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18話 外道王国、探偵を始末する計画を立てる

<三人称視点>


 ゲルダー王国は、なだらかな地勢と穏やかな気候の中堅国家である。

 代々ゾルグ王家が君臨しており、善政でもないが悪政というほどでもないという、無難な統治が行われてきた。


 もっとも15年前、今の国王であるゾルグ14世が即位してからは、相次ぐ増税に、人民の不満は徐々に高まりつつある。


 ゾルグ14世は、ぜいたく好きの王だった。

 東方の高価な絹や香辛料、宝石や絨毯(じゅうたん)、香木や茶などを欲しがった。

 ドラゴンの牙や、グリフォンの剥製(はくせい)など、めったに流通しない品も欲しがった。

 要するに何でも欲しがった。


 王は、自制心のきかない男だった。

 子に恵まれなかった前王が年を取ってからようやく生まれた男子であり、わがまま放題に育てられたこともあり、我慢するということを知らなかった。


 欲しいものを1個手に入れれば、2個目が欲しくなる。

 100個手に入れれば、101個目が欲しくなる。


「もっと。もっとじゃ。もっと欲しいのじゃ!」


 今年で30歳になる王は、しまりのないぶよぶよした体をゆらしながら、子供のような口調でいつもわめく。


 王の周りには、彼お気に入りのイエスマンしかいない。

 金がないのでぜいたくは控えましょう、などと言う者は誰1人としていない。


「では早速増税いたしましょう」

「民はしぼりとるためにありますからなあ」

 などと言う。


 が、いつまでも増税するわけにはいかない。

 さすがの王でも、無限に増税できないことくらいはわかっている。


 そんな折り、『奇跡』が起きた。

 妖精の森の結界が弱まっているという知らせが届いたのだ。


 発見したのは、巡回中の騎士団だった。

 彼らは、次の情報をもたらした。


・森の結界が弱まっており、中に入ることができた。ただし、途中で結界が復活しそうになったので、慌てて脱出した。

・妖精を魔物と間違えてうっかり殺してしまったが、レベルボードにドクロマークがつかなかった。

・妖精の体内に何やら変な石が埋まっていた。


 そして、その『変な石』は、恐ろしくよく効く麻薬であることが判明した。

 妖精石と名付けられたその石はサイズこそ小さいものの、粉にして、ごく少量を水に入れるだけで十分に効く。


 王はただちに、妖精の森を直轄地とした。

 結界を見張っていると、月に1度だけ弱まる日があり、その日は自由に妖精たちを狩ることが出来る。麻薬が手に入る。

 麻薬は飛ぶように売れ、王宮にはうなるほどの金が入った。


 以来、王は妖精たちを絶滅させないように、毎月少しずつ妖精を狩っていくのだった。


 王は、それが悪いことであるとは、かけらも思っていない。

 何しろ妖精たちにはレベルがないのだ。

 クズである。神に見放されたゴミである。

 むしろ、そんなゴミを麻薬として有効利用してあげているのだから、いいことをしているとさえ思っていた。


 ◇


 そんな国王ゾルグ14世を激怒させる出来事が起きた。

 妖精の森に派遣した騎士の部隊が、やられて帰ってきたのだ。ぶざまにも、王国紋章入りの(かぶと)とマントをズタズタにされている。隊長に到っては頭頂部の髪を剃り落とされるというみっともない姿である。


「よくもおめおめと帰ってきたな!」


 王は憤怒した。

 ただちに逃げ帰ってきた部隊を牢屋にぶち込む。


 処刑はしない。

 殺せば王のレベルボードにドクロマークがつく。

 王自身が手を汚さなくても、彼が命じればドクロマークはついてしまう。

 部隊は、王の気が済むまで牢に閉じ込められることになった。


 が、それで王の怒りがおさまったわけではない。


「ゴルドンを呼ぶのじゃ!」


 王の命令に応じて、彼の執務室にやってきたのは、角刈りの(いか)つい40歳ほどの男だった。

 頬には、かつてドラゴンにつけられた大きな傷がある。回復魔法で直すこともできるのだが、歴戦の証として残しているのだ。


「なんでしょう?」


 呼ばれたゴルドンは、野太い声で言った。

 彼は国守(くにもり)である。

 国守とは、高レベルの騎士や宮廷魔術師が就く地位であり、国家の最高戦力と言われている存在である。その力はS級冒険者に匹敵する。

 ゴルドン自身もレベル121であり、アマミとほぼ同等の強さを持つ。

 全身が自信でみなぎっており、機嫌の悪い王を前にしても、動じる様子はない。


「なんだも何もあるか! 騎士がやられたんだよ!」

「聞いております。あの金髪の男が隊長をやっている部隊でしたな」


 ゲルダー王国の王直属の騎士団は、総勢4000人いる。

 騎士になるにはレベル60以上が必須であるし、おまけに王の直属ともなれば人数も絞られてくるのだが、それでも4000人いる。

 が、4000人がいっぺんに妖精の森に攻め込むのは過剰戦力である。


 何しろ妖精ときたら、弱々しい魔法しか使うことが出来ず、最弱の魔物であるゴブリンよりも弱いのだ。

 王国からしてみれば“カス”である。

 大勢で森に攻め込むなど、アリを相手に本気で戦うようなものである。


 それゆえ、妖精の森には、最近王が目をかけている若い騎士30名を集めた専門部隊がいつも派遣されていた。

 が、その目をかけている部隊が、「妖精は俺が守る」などとほざく謎の男にコテンパンにやられ、みじめな敗残兵として帰ってきたのだ。

 実際はアマミがやったのだが、アマミの存在に気づかなかった騎士たちは、ジュニッツと名乗る謎の男にやられたと報告し、王もそれを信じている。

 当然、怒りはジュニッツに向かう。


「余のメンツが丸つぶれではないか! 許さんぞ!」


 王は、歳のわりに薄くなった頭髪を逆立てながら、激昂した。

 そんな王に、ゴルドンは言う。


「では徹底的に妖精の森を攻めましょう」 

「徹底的にじゃと?」

「さようでございます」


 ゴルドンは説明した。

 妖精の森を見張っている雑兵たちの話によると、森から出て来たのは逃げ帰ってきた部隊だけである。

 つまり、騎士どもを蹴散らした問題の男は、まだ森にいるのだ。


「騎士どもに勝ったということは、問題の男は、おそらくレベル100を越えています。S級冒険者かそれに類する者でございましょう。調子に乗らせてはなりませぬ。ビシッとシメてやる必要がございます」

「ふむ、ビシッとか」


 ゴルドンがうなずく。


「そうです。ビシっとです。我らの力を見せつけてやりましょう。問題の男を、妖精たちの目の前で残酷なまでに痛めつけてやるのです。その上で、呪いをかけてスキルを封印して力を奪い、一生鎖につないで強制労働にしてやりましょう。

 陛下の権威を傷つけたらこうなるという、見せしめでございます」

「ふむ。たしかに、余のメンツをつぶしたのじゃ。それくらいの罰は当然じゃな」


 問題の男は「妖精をいじめる外道どもを成敗する」などとぬかしていた。

 今ごろ、いい気になっているに違いないと思うと、はらわたが煮えくりかえりそうである。

 一生苦しめてやらなければ気が済まない。


 すでに王の脳内では、ジュニッツはボロ雑巾のようにズタボロになっている。

 自分たちが負けるなどとは夢にも思っていない。

 仮に騎士団を蹴散らした男がS級冒険者であっても、国に勝てるはずがない。多少仲間がいたとしても同じだ。

 ぼろ切れのようにしてやるだけである。


 後は、どうやって勝つか、というだけだ。


「やるなら徹底的にやった方がよいのう。獅子は兎を狩るにも全力を尽くすということを教えてやる必要がある。となると出撃するのは、国守5人に、上級大臣たち6人、それに近衛騎士団1000人といったところか」


 王が名前を挙げたのは、王が特にお気に入りの連中であり、妖精狩りで得られた利益をばらまいている連中でもあった。

 いわば妖精から甘い汁を吸っている利権集団である。


 ただし、レベルは高い。

 王はレベルの高い人間が好きであり、名前をあげた者たちは国でもトップクラスの戦力である。


「そして、わしも出よう。これだけの戦力が出動するのじゃ。わしがいなければ、まとまらぬじゃろう」


 ゾルグ14世は太った体を揺すりながら言った。

 あまり強そうには見えない。実際、強いというほどではない。

 王宮には訓練用の高価な機材があるから決して弱くはないが、強いと言えるほどでもない。


 が、ゾルグ14世は王である。王というものは、どこの国の王でも『支配者の力』というスキルを持っていて、自身の対人戦闘レベルを100まで上げることができる。

 ゾルグ14世も『支配者の力』は持っており、人間相手であればレベル100の力を発揮する。S級冒険者並みである。


 おまけにこのスキルは、臣下の対人戦闘レベルを上げることができる。

 どれだけ上がるかは個人にもよるが、10から30は上がる。良いことばかりではなく、『王に攻撃すると死ぬ』などの制約はついてしまうが、普通に戦う分には問題ない。

 ゴルドンも、本来のレベルは121だが、人間と戦う時はレベル148の力が出る。


 一般にレベル差が自分よりも10以上高い相手とは、1対1の戦闘で正面から勝つのは難しいと言われている。

 ゴルドン1人で、すでにレベル120のアマミよりも圧倒的に強いのである。


 このように王に率いられた集団は、人間相手なら無類の強さを発揮する。

 勇者パーティーやS級冒険者集団がどうして武力で国を乗っ取らないのか、と世間には疑問に思う者もいるが、答えは単純で、国の支配者たちは『人間が相手ならメチャクチャ強い』からである。


「問題の男も哀れでございますなあ。騎士たちを倒していい気になっていたと思っていたら、本気になった我らによって、一生強制労働なのですからなあ」

「余に逆らったのじゃ。それくらい当然の罰じゃろう」

「きっと泣き叫んで許しを乞うでしょうなあ」

「ははは。せいぜい謝らせてやれ。そして一度は許すのじゃ。無論、許したふりをした後で、罰を下してやるがのう」

「あっはははは。まったく、とんでもないバカでございますなあ。ああ、そうそう、バカと言えば、その男、ジュニッツと名乗っていたそうでして」


 その名を聞いた途端、王の顔が不機嫌になった。


 王もジュニッツの名前は知っている。およそ2週間前、レベル1のG級冒険者でありながら、荒野の魔王を倒した男である。

 驚くべきニュースに、ゲルダー王国の王宮も一時期騒然となったが、今は落ち着いている。

 なかったことにしたのである。


 レベル1の“クズ”が魔王を倒せるはずがない。

 きっとこれは神様のジョークか何かに違いない。

 なあに、1回くらいならそういうこともあるさ。

 多くの人々は、そういう風に考えてこの件を忘れようとしたのだ。


 もっとも、いまだに毎晩、世界活躍月間ランキングと年間ランキングにジュニッツの名前は出てくる。否が応でも目にしてしまう。

 だが、それでもなるべく見て見ぬふりをして忘れようとしていたのだ。


 王も、忘れようとしている1人である。

 彼はこの世界の多く者たちと同様、レベル至上主義者である。

 王自身のレベルは決して高くはないが、『支配者の力』のスキルで対人レベルは100あるので、自分のレベルは100と同じだと思っているし、周囲からもそう扱われている。

 配下の者たちも、お気に入りの連中はみんなレベルが高い。自分に忠実でありさえすれば、王はレベルの高い人間が大好きである。


 逆に、レベル1のくせに、自分すら載ったことのないランキングに名前が出てくるジュニッツの存在など、思い出しただけで反吐(へど)が出る。


「ふん。余に逆らうような愚か者の言うことじゃ。気にすることはない」

「さようでございますな。まったく、レベルは高いのですから、おとなしく陛下に仕えていれば今ごろは栄達できたかもしれないのに、わざわざゴミの妖精どもの味方をして、おまけにレベル1のジュニッツを名乗るとは。支離滅裂というか、意味不明というか、バカそのものというか。いやはやまったく、救いがないですな」

「まあよい。1ヶ月後、余が自ら率いる精鋭部隊が、その愚か者を徹底的に始末するのじゃからな」


 王は当然勝つと思っていた。

 国守のゴルドンも、勝って当たり前だと思っていた。

 大臣たちも、近衛騎士団も、勝利して当然と思うだろう。


 彼らはジュニッツと名乗る“バカ”が哀れな奴隷になる姿を楽しみにしながら、出撃の日を待つのだった。


 ◇


<アマミ視点>


 目を覚ますと、ジュニッツさんは熟睡しています。

 保温魔法でポカポカ暖かい室内で、やわらかい魔物の毛皮を敷きながら、ぐっすり寝ています。


 まったく本当に無防備ですねえ。

 わたしなんて、危険を察知したらすぐに跳ね起きますし、今みたいに時折夜中に目を覚まして周囲を警戒する習慣だってありますのに。


 もっともそれは、今までわたしがそういう生き方をしてきたというだけの話です。

 呪いでネコになる前のわたしは万能の賢者だなんて呼ばれていましたけれども、ソロで冒険者活動しているうちに1人で何でもできるようになっただけです。

 正直、あまり好きな称号ではありませんでした。


「でも、今は悪くはないですね」


 ひとりでいることが多かったせいか、独り言の多い癖のあるわたしは、そうつぶやきながら、寝ているジュニッツさんの体にそっと抱きつきます。

 温もりが体に伝わってきます。


「ふふふ。本当に、この人は何もできないですからねえ」


 レベル1で弱くて、1人で町の外に出たら1日で死んでしまいそうなくらい弱い人。

 魔王と戦えるだけの度胸と覚悟、そして本当に魔王を倒してしまえるほどの圧倒的な推理力を持っていながら、ゴブリン1匹にすらやられてしまうほどのか弱い人。


「だからこそ、わたしが守ります」


 わたしは、ジュニッツさんに抱きつく腕にそっと力をこめました。


 ジュニッツさんに拒絶されない限り、わたしはこの人を助けるつもりでいます。

 この人は本当に推理以外何もできないのです。


 生活、移動、魔物との戦い、金稼ぎ、その他もろもろ一切できません。

 だから、わたしは全力でこの人を助けます。


「ふふ。ちょうど、ジュニッツさんの前世の話に出てきた探偵助手みたいですね」


 ジュニッツさんが言うには、探偵には助手がつきものだそうです。

 助手は、医者だったり少年だったりと色々ですが、探偵に無いものを補って助けるのが常だと言います。

 前世のジュニッツさんには、彼の助手が務まる人間が現れず、その点が残念だったと言っていました。


「ジュニッツさんが迷惑でなければ、わたしはジュニッツさんの助手になります」


 そうささやいて、わたしはジュニッツさんの頬をそっと撫でます。


 不思議な人だなあ、と思います。

 嫌なことがあって心が沈んでいる時、ジュニッツさんといると温かい心持ちになれます。

 ジュニッツさんと一緒にいるだけで、心の中の苦しいことやドロドロとしたことがすっと取り払われていく気がします。生きていくのが楽しくなるのです。

 いったいジュニッツさんのどの部分が、そんな気持ちを引き起こさせるのかはわかりません。

 確かなのは、わたしにとってジュニッツさんが大切な人ということだけです。そして、わたしにはそれで十分です。


 1ヶ月後、ゲルダー王国は本気で攻めてくるでしょう。

 邪竜もいます。

 ジュニッツさんのことだから、両方を相手に命を張って戦おうとするはずです。この人は、こうして首を突っ込んだ以上、それだけの覚悟は必ず持っています。


 わたしにできるのは、そんなジュニッツさんの邪魔をしないように、助手らしく全力で助けることだけです。


「言いましたよね。これから先、たっぷりジュニッツさんを守るって。あの気持ち、今でも変わっていませんからね」


 そうささやいて、わたしはジュニッツさんに体をすりよせます。

 明日はジュニッツさんが推理をします。ゲルダ―王国と邪竜を倒す方法を見つけると言うのです。

 わたしはそれを楽しみにしながら眠りにつくのでした。


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[一言] 更新お疲れ様です。今話もとても面白かったです。 ただ疑問が二つ。 一つは支配者力のスキルですね。支配者の力は国王が死ねばどうなるのでしょうか?死んだ場合何らかの儀式をしないと受け継がれない…
[良い点] 外道王国視点 なるほど こいつらが今回の かませ共なのですね!(ニヤリ) そして敗北したら 反乱革命しそうですね!(ニヤリ) とりあえず 敗北した部隊 牢屋に入れられましたか!(ニヤリ) …
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