14話 探偵、妖精ハーレムを作る
どうやら妖精は、俺の匂いが好きであるらしい。
手のひらサイズの妖精たちが、
「ほわあ、素敵な匂いなのです……」
「香しいのです……」
などと言いながら、恍惚の表情で俺の足にスリスリしてくる。
「おやおや、ジュニッツさん、モテますねえ」
アマミは、かわいらしい顔をニコニコさせながら言った。
気のせいかもしれないが、ちょっぴりやきもちを焼いているようにも見える。
「はわぁ……」
「ほふぅ……」
妖精たちは、いつまでもスリスリしている。
その間、アマミは負傷している妖精がいないか探しに行く。ほどなくして帰ってきた彼女はこう言った。
「負傷者はいませんね。生体反応を魔法で検知しながら辺りを探ってみたのですが、弱った反応はありません。ケガした妖精はいないみたいですね。死んだ妖精もいません。死んだばかりの生命も検出できるのですが、そういうのもありませんでしたから」
つまり、今日に限って言えば、妖精の犠牲はゼロということらしい。
「それでですね。ジュニッツさん。近くに村があるみたいです」
「うん? 村?」
「ええ。たくさんの生体反応が固まっている場所があります。たぶん村ですよ、これ。行ってみます?」
「ああ、行こう」
もともと俺は、妖精の森には何かがあると感じていた。その何かを突き止めるには、妖精たちに話を聞くのが近道である。
俺は、足下の妖精たちに向けて言った。
「これからお前たちの村に行きたい。いいか?」
妖精たちはふわふわした顔でこう答えた。
「ほわあ……大丈夫なのです……いい匂いの人なのです……」
「村に歓迎なのです……素敵な香りなのです……大好きなのです……」
俺はアマミと顔を見合わせた。
「これは、OKということか?」
「歓迎と言っているから大丈夫なんじゃないでしょうか」
俺は妖精たちを左右白黒スーツの胸ポケットだの、ジャケットの内ポケットだのに入れる。
普通に並んで歩きたかったのだが、俺から離れようとしないのだから仕方ない。
妖精たちを見ると、ポケットの中で「ふわぁ」だの「はわぁ」だのと、うっとりしている。
「こいつら、警戒心ゼロだな」
「今まで妖精の森を覆う結界に守られていましたからね。敵がいなかったんでしょう」
「普通は結界は破れないんだよな?」
先ほどアマミは『S級冒険者でも、妖精の森の結界を破るのは無理』と言っていた。
「ええ。ですから不思議なんですよ。なんで結界が薄まっていたのか」
「魔王が関係しているんじゃねえか? お前、さっき『森に魔王の気配がする』って言ってただろ」
「しますね。ここじゃないです。森の中心部……ちょうど妖精樹のあたりです」
「妖精樹の辺りに魔王がいるのか?」
「かもしれません」
「妖精の村はどこにある?」
「妖精樹からはだいぶ離れていますね。外縁部に近いです」
「じゃあ、妖精樹を避けながら、村に行くか」
「そうしましょう」
◇
ほどなくして村に着いた。
小さな木がいくつも並んでいる。
ただの木ではない。
根元が太い。ドアや窓がついている。中は空洞のようだ。
後で妖精たちから聞いたのだが、あれは『家の木』というやつらしい。
妖精の森には、あんな風に家になる木が生えてくるというのだ。
だが、この時の俺は家どころではなかった。
村には妖精たちがいた。
ざっと200人くらいだろうか。
その200人の妖精たちが、何かに気づいたように鼻をすんすん鳴らす。俺の方を見る。目が合う。
そして、一斉に奇声を上げ、俺に突撃してきたのだ。
「ふわわわわ!」
「ひゃわあああ!」
「ほぉぉぉぉ!」
まるで先ほどの再現である。
手のひらサイズの妖精たちが俺の足元にすがりつく。足に全身をスリスリする。
「いい匂いなのです! とってもすてきな人の匂いなのです!」
「ひゃああ……最高の香りなのです……この人好きなのです……」
そんなことを言いながら、俺にほおずりしてくる。
もっとも200人もいるのだ。全員が俺にくっつくのは無理である。
後ろのほうにいて俺に近づけない妖精たちは「うう……」「はうう……」などと悲しそうな声を上げている。
レベル1でずっと侮蔑され続けてきた俺にとって、こんな風に大勢から好意を向けられることなど今日が初めてだった。
正直どうしていいのかわからない。
ただ、これだけの数の妖精が、俺なんかに近づこうと必死になっている、ということはわかる。
妖精たちを見ると、相変わらず、うっとりした顔で俺に体をすりよせてくる。後ろのほうにいる妖精たちは俺に近づけず、ますます悲しそうな顔になる。泣きそうな顔になる。目に涙を浮かべ、うるうるした目で俺を見る。
「ああ、もう、勝手にしやがれ!」
俺はとうとう、地面に大の字になって寝そべった。
「ふわああああ!」
「ひゃああああああ!」
「ぴゃわあああ!」
200人の妖精が一斉に歓喜の声を上げ、俺の胸に、腹に、腕に、足にほおずりしてきた。
寝そべることで、足元だけでなく、全身に体をこすりつけられるようになったのだ。
「天国なのです! ここは天国なのです! 感謝なのです」
「生きててよかったのです、生まれてきてよかったのです! ありがとうなのです」
妖精たちは幸せそうに全身で喜びを表現する。恍惚の表情でスリスリする。
まるでマタタビを食らったネコである。
「いやあ、ジュニッツさん。念願のハーレムが叶いましたねえ」
「これのどこがハーレムだ。というか、俺はそんなもん願ったことなんかねえ」
「そんなにたくさん可愛い子を侍らせておいて何を言っているんですか。説得力ゼロですよ?」
「うるせえ。とにかく俺はこんなハーレム認めねえ!」
俺とアマミがそんな会話をしていた時である。
俺の胸にすりすりしていた1人の妖精が「はっ!」と声を上げ、我に返った顔をした。
「も、申し訳ありません! わたしとしたことが、つい……」
他の妖精と比べて、精神年齢の高そうな顔立ちである。
他が6歳くらいなら、彼女だけ12歳くらいとでも言うべきか。
見た目は少女である。
妖精はみんな子供の顔をしているし、顔立ちが可愛らしいので男女の違いがわかりにくいのだが、この妖精はたぶん女の子だろう。
亜麻色の長い髪に、緑色の目。
ふわふわした飾りの付いた水色の服を着ている。
頭には三角帽子をかぶっており、その先端には白い星がついている。他の妖精も同じように白い星のついた三角帽子をかぶっているのだが、彼女の星はひときわ大きい。
「わたしはリリィ。白星族の族長をつとめているのです」
リリィと名乗る妖精の少女はそう言って、丁寧におじぎをした。
それから、はっと気がついたように「あっ! す、すみません!」と謝った。
リリィは今、俺の胸の上に乗っているのだ。
確かに初対面の挨拶を相手の胸の上に乗ってするのは、失礼と言えば失礼だろう。
とはいえ、今さらである。
「構うことはねえさ。すでに200人もまとわりついてんだ。今さら1人、乗っかられたところで、どうということはねえさ」
「で、ですが、そういうわけにいかないのです!」
リリィはそう言って俺の胸から地面に降りた。
降りる途中で、何かの拍子に俺の匂いをかぎ、一瞬「ふわぁ……」とうっとりした表情を浮かべたが、すぐにぶんぶんと首を横に振り、どうにか地面に降りる。
そうして、他の妖精たちに向けて、
「こら、あなたたちもいいかげんにするのです! お客様が困っているのです!」
と叱る。
お母さんみたいである。
もっとも、妖精たちはまるで話を聞かない。
相変わらず「ほわぁ……」だの「はわああ……」だのと恍惚の表情である。
俺はリリィに言った。
「気にするな。いつまでもこのままってわけじゃねえだろ? こいつらが落ち着くまで今のままでいいさ」
なかばヤケとはいえ、寝ころんで大の字になり、妖精たちに体をすりよせることを許したのは俺自身である。
今さら途中でやめるのも気分が悪い。
「で、ですが……」
「それより、話を聞きたい」
「話、ですか?」
「ああ。お前らを取り巻いているこの状況について、色々とな」
そう口にしたところで、ふと思った。
これは『事件の関係者に聞き込みをする探偵』そのものではないか?
前世の探偵時代の俺は、殺人事件だの窃盗事件だのが起きると、現場に飛んでいき、目撃者だの犯人候補だのから色々と事件の聞き込みをしたものである(無論、聞き取った情報をもとに、最後は鮮やかに事件を解決してみせた)。
今回もそれに似ている。
妖精の森の結界が、なぜだか薄まっている。
それに乗じて、ゲルダー王国の騎士たちが妖精狩りをしている。
そしてどういうわけか、森の中央の妖精樹のあたりに魔王の気配がする。
事件である。
謎にあふれた事件である。
この事件を解決すべく、やってきた探偵が俺である。
そして今、聞き込み調査を開始したというわけだ。
もっとも、寝転がって、妖精たちにスリスリされながら聞き込みをするというのが、真っ当に探偵らしいかどうかは疑問が残るが……。
「それじゃあ、話を聞かせてもらおうか」
「は、はい」
なお、結論から言うと、俺は虐げられている妖精たちを率いて、ゲルダー王国と魔王の両方と戦うことになる。




