13話 探偵、騎士団を蹴散らす
「俺はジュニッツ。魔王を倒す名探偵だ。妖精をいじめる悪逆非道なゲスどもを成敗しに来た」
俺は左右白黒のスーツをはためかせ、ビシッとポーズをつけて宣言した。
いささか格好つけている感じはあるが、世界活躍ランキング歴代1位を目指しているのであれば、堂々と胸を張って名乗るべきである。
歴代1位を望む男が謙遜した自己紹介などをしては、さまにならぬではないか。芝居がかったくらいがちょうどいいのだ。
もっとも、妖精狩りをしていた男たちはの反応は冷めたものだった。
「隊長ー、これで何人目の“ジュニッツ”ですかねえ」
「ふん。数えるのもバカバカしい」
「このあいだは、酔っ払いが“ジュニッツ”を名乗ってましたねえ」
どうやら『レベル1で魔王を倒した有名なジュニッツ』ではなく、その名を語る偽ジュニッツだと思われたらしい。
レベルボードでも見せてやろうかと思ったが(レベルボードには名前が載っている)、俺と男たちの間は、まだ距離がある。見せても小さくて見えないだろう。
「それで? 自称ジュニッツ君は何の用かね?」
隊長と呼ばれたリーダー格の男が、侮蔑を隠さない声色で俺に問う。
「決まってる。妖精を不当に攻撃する貴様らを全員倒しにきたんだ」
俺は男たちにビシリと指を突きつけて言った。
男たちの反応は爆笑だった。
「……ぷっ、ぷぷっ、ぷぷぷぷぷ」
「ぎゃはははははは! 見るからに弱そうなやつが、俺たちを倒すだってよ!」
「さっきの風魔法で調子に乗っちゃったのかなー? あんな不意打ち、1回しか通じねーよ、バーカ。ひゃっははは!」
ひとしきり笑った後、隊長が小バカにした声で言った。
「そこの自称ジュニッツ君。お前、まさか、妖精を殺すのが悪いことだと思ってるのか?」
「悪いに決まってんだろ」
「やれやれ。お前、バカだろ? 妖精なんてのはな、神から見放されたクズなのだよ。ゆえに、何をしてもいいのだ」
「は?」
俺が、わけがわからない、といった顔をすると、隊長は「ふっ」と鼻で笑った。
「ははは、知らないのかい? 妖精はね、スキルボードが使えないんだよ。神から与えられたスキルが使えないなんて、神に見放された証じゃないか。その証拠にね、妖精は殺してもドクロマークがつかないんだよ」
「……殺したのか?」
「もちろん」
隊長はそう言って、楽しげに笑った。
「なぜ殺す?」
「金のためさ」
「金のため?」
俺の問いに、別の鎧の男が答える。
「ひゃはははは! 知らないのかよ、てめえ? 妖精の体にはなぁ、妖精石って石が埋まってんだ。そして、こいつは良質な麻薬の材料になるのさ。つまり、妖精をぶっ殺せばぶっ殺すほど大儲けなんだよ。ぶひゃひゃひゃひゃ!」
男たちはそう言ってベラベラとしゃべる。
自分たちがゲルダー王国の騎士団であること(王国紋章入りの兜とマントを自慢げにひけらかしていた)。
1年前から、月に1回、新月の日の日中、妖精の森の結界が弱まるようになったこと。
試しに妖精を襲ってみたら、ゴブリンよりも弱いし、麻薬の材料になるしで、大儲けになって笑いが止まらないこと。
妖精たちは金の卵だから、下手に絶滅させてしまわないよう、今のところ月に1回、ちょっとずつ狩ってやっていること(ありがたい慈悲だと思え、と言っていた)。
『無知でバカな男』に上から目線で教えてやるのが楽しくて仕方ないのか、ゲラゲラと笑いながらしゃべる。
が、ほどなくして飽きてしまったのだろう。
「もういいや」という隊長の言葉と共に、俺に一斉に剣を向けてくる。
「やれ」
隊長がそう言うが早いか、男たちは俺に向けて斬りかかってくる。
「安心しな。殺しはしないぜ」
「ひゃははは、その代わり、死ぬより痛い目にあってもらうけどなあ!」
「そうそう、何度も切り刻んで、回復して、切り刻んで、回復してっていう刑を受けてもらうぜ! 楽しみだなあ!」
そう言って斬りかかってくる騎士たち。
そんな彼らに、俺は右手を突き出した。
とたん、どこからともかく大量の風の刃が襲いかかってきた。
無論、やったのは俺ではない。俺はただ、虎の威を借る狐のごとく、かっこつけてポーズをとっていただけだ。
やったのはアマミである。
先ほどから、騎士たちは俺にだけ話しかけていた。彼らはアマミの姿は見えていなかった。
アマミは、一足先に森の木々の中に姿を隠していたのだ。高レベルの彼女なら、それも可能である。
そして今、木々の間を高速で移動しながら、騎士たち目がけて風魔法を放っているのだ。
騎士たちからすれば、突如としてあらゆる方向から風魔法が飛んでくるわけで、わけがわからないに相違ない。
「ひ、ひいっ!」
「な、なんだよ、これ!」
悲鳴を上げる騎士たち。
だが、容赦なく襲いかかる刃は、騎士たちを剣や鎧を次々と切り裂いていく。
兜とマントを切り刻まれた時は、「ひ、ひいいいいいい!」とひときわ大きな悲鳴を上げていた。
どちらも王国の紋章入りであるし、ひょっとすると傷つけたら懲罰が下されるのかもしれない。
もっとも、一番大きな悲鳴は、兜を吹き飛ばされた隊長が、その後の風魔法で頭頂部の金髪を剃り落とされた時の「ひぎゃあああああ! わ、私の髪がぁぁぁぁぁ!」というものだったが。
「おのれぇぇ! お前ぇ! よくもよくもよくもおおおお!」
見るも哀れな髪型になった隊長が、憤怒の形相で俺をにらむ。
今にも俺に襲いかかりそうな隊長。
だが、部下たちはそうではなかったようだ。
「ひいいいいい! こ、こいつやべえぞ!」
「に、に、逃げろおおお!」
「助けてくれえええええ!」
わめき声を上げながら、逃げていく。
置き去りにされようとしている隊長は「わ、ま、待て、お前ら、逃げるな、おい!」と叫ぶが、誰も言うことを聞かない。
「く、く、くそぉぉぉ! こんなやつに! こんなやつにぃぃぃ!」
地団駄を踏み、悔しそうな顔で俺をにらむ。頭頂部だけ剃り落とされた珍妙なヘアスタイルのためにコメディアンにしか見えないが、ともかく俺をにらんだ。
そして、こう言った。
「覚えてろ! お前は王国で総力を挙げてつぶしてやるからな! お前がどれだけ強いか知らないが、こっちにはレベル121のゴルドン様を初めとして、レベル100越えの国守様たちだっているんだ。ズタズタのボロボロにしてやるからな!」
言い終えると、隊長は身を翻し、ダッと逃げていった。
「追うな! 治療が先だ!」
俺は叫んだ。アマミに向けて言ったのだ。
ゲルダー王国の騎士たちは、妖精を狩りに来たと言っていた。
傷ついた妖精がまだそこらにいるかもしれない。
逃げる騎士どもを追うより、妖精たちの治療を優先すべきだと考えたのだ。
「お待たせしました」
いつの間にか、すぐそばにアマミが来ていた。
「妖精は近くにいるか?」
「ん、そうですね……」
アマミは何やら魔法を使った。生命の気配を探る魔法でも使っているのかもしれない。
と、その時である。
「ふぁっ……」
声がした。
子供みたいな声である。
視線を向ける。
そこにいたのは、三角帽子をかぶり、ふわふわでもこもこの服を着て、子供みたいな顔をした、3頭身の手のひらサイズの生き物たちだった。
妖精である。
さっき逃げていた妖精たちだろうか。10人ばかり、俺を見上げていた。見たところ、ケガしている様子はない。
とはいえ……。
(まずい……)
俺は焦っていた。
妖精たちに会った時、どう対処すればいいか考えていなかったのだ。
おそらく妖精たちは人間を嫌っている。
ゲルダー王国の騎士どもは、妖精を狩っていると言っていた。妖精たちからしてみれば、人間は憎き敵であるはずだ。当然、俺たちに対しても最大級の敵意を向けるに違いない。
そんな妖精たち相手にどう接するべきか。
最初が肝心だ。第一印象で決まる。ここでしくじれば、関係がこじれてしまう。
無論、こじれたら、妖精の森から出ていけばいい。
それで俺に損があるわけではない。
だが、ここには何かがある気がする。
その何かを突き止めたいのだ。首を突っ込むべきだと俺の直感が訴えているのだ。
そのためには、今から俺が発する最初の一言。その一言が与える第一印象。これが最重要だ。何を言えばいい? 何を……。
そう俺が必死で頭を巡らせている時である。
「ふわああああ!」
「ほわあああ!」
「ひゃあああああ!」
そんな奇声を上げながら、妖精たちが俺に向けて突っ込んできた。
「……は?」
訳のわからない光景に困惑する間もなく、妖精たちはガシッ、ガシッと俺の足にしがみつく。
「ふわあああ、いい匂いなのです。すごくいい匂いなのです!」
「たまらないのです。この匂い。たまらないのです!」
「ほわああ……天国なのです……天国の匂いなのです……」
妖精たちは俺の足に全身でスリスリしながら、恍惚とした表情で訳のわからないことを言っていた。
「……なんだ、これは?」
「……なんでしょう?」
俺はアマミと顔を見合わせ、互いに目をパチクリさせるのだった。




