55 ユリエルside
大っっっ変お待たせしてしまいました……!!
わたくし、復活! です!
先日、人生初の救急搬送を経験しました。
救急車って揺れる……。車酔いを誘発するとか聞いてない……。うっぷ。
「あ、これ戻れないかもしれない」と覚悟が過ぎったのも人生初です。
全快ではありませんが、ようやく回復し、執筆できる喜びを嚙みしめています。
私が言うのも説得力に欠けますが、皆様もお体に気を付けてお過ごしくださいね。
※エピソード52に齟齬を発見してしまいましたので、修正しました。
ユリエル「夕食後、あなたの部屋でお茶会を開くようにしようか」→「観劇後、あなたの部屋でお茶会を開くようにしようか」
エクリシエス殿下やユスティニア妃殿下と共に先王陛下へ供花を終えた私は、護衛であるアテマ伯爵ほか三名の近衛騎士を連れ王宮へ戻るエメラインを見送った。
本音を言えば私も一緒に戻りたい。エメラインを愛でていたい。
彼女に対して一物を抱えているルキノ外務卿やアルベリート王弟妃と時間を共にして、いったい何を楽しめと言うのか。
胡散臭い笑みを浮かべてエクリシエス殿下と談話しているルキノ外務卿を横目にそんなことを思いながら、近づいてきた王弟妃へ視線を寄越す。
「……」
「……」
なんだ。私から話しかけてほしいということか。
ちらちらと上目遣いでこちらの出方を窺っているが、そのあざとさは私には通用しないぞ。
己が容姿に自信があるのだろう。誘うように蠱惑的な目配せをすれば、大抵の男は思惑通り声を掛けていたのかもしれない。何度も言うが、私にその手は通用しない。
エメラインの小悪魔っぷりと比べるまでもなく、彼女以上に私の心を惹き付け、魅了し、離さない女性はいないのだ。ただただ鬱陶しいだけの視線など気障りでしかないのだから、用があるなら自分から口を開き、且つ簡潔に話せ。
駆け引きか何なのか知らないが、この時間こそ無駄だ。
そもそも、エクリシエス殿下に促されて今一度の謝罪をエメラインにしていたが、それだって言わされている感を隠せてもいない稚拙な謝罪だった。あんな耳汚しでしかない謝罪なら初めからいらない。心のこもらない言葉ほど無意味なものはないだろう。
根負けしたのか、外面よろしくにこりと微笑むだけの私に業を煮やした様子で「あの」と声を発した。
「エメライン様は、どちらに向かわれたのでしょうか」
「王宮へ戻りました。辞去する際に申していたはずですが」
「え? 訪問や視察には同行されないのですか?」
エメラインはきちんと「拝辞致します」と両殿下へ挨拶していた。まさかそれさえもまともに聞いていなかったのか?
「それは私や外務省の役目ですので、奥向きを任されている彼女は同行しません」
「そう、なのですね」
「エメラインに何か用がおありでしたか」
一瞬間を置いて、ふるふると小さく首を振る。
エメラインと会話する気もないくせに、いったいどういうつもりだ?
「お茶会のお話を、エク――エクリシエス様に伺いました」
「ええ」
それが何だ。
お茶会について確認が必要なら、謝罪したその場でエメラインに後で時間を作ってほしいと一言添えれば済んだ話だろうに。
「お茶会とは……」
それきり言葉が続かない。
そわっと視線が揺れる。
「お茶会が何か?」
「……いいえ。何でもありません。お忘れください」
何だ? どういう意味だ。エメライン主催のお茶会に不満でもあるのか。本当に何なんだこの女――っと、いかん。思わず顔に出てしまうところだった。
努めて柔和な笑みを心掛けながら、こちらへやって来るエクリシエス殿下とルキノ外務卿へ視線を向けた。
「では移動しましょうか」
分刻みのスケジュールだ。多少の猶予は持たせてあるとはいえ、次の予定地である王立魔法薬学研究所へ向かわなければならない。
ルキノ外務卿の案内で廟所を後にするアルベリート王弟夫妻に同道しながら、とりあえずの疑問や疑惑を保留にして、近衛騎士団長に移動の指示を出す。
外交のトラブルは往々にしてあるものだが、これは想定していなかったな、と思わず吐きそうになった溜め息を噛み殺した。
王弟妃がエメラインに敵愾心を抱くとは思いもしなかった。腹立たしいことに、楚々としたエメラインの何が気に入らないのかさっぱりわからない。
母上が懸念されるように、私に懸想している云々の話ではないと思う。エクリシエス殿下を夫君に持ちながらそれは極論では、と正直訝ってもいる。
媚びるような仕草は散見されるが、じっと見つめてくる目に、熱烈な温度は感じられなかった。立場上そういった送られる秋波などには疎くないつもりだ。ゆえに、私とエメラインに対する含みは無関係だと思っている。
今まで訪問国だけでなく国内でもハニートラップは普通にあったし、挨拶のように媚態を示すのが当たり前とばかりに色目を使われることもあった。
接待の一環だと高官たちは思っていたようだが、遊君や白首だと割り切って一夜の夢を結ぶ者は珍しくない。仕事と家庭に責任を持てるならそれを咎めるような真似はしないが、耽る心理は理解出来ない。
心が伴わなければ意味などないだろう。心と体は別だと聞くが、やはり理解不能だ。
言質を取らせないためハニートラップに掛からないよう教育されるのが王族だが、そもそも王族は唯一を見つけたらよそ見などしない。できない。
貴族に婚外子が多いのはこういった例が多いからだと言われている。唯一を定める王族の数が圧倒的に少ないのもまた、心と体を切り馳せないからだとされているが、子だくさんだった先王は例外中の例外だ。
唯一を得た王族が子を生す相手はただ一人だと決まっているので、どうしても出生率は貴族のそれを遥かに下回ってしまう。唯一無二の女性に無理を強いるわけにはいかないから、この不文律は如何ともし難い。
――などと明後日の方へ思考がずれつつも、周辺や諸々の把握は怠らない。
時折ちらりと意味深な視線が寄越される。当然エクリシエス殿下も気づいている。
彼との間に不和など起こす気もないのだから、ちらちらとこちらを見るのは本気でやめてくれ。
気障りだが、王弟妃のことは任せてほしいとエメラインが言うのなら、私はそれに従うだけだ。
ああ、本当に鬱陶しいなぁ。




