23話 探偵、外道王国と邪竜の倒し方を明かす 前編
“――”で始まる文章は過去の話からの引用です。
「さて、それじゃあ始めるか」
真相語りは探偵の見せ場の1つである。
観客がアマミ1人というのは寂しいが、諸事情により仕方ない。
静かな風が吹く神殿跡地の脇で、俺は推理を語り始めた。
「俺はこれからゲルダ―王国と邪竜の倒し方を明かす。どうやって倒し方を見つけたか? とっかかりは1つの違和感だった。アマミ、歓迎会のことを覚えているか?」
「昨夜、妖精たちが開いてくれた宴会のことですか?」
「ああ、それだ。その歓迎会の時、変なことがあった」
「何かありましたっけ?」
アマミは首をかしげる。
「妖精王の料理さ。アマミ、正直に言ってくれ。あれ、美味かったか?」
「……おいしくなかったです」
「そうだ。歓迎会では『妖精王が残したレシピ通りに作った料理』が振る舞われたが、どれもまずかった」
あの時、俺はこう言っている。
――もっとも料理のほうは、正直、人間の舌には合わなかった。
――アマミと2人でおいしそうに食べるのに苦労した。
そう、妖精王のレシピ通りに作った料理はまずかったのだ。
「確かにまずかったですねえ。人間と妖精とでは味覚が違うんですね、って思いました」
「それは違うぞ、アマミ。人間と妖精の味覚はよく似ている」
「え?」
「思い出してみろ。歓迎会で美味い料理が一品あっただろう?」
「えっと……ああ、魔物の肉ですか!」
そう。歓迎会では、俺たちからも食材を提供しようということで、妖精の森に来る途中で倒したカバ型の魔物の肉を提供したのだ。
肉料理を食べた時、俺はこう言った。
――絶品だったのは、俺たちが食材を提供したカバ型の魔物の肉だった。
――正直、アマミが料理したものよりもおいしかった。
――中に肉汁が閉じ込められた絶妙な焼き加減。噛むと肉汁があふれ、こくのあるソースとからみ、すばらしいとしか言いようのない味わいである。
――聞くと、何十回とやり方を変えて調理と味見を繰り返し、失敗作は料理担当の妖精たちで食べ、やっとおいしく出来たのだという。
「思い出せ。妖精たちは『味見』をしている。何十回と味見をして味を調整した上で俺たちに肉料理を振る舞ったんだ。しかも、妖精たちは肉を見るのは初めてだ。どんな味かなんて見当もつかねえはずだ。にも関わらず、人間である俺たちが絶品だと感じられるほど、味見で味を調整できるんだ。人間と妖精の味覚に大した違いはねえさ」
「うーん。となると、単に妖精王の料理が、元々まずいということでしょうか?」
「それはねえ。族長のリリィは妖精王の料理は美味かったと言っている」
リリィから妖精王の料理の話を聞いた時、俺はこう言っている。
――妖精王というのは料理もやっていたらしい。手広いやつである。
――なんでも彼の料理は絶品で、王自らが料理した料理を妖精たちに振る舞ったところ、大絶賛だったという。料理人が王ということは隠して振る舞ったらしいので、おせじでもなく、本当においしかったらしい。
――妖精王のレシピは、そんな妖精王自らが自身の数々の自慢料理を後世に残すために書き記したものであり、実際に配下の妖精たちにレシピ通りに料理を作らせて彼の味が再現できているか確認したほどだという。
「つまり、妖精王の料理は『大絶賛』するほど美味かった。そして、他の妖精がレシピ通りに作っても、やっぱり美味かった。そういうことだ」
「え? でも……じゃあ、どうして歓迎会の料理はまずかったんですか? 料理人の腕前が、妖精王が生きていた頃と比べて落ちてしまったのでしょうか?」
「魔物肉の料理をあれだけ絶品に仕上げた妖精たちの腕が、悪いとは考えにくいだろ」
「え……じゃあ、どういうことなんです、ジュニッツさん?」
アマミは困惑した顔をする。
それに対し、俺はこう言った。
「さっき、書写をする妖精に会っただろ」
「はい?」
「書写の妖精だ。妖精王の著作を書き写している妖精さ」
「……あの、話ずれてません? 料理の話をしていたんじゃ?」
「まあ聞け。後で話はつながる。ともかく俺たちは書写の妖精と、ついさっき会った」
彼女はこんなことを言っていた。
――ゲルダー王国の騎士団に父を殺されてから仕事を引き継いだこと。
――どの著作も、何度もやってようやく一族の標準レベルの速さで書き写せるようになったこと。
「書写の妖精は騎士に父親を殺された後で、仕事を継いだ。アマミ、騎士団が現れたのはいつだ?」
「邪竜によって妖精の森の結界が弱まったのが1年前ですから、早くてもその後ですよね」
「つまり、彼女が仕事を引き継いでから、まだ1年も経っていないってことだ」
「でも、それにどういう意味が……」
「あの妖精はこう言っていた。『どの著作も、何度もやってようやく一族の標準レベルの速さで書き写せるようになった』と。いいか、たった1年だぞ。そのあいだに何度も書き写して、やっと一族の標準の速さで写せるようになった。どういう意味かわかるか?」
仮に『何度も』が4回を意味しているとしよう。
『どの著作も』と言っているから、1年の間に妖精王の全著作を4回書き写したことになる。
1回あたり3ヶ月。
しかも、どんどん早くなっていっているのだから、最後の方は長くても2ヶ月程度だろう。
つまり、妖精王の全著作は2ヶ月で書き写せる。
それが『一族の標準の速さ』なのだ。
書写の妖精は、こんなことを話していた。
――彼女の祖先は妖精王の死の直後から、この仕事を始めたこと。
――代々休まず妖精王の著作を専門に、あらゆる著作をまんべんなく書き写していること。
妖精王が死んだのは200年前だ。
200年前から休まず、2ヶ月ごとに妖精王の全著作を書き写してきたということになる。
「アマミ。このペースで書き写すと、妖精王の全著作は、全部でいくつ存在することになる?」
「1年で6部ですから1200部ですね。妖精王の各著作が、1200冊ずつ存在する計算になります」
「ところで、妖精王の著作の中には魔法の本もある」
俺とリリィはこんな会話をしたことがある。
――「あー、妖精王の魔法は本になっているんだったな」
――「は、はい、そうなのです。偉大なる妖精王様は本を書き残してくれたのです」
「つまり、妖精王の魔法の本も1200冊ある。だろう?」
「そうなります」
「だが実際には6冊しかない」
リリィが妖精王の魔法の本を見せてくれた時、彼女はこう言った。
――「大丈夫なのです。あと5冊写しがあるのです」
「魔法の本は6冊しか存在しない。じゃあ、残りの1194冊はどこに行った?」
「燃えちゃった……とかでしょうか。火事かなにかで」
「それはない。書写の妖精は『代々完璧に著作を保存してきた』と言っている。火事で燃えたら、完璧もクソもねえだろ」
「じゃあ……」
「簡単な話さ。完璧に保存してもどうしようもないくらい、自然に本が朽ち果てたのさ」
リリィが魔法の本を見せてくれた時、俺はこう言った。
――リリィはそう言うと、葉っぱで作られたであろう、ボロボロになった本を見せてくれる。
妖精王の魔法の本は、葉っぱで作られていてボロボロだった。
あの時、俺はこの本が、妖精王が200年前に書いたオリジナル本だからボロボロなのだと思っていた。
だが、そうではなかった。あの本はごく最近に書かれた写しだったのだ。単に劣化が早かっただけなのだ。
「葉っぱに書いた本は劣化が早い。2ヶ月に1冊書き写して6冊しか残っていないということは、1年くらいで劣化しちまうんだろう。書写の妖精が早く書き写すことにこだわっていたのも、もたもたしていたら本がすぐにダメになっちまうからさ」
「つまり、妖精王のオリジナルの原本は、もう朽ち果ててどこにも残っていないということですか?」
「そうなるな」
「本当にそうですか?」
アマミが疑問を口にした。
「書写の妖精が劣化しやすい葉っぱに書き写しているからと言って、妖精王自身が葉っぱに書いたとは限らないじゃないですか。何かもっと保存のきく材質のものに書いていて、原本が残っているかもしれませんよ?」
「それはねえな。妖精王の原本は間違いなく全部失われている。アマミ、妖精王の魔法の本を1回お前に見せただろう?」
「あー、1回見ていますねえ」
そう、アマミも妖精王の魔法の本を目にしている。
俺はリリィから魔法の本を見せてもらった時、こう言ったのだ。
――リリィに許可を取り、アマミにも見せたが、彼女もさっぱりだった。
もし、魔法の本のオリジナル原本が現存しているとしたら、この時俺たちが見た本こそ原本である。
なぜなら、本を見た時の俺の「ずいぶんとボロボロだな」という感想に対し、リリィは「大丈夫なのです。あと5冊写しがあるのです」と答えていたからだ。
もし原本が別の場所にあるなら「大丈夫です。原本は別の所で大切に保管しているのです」というように、5冊の写しなんかよりも、何よりも大事な原本に言及していなければおかしいではないか。
じゃないと『大丈夫です』とは言えない。
ゆえに、原本が残っているとしたら、俺たちはあの時まさにその原本を見たことになる。
「でだ、アマミ。お前、ついさっき妖精王の神殿跡地で、スキャンを使って妖精王のメモ書きを読んだだろ? あの時、お前はこう言ったよな」
――「んと……妖精王の字ってずいぶん特徴的というか……変わっているんですね……こんな字初めて見ますよ……ああ、大丈夫です……読めます」
「ええ、確かにそう言いました。でも、それが……」
「妖精王の魔法書と、神殿跡地のメモ書き。どちらも妖精王の直筆なんだよ」
俺は、書写の妖精からこう聞いている。
――妖精王は白ドラゴンを追い払った半年後に突然亡くなったが、彼はその半年の間に全ての著作を自らの手で書き残したこと。
妖精王が自らの手で全著作を書き残したということは、魔法書も当然直筆である。
そして神殿跡地に埋まっていた妖精王のメモ書きも直筆である。
なぜなら、リリィは妖精王がおこなった魔法受諾の儀式をこのように説明しているからだ。
――魔法厳禁の神殿の中で、人と交わりを断ち、1人でただひたすらに祈りを捧げることで、神から魔法を授かるのだ。
神殿の中で1人で祈りを捧げるのが儀式である。
1人であれば、当然メモ書きも直筆ということになる。
「だから、もし魔法書がオリジナル原本なら、当然お前はあの時、妖精王の書いた字を目にしているはずだ。にもかかわらず、その後でお前は、神殿でメモ書きを見て、『こんな字初めて見ますよ』と言っている。
要するに、アマミが見た魔法書は、妖精王の直筆じゃねえ。写しだ」
写しということは本物はもう存在していない。
劣化して消滅してしまったんだろう。
一番大事な魔法書がそうなら、他の著作も同様だろう。
思い返せば書写の妖精はこう言っている。
――「書き伝えていかないと、妖精王様の著作は全部失われてしまうのです。大事な仕事なのです」
『書かないと妖精王の著作は伝えられない』と書写の妖精は言っている。
だが、原本が残っていれば、原本を読めばいいのだから、書かなくても伝えられる。
原本が残っておらず、写しも次々と劣化していくから、どんどん書き写していかないと後世に伝えられないのだ。
しかも、書写の妖精は「書き伝えていかないと、妖精王様の著作は全部失われてしまう」と言っている。
つまり、妖精王の著作は全部、原本が消失してしまっているのだ。
「でも、どうして妖精王はそんな劣化しやすい素材で本を残したんでしょう?」
アマミが疑問を口にする。
「他にいい素材がなかったんじゃねえか? 石という素材もあるが、神殿跡地でも見た通り、この辺りの石は風化しやすいからな。
あるいは今まで妖精たちは石に記録していたけれども、妖精王が葉っぱに書き残す方法を発見したのかもしれねえ。その葉っぱは長持ちするもので、一見保存に向いていそうだったが、実はインクをつけると劣化しやすくなるのかもしれねえ。妖精王が著作を書き始めたのは死ぬ半年前らしいから、その事実に気づかなかったのかもしれねえ。
何にせよ、妖精王の原本はもう1冊もこの世界に残っていねえんだ。ということはだ!」
俺は語気を強めた。
「妖精たちは、妖精王の著作を、写しの写しの写しの写し……って感じで、代々ひたすら書き写すしかねえわけだ。まさに『書き伝える』というやつだ。それを200年ものあいだに1200回も繰り返したらどうなる?」
アマミは「うーん」とつぶやいた。
「……どうなるんですか?」
「誤字だよ」
「誤字……」
「そうさ、誤字さ。1200回も書き写しゃ、誤字が出て来たっておかしくねえ。そして、妖精王のレシピ書もまた書き写されてきた」
歓迎会の時、リリィはこう言っていた。
――「代々書き伝えられてきた妖精王様のレシピ書があるのです」
一方、妖精王の著作はどれも原本が失われているのは先ほど説明した。
当然、レシピ書も原本は残っていない。
「つまり、妖精王のレシピ書は、1200回も書き写されてきた写本しか存在しねえ。当然、誤字により、歳月と共にレシピが間違ったものになる。
間違っていたらまずくなるのも当たり前だ。偉大なる妖精王様のレシピだから、料理人も『なんか変だな?』と思っていても何も言えねえ。料理を出された妖精たちも、まずいとは言えねえ」
おまけに妖精王のレシピは頻繁に用いられるわけではない。
俺はこう言っている。
――妖精王のレシピのように料理をすることもあるが、あれは祭りのような特別な時限定だ。
このように特別な時にしかレシピが使われないのであれば、レシピが正しいかどうか検証する機会もそれだけ減る。
誤字だって最初は少なかっただろう。だが、時と共に少しずつ増えていき、それに伴い、少しずつ料理もまずくなっていったのだ。
こうして200年の時を経て、かつて妖精たちに大絶賛されていた妖精王の料理はまずくなってしまったというわけだ。
「でも、本当に誤字なんてあるんですか?」
「3つもある」
「え、どこにですか?」
「1つは妖精王の宣言書さ」
歓迎会の時、俺はこう言っている。
――最後に妖精王の宣言書が読み上げられた。
――妖精王が遺言として記したもので、妖精としてのあるべき姿、理想とすべき姿が記されている。代々書き伝えられてきたものであり、今回のような特別な場において、族長が自ら読み上げるのが通例だと言う。
「あの宣言書の冒頭はこういうものだった。『妖精たちよ。我は妖精王テペペリベディスである』。覚えているか?」
「確かそんなものでしたねえ」
「ところで、アマミ。さっき神殿跡地で、妖精王のメモ書きで『近頃は妖精王としか呼ばれなくなった。デペペリベディスと名前で呼ばれていた頃がなつかしい』というのがあっただろ?」
「ああ。ありましたねえ」
「おかしくねえか」
「え?」
「名前。違うだろ」
妖精王のメモ書きでは、妖精王の名前は『テペペリベディス』。
宣言書の方では、『デペペリベディス』。
名前の1文字目が違う。
「メモ書きの方は妖精王が自ら書いたものだ。当然、こっちが正しい名前だ。つまり、妖精王の宣言書は、書き写す過程で、よりにもよって妖精王の名前を間違えているってことさ」
「……よくこんな細かい違い、見つけましたねえ」
確かに普通は、こんな微妙な違いには気づかない。
「俺も最初は気づかなかったさ。だが、推理で誤字が存在する可能性に気づいてから、そのことを意識して、妖精王の著作の内容を思い出してみたんだ。
特に誤字の証拠になるのは固有名詞だ。人名とか地名とかだ。ここに誤字があれば一発でわかる。
そういう視点で見ていたら、妖精王の名前が宣言書に書かれていた。固有名詞だ。
で、これが怪しいと思っていたら、妖精王のメモ書きのほうにも名前が出て来た。ピンと来た俺は両者を比べてみた。そして違いに気づいたのさ」
「なるほどねえ。でもあれ?」
アマミは首をひねった。
「妖精王って偉大なる英雄ですよね。その名前を間違えるものでしょうか?」
「妖精たちは全員、妖精王のことを『妖精王様』と呼んでいた。誰1人として名前で呼んでいなかっただろ? 最大の英雄だから名前で呼ぶのは恐れ多いと思っているのかもしれねえ。だから、かえって本名の記憶があいまいで、名前の違いに気づかなかったんだろうさ」
尊敬しているがゆえに名前を間違えるというのは、何とも皮肉である。
「ちなみに残りの2つの誤字は、どちらも妖精王の著作の詩にある。
詩の中で、妖精王は自分の両親のことを『情熱の父ハプアクレパリスよ。優しさの母アラニパパリペマルスよ』と名前で呼んでいる。
一方で、神殿跡地にあった妖精王のメモ書きにはこう書いてある。
『父ハプアクノパリスと母アラニパパリペマナスの名は立派な先代族長とその妻として知られているが、オレはそれ以上だと言うのだ』
わかるか? 名前が違うだろ?」
これも普通ならこんな細かい間違いに気づくはずもないのだが、誤字があるという前提のもとに、特に固有名詞を強く意識しながら思い出してみたら気づいたのだ。
「なるほど……。目に付くだけで誤字が3つもあるんですか。となると、他にも誤字があっても、まあ、おかしくないですねえ」
アマミはそう言って納得した。
「さて、ここまで言やあ、もうわかるだろう? なんで妖精王の魔法の威力が弱くなったか。妖精王の料理がまずくなったのと同じさ」
「まさか……」
「そう、妖精王の魔法書にも誤字があったんだよ」
俺たちが見た妖精王の魔法書は誤字だらけだったのだ。
「妖精が雷電流って魔法を使っているところを見ただろ? 『バリフリブデルグロデルカロテノレロロデロロロデグラーノレワルーラ!』って呪文を唱えていた。
だが、この呪文は妖精王の魔法書に書いてあるものだ。当然誤字がある。誤字がありゃあ、魔法はまともに発動しない。結果、威力が弱くなっちまったのさ」
「でも、呪文が違っていたら、威力が弱くなるどころか、魔法そのものが発動しないんじゃないんですか?」
アマミがもっともな疑問を口にする。
「そうだな、アマミ。俺も最初はそう思ったよ。実際、妖精の森に着いた初日、リリィは光魔法を何度も噛んで中断して失敗し、まるで魔法が発動しなかった。
だが、こうは考えられねえか? 『妖精の魔法は、呪文がちょっとくらい違っていても発動する』と。さすがに、リリィみたいに思いっきり途中で中断したら失敗するが、何文字か違うくらいなら魔法は発動するんじゃねえか?」
これには証拠がある。
妖精王のメモ書きでこういうのがあったのだ。
――『寝落ちした。真夜中に神殿で目が覚め、完全な真っ暗。光魔法で明るくしようとしたら呪文の最後で噛んだ。恥ずかしい。マジで恥ずかしい。鏡を見ると、光のせいで俺の顔が本来よりも赤く見える』
「このメモ、変だと思わねえか?」
「え? 何がですか?」
「『光のせいで俺の顔が本来よりも赤く見える』ってどういうことだ? 妖精たちの光魔法は白い光を発するものだろ?」
実際、妖精王自身、別のメモ書きでこう書き残している。
――『夜も神殿だ。暗い。光魔法をいくつも使う。いつものように白い星形の光がいくつも輝く。そこそこ明るくなった。さあ、続きだ』
妖精王の光魔法は、いつもは白いのだ。
「だが、白い光が当たったって、顔が本来よりも赤くなんてならねえ」
「まあ、ですねえ」
「考えられる可能性は1つ。この時、妖精王の魔法の光は赤かったんだよ。赤い光を浴びたから、本来よりも真っ赤に見えてしまったんだ」
妖精王は真夜中に神殿で目が覚めた。あたりは完全な真っ暗だった。他に光源はない。そんな中で赤い光を浴びたから、顔が真っ赤に見えてしまったのだ。
「で、でも、どうして急に光が赤くなっちゃったんですか?」
「呪文を間違えたからさ。呪文の最後で噛んだって書いてあるだろ? 最後の1文字かそのへんを間違えちまったんだろ。その結果、本来白いはずの光が赤くなってしまったのさ。
わかるか? つまり、妖精の魔法は、ちょっとくらい呪文を間違えても発動するんだ。ただし、光が白から赤になるなど、魔法の本来の性能は発揮されないみてえだけれどな」
赤い光に照らされた部屋が、白い光に照らされた部屋よりも暗くて見えづらいのと同様、本来の性能が発揮できなくなれば普通は性能が落ちる。
妖精王の魔法の威力が代々弱くなっていった理由も同じである。
魔法書の呪文の誤字が代々増えていったことで、魔法の性能が代々落ちていってしまったのだ。
妖精王の魔法が滅多に使われないのも、誤字に気づかなかった原因だろう。
リリィはこう言っていた。
――「族長は就任する時の儀式で、妖精王様の魔法の1つである『雷電流』を使います。天に向けて電撃を放つのです。妖精王様の魔法は、非常時を除けばこの儀式の時だけ使うことを許されているので、新しい族長は張り切って雷電流を使うのです」
族長が代替わりした時にしか使わないのであれば、呪文が間違っていることに誰も気づかなくても不思議ではない。
もしかしたら「なんか変だぞ?」と思った妖精はいたかもしれないが、なにしろ偉大なる妖精王様の魔法書なのだ。疑問を差し挟むなど恐れ多かったのだろう。
こうして、かつてドラゴンを追い払った強力魔法は、今やゴブリンすら倒せないものになってしまったのだ。
「以上が、妖精王の魔法の威力が弱くなっちまった真相さ」
まとめるとこうだ。
妖精王の魔法書やレシピは、どれも原本が失われていて、現存しているのは代々1200回も書き写されてきた写本である。
写本は内容のチェックが甘くて誤字だらけだ。妖精王の魔法書に書かれている呪文にも、当然誤字がある。
誤字があれば呪文を間違える。妖精の魔法は、多少呪文を間違えても発動するが、本来の性能が発揮できなくなり、弱くなる。
呪文の誤字は代々増えていき、魔法の威力は代々落ちていく。そして、今ではゴブリンすら倒せないくらいにまで弱くなってしまったのだ。
「何か質問はあるか?」
「……えっと、結局ジュニッツさんはどうするんですか?」
「うん?」
「妖精王の魔法が誤字のせいで弱くなったことはわかりました。でも、どうやって魔法の威力を取り戻すんです? ゲルダー王国と邪竜を倒すには、魔法の本来の性能を取り戻す必要があるんでしょう? どうするんです?」
「そうだな。そいつをこれから語ろう」
どうすれば、ゲルダー王国と邪竜を倒せるか?
ここからが本題である。




