16話 探偵、歓迎会を開かれる
妖精の族長の少女リリィへの聞き込みが終わった頃、ようやく俺にスリスリしていた200人の妖精たちも落ち着いた。
「ちょっと、われを見失っていたのです……」
「あたまがぽわぽわしてしまったのです」
「ごめんなさいなのです」
そう言って妖精たちは頭を下げる。
「気にするな。誰でもそういう時はある」
俺は答えた。
妖精たちはこの1年間、仲間を次々と殺されて、悲しい気分でいるはずだ。
だからこそ一層、人肌が恋しい気分になり、俺にすがりついたのかもしれない。
そう思うと、あまり怒る気になれなかったのだ。
もっとも、俺自身、レベル1の“クズ”として虐待されてきた経験から、どうにも弱くて虐げられているやつらに甘くなってしまうのだが。
俺の返事に、妖精たちはパアッと顔を明るくして、こう言った。
「じゃあ、これからも時々、スリスリしてもいいですか?」
そんなに俺の匂いがいいのだろうか?
自分の手のひらを嗅いでみる。
よくわからなかった。
その日の夜は、俺もアマミも色々あって疲れていたので、すぐに寝てしまった。
なお、妖精たちは俺たちと一緒に寝たがっていたが、寝返りをうったら大変であるため、却下した。
◇
翌朝、「朝のスリスリです」と言う妖精たち200人にたっぷりスリスリされた直後のことである。
リリィが俺のところに来て、こう言った。
「歓迎会を開きたいのです。素敵なジュニッツ様をぜひぜひ歓迎したいのです。あっ、あと、アマミ様も」
なんでも村の広場で俺とアマミを囲んで、歌い、踊るのだという。
アマミを見ると「ジュニッツさんに任せます」と言う。
仲間が失われつつあるという暗い現状を、宴会でぱーっと明るくしたいのかもしれない。
「構わんぞ」
「わっ! ありがとうございます! いっぱいおいしい料理を用意するのです。代々書き伝えられてきた妖精王様のレシピ書があるのです」
妖精王というのは料理もやっていたらしい。手広いやつである。
なんでも彼の料理は絶品で、王自らが料理した料理を妖精たちに振る舞ったところ、大絶賛だったという。料理人が王ということは隠して振る舞ったらしいので、おせじでもなく、本当においしかったらしい。
妖精王のレシピは、そんな妖精王自らが自身の数々の自慢料理を後世に残すために書き記したものであり、実際に配下の妖精たちにレシピ通りに料理を作らせて彼の味が再現できているか確認したほどだという。
みょうな気合いの入れようである。
そんな妖精王の料理を作ってくれるというのだ。
とはいえ、妖精たちから振る舞われるばかりというのも気が引ける。
こちらからも何か食材を提供することにした。
「アマミ、何かないか?」
「なるべく新鮮なのがいいですよね。今日倒したカバ型の魔物の肉にしましょう」
アマミはアイテムボックスからカバ型魔物の冷凍肉を取り出すと、火魔法で軽く解凍し、風魔法で適度なサイズに切り刻んで、妖精たちに渡した。
妖精たちの反応は、混乱であった。
「はわわわ、こんな食材見たことがないのです!」
「なんなのです? これは一体なんなのです!?」
「妖精王様のレシピにも載っていないのです! どう料理すればいいのかわからないのです!」
軽いパニックである。
聞くと、肉自体を見るのが初めてらしい。
そもそも妖精は肉を食べられるのだろうか?
その点を聞くと、肉の匂いをスンスンと嗅いで「この匂いなら、だいじょうぶです」と答えた。
とはいえ、妖精たちにとって 未知の食材であることには変わらず、どう料理していいのかわからずに戸惑っている。
「いろいろやってみればいいだろ。どんな料理でもかまわんさ」
気楽にやれという意味を込めて俺は言ったが、妖精たちはあたふたと混乱する。
「うー、でもでも、レシピががないと……」
「で、でも、仕方ないのです! 緊急事態なのです!」
「そ、そうなのです! 歓迎会なのです。大事な大事なお客様なのです。料理してみるしかないのです!」
「そうです、やるのです!」
決意が固まったようである。
妖精たちは、ふんっ、と気合いを入れ、料理を始める。
「まあ、俺たちの歓迎会だ。後は任せるか」
「そうですね。これからどうします?」
「正直、まだ疲れている。歓迎会まで寝る」
◇
暗くなったころ、歓迎会が始まった。
『ジュニッツ様 アマミ様 歓迎なのです』と木から垂れ幕が吊されている。
広場の中央には火が焚かれ、あちらこちらに妖精の魔法による白い星形の光が輝いている。おかげで夜だというのにかなり明るい。
思えば、俺がこういう宴会の場に出たのは、子供の頃以来だった。
レベルが1のまま上がらないと発覚してからは、ゴミ扱いされ、宴会からは爪弾きにされていた。
宴会が終わった後の片付けだけを、罵声を浴びせられながら、やらされていたものである。
だから、こんな風に宴会を、それも心から自分のことを歓迎してくれている宴会を開かれると、なんとも言えない気分になるのだ。
もっとも、うかつにしんみりはできない。後でアマミが絶対にからかってくる。
「ダメですよ、ジュニッツさん。もっと素直に感情を表さないと。ほら、妖精たちを見てください」
アマミが妖精たちを指す。
妖精たちは実に楽しそうに歌っていた。踊っていた。食べていた。
盛大に盛り上がっている。
妖精たちの歌は美しかった。
明るい旋律のはずなのに、何とも切ない気分になる不思議な曲であった。
歌詞はないが、メロディの美しさだけで十分だった。
「この曲も妖精王様がお作りなられたのです。『光よ、我と共にあれ』という曲です。代々聞き伝えられてきたのです」
リリィは誇らしげに言った。
魔法に料理に歌、とずいぶんと手広い王様である。
もっとも料理のほうは、正直、人間の舌には合わなかった。
妖精王自慢の料理ということで、木の実のスープや、果物の盛り合わせ、山菜のサラダなどが、わざわざ人間大のサイズで振る舞われたが、あまりにも菜食主義的なためか、人間である俺たちには今ひとつであった。
アマミと2人でおいしそうに食べるのに苦労した。
絶品だったのは、俺たちが食材を提供したカバ型の魔物の肉だった。
正直、アマミが料理したものよりもおいしかった。
中に肉汁が閉じ込められた絶妙な焼き加減。噛むと肉汁があふれ、こくのあるソースとからみ、すばらしいとしか言いようのない味わいである。
聞くと、何十回とやり方を変えて調理と味見を繰り返し、失敗作は料理担当の妖精たちで食べ、やっとおいしく出来たのだという。
「すばらしい。よくやったぞ」
俺は、調理担当の妖精たちをほめた。本当に絶品であり、実際俺もアマミも妖精たちも、こんなにおいしいのは初めてと絶賛するほどであり、俺はかなり本気でほめた。妖精たちは嬉しそうな顔をした。
「何かお礼がしたい。何がいい?」
「あとでたっぷり匂いをかがせてくださいなのです」
妖精たちは即答した。
最後に妖精王の宣言書が読み上げられた。
妖精王が遺言として記したもので、妖精としてのあるべき姿、理想とすべき姿が記されている。代々書き伝えられてきたものであり、今回のような特別な場において、族長が自ら読み上げるのが通例だと言う。
リリィが宣言書を朗読する。
「妖精たちよ。
我は妖精王テペペリベディスである。
我らは神と共にある。神を崇めよ。
神の魔法を大事にせよ。
第1に光がある。
第2に風がある。
第3に火がある。
第4に雷がある。
第5に水がある。
第6に土がある。
第7に星がある。
全ての魔法を大事にせよ。
良い木の実を集めよ。それを分け与えよ。
愛せよ。わけへだてなく愛し合え。
最後に1つ。白い星を恐れるな。何度でも恐れるな。さすれば道が開かれる。本当に苦しい時はこれを思い出せ」
読み終えるとリリィは、白い星の飾りの輝く三角帽子をかぶった頭を深々と下げる。
頭上では白い星形の光が輝いている。
妖精たちは一斉に「わー、わー」と拍手をする。
歓迎会は終わった。




