても、ガードごと吹き飛ばされる。
抵抗むなしく、全員地面に突っ伏した。
後は国守たちと同じである。
全員、武器を花にされ、ゴムのように伸びてきた木の枝に手足を縛られ、「や、やめろおおおお!」という悲鳴を上げながら、巨木に吊されてしまったのだ。
「さ、残るはあんただけだぜ。王様」
ジュニッツの声に、国王ゾルグ14世は「ひっ!」とうめく。
「ひいいいいいいいい!」
王は逃げ出した。
太った体を揺すり、王冠が頭から落ちるのにも構わず、悲鳴を上げて逃げ出した。
「ぎゃふん!」
その後頭部に、空気弾が命中する。
王は、顔面から地面に激突した。
「ひゃひいいい!」
王はそれでも走る。泥まみれになりながら走る。
ドタバタと――まさにドタバタとしか形容のしようのない足音を立てながら、必死で逃げる。
その足を、妖精の木の枝がつかんだ。
「や、やめるのじゃあああ!」
叫び声も虚しく、王はみじめな格好で、木に吊されてしまったのだ。
こうして、ゲルダー王国軍は、王も国守も大臣も騎士も、元騎士の人足たちも、全員拘束されてしまったのである。
全滅である。
それでも王はわめいた。
「お、お、おい、そこの偽ジュニッツ! き、貴様、自分が何をしているのかわかっておるのか! 早くこの縛めを解け! 何を妖精なんかと話しておる! 薄汚いクズ妖精と、王であるこのわし、どっちの言うことを聞けばいいかは明白じゃろ! 早くわしを解放せんか!」
ジュニッツは会話をしても心が温まりそうにない王を無視し、リリィに向けて言った。
「リリィ、それに他の妖精たちも、よくやったな」
大好きなジュニッツの言葉に、妖精たちは幸せそうに顔をほころばせる。
「えへへ。ジュニッツ様のおかげなのです」
「がんばったのです」
「やってやったのです」
「あとでたっぷりスリスリさせてほしいのです」
ジュニッツは「いいぞ、たっぷりスリスリさせてやる」と言ってうなずいた。
それから吊されている王たちを指し、こう言った。
「だが、その前に後始末だ。こいつら、好きにしていいぞ。憎き仇だろ? どうしようとお前らの自由さ。俺はお前らが何をやろうと止めはしないし、軽蔑もしない。どうする?」




