48 カトリーナ side
本編再開です。大変長らくお待たせ致しました!
そして、ずっと辛抱強くお待ちくださった皆様に、心から感謝申し上げます。
◆◆◆
「ああ、とても美しいよ、エメライン。よく似合っている」
「ありがとう存じます。ユリエル様も素敵ですわ」
アルベリート王国の王弟殿下ご夫妻を奉迎するため、歓迎式典が行われる迎賓館で到着を待つ王太子殿下とエメライン様は、見ているこちらが赤面してしまうような甘い雰囲気を漂わせてお互いに褒めそやしている。
私だってアーミテイジ様に「美しいよ」とか言ってもらいたい。甘々に微笑んで、頬を撫でながら「可愛い」とか「ずっと側にいるよ」とか言われたい。アーミテイジ様がそんな言動をするなんて天文学的な確率だけど! こっそり妄想するだけなら誰にも迷惑かけないし!
「体調はどう? ずっと多忙だっただろう」
「大丈夫ですわ。ユリエル様こそご多忙でしたのに、昨晩はお戻りになる前にわたくし眠ってしまって……」
「構わないよ。おかげで愛らしい寝顔を堪能できた」
「……今朝だってわたくしより先に起きておられましたわ」
「ごめんね。寂しかった?」
「……寝ておられないのではと、心配しました」
「大丈夫。貴女より後に眠って先に起きただけで、ちゃんと睡眠時間は確保したから安心して」
エメライン様の繊手を掬い上げ、軽く腰を抱き寄せている王太子殿下は正礼装に身を包んでいて、見た目だけならすごく格好良い。腹黒いくせに、王子様然とした気品と麗しさもいつもの五割り増しに見えるのだから、礼装マジックってある種の魅了スキルなんじゃないかと私は思う。
誘蛾灯よろしく無駄に色気を振りまいているようにしか見えない。萌えの過剰供給は危険だからやめてほしい。何度も言うけど顔だけは極上なんだから。
お二人の寄り添い合う姿はとても仲睦まじい様子で、間に割って入ろうなど到底無理な雰囲気を醸し出している。王太子殿下がエメライン様しか眼中にないことは一目瞭然だ。
外廷の人間も待機するこの場では、あわよくば娘を妃にと目論む貴族たちに対して大変有効な牽制となっているんじゃないだろうか。
私たちエメライン様付きの臣下にとって最早見慣れた溺愛っぷりに、外廷の人間は目のやり場に困るとばかりに視線を逸らす者、微笑ましそうに相好を崩す者、ひんやりと冷めた目を向ける者とに分かれているけど、後者は、人目も憚らずイチャイチャしていることに嫌悪感を抱いているのか、王太子殿下、もしくはエメライン様のどちらかに害意を向けているのか、はたまた両者にか――と、隅っこに控えながら視線だけで高官たちを観察してみる。
王太子殿下のことだから、エメライン様をただ愛でているだけじゃない気がする。あのイチャつきこそが試金石だったりして。
あからさまに蔑視している輩は小者だと思う。反応が分かり易すぎる。
意外と微笑んで見守っている人こそ腹の内では何を考えているのか分からないんじゃないかな。
「……ん?」
ふと、王太子殿下の左耳に見慣れないものを発見した。
金細工とアメジストが美しい、細長いピアスだ。
動くたびにゆらゆらと揺れるそれは、無意識に目で追ってしまうほど存在感がある。宝石のカット技術が秀逸なのか、キラキラと光を反射していて目を引く。
「ジュリア様。王太子殿下の耳飾り、いつもはつけていませんよね」
装身具なんて珍しいと、ジュリア様にこそっと尋ねると、美しい立ち姿のままひそやかに答えてくれた。
「あれは王位継承者を示す耳飾りで、式典など公式な場でだけ身につける物です」
なるほど。一目で王太子だとわかるのか。
煌びやかで、遠目からでも存在を主張してるもんね。あれは無視できない輝きだ。
正礼装と相俟って、認めたくないけどすごく似合ってる。
未だに諦めず熱烈な秋波を送る貴族令嬢や他国の王女たちがたくさんいるって聞いたけど、あの見た目に騙されてるんだろうなぁ。
「使われている宝石ってアメジストですよね? 王太子殿下の瞳の色に合わせて作り変えるんですか?」
「いいえ。歴代の王太子殿下は皆様アメジストの瞳をされているのです」
「え? 全員?」
「ええ。例外なく」
「今上陛下も?」
「そうです。大公殿下とご子息方は碧眼でいらっしゃるので、アメジストの瞳をされているのは御存生の王族の方では陛下と王太子殿下のお二人だけですね」
え。何それ私知らない。
設定資料集にも裏設定にも、エレオノーラ様のあの手記にだってそんなことは一言も書いてなかったのに! 気になる!
紫の瞳に何か重要な意味でもあるの?
王位継承者にだけ受け継がれる瞳の色って、そんな面白そうな情報、ゲームファンとしては見逃せない!
いや、ここが虚構の世界じゃなく現実だってことはもうちゃんと理解してるけど、ゲーム内では決して語られることのない裏設定を覗き見しているようでワクワクするのよ!
この好奇心だけはどうしようもない。だって世界観が大好きなんだから!
「王太子殿下の瞳の色に、何か秘密があるんでしょうか?」
興味津々に尋ねる私をちらりと一瞥したジュリア様は、人差し指を唇に添えて、「好奇心は猫を殺す」と囁いた。空恐ろしさに思わず身が竦む。
つまり、強すぎる好奇心そのままに首を突っ込むと身を亡ぼすぞ、と。こわっ。
知ろうとするのはやめよう。
たぶんあれだ、タリスマンの時と一緒だ。知ったら物理的に首が飛ぶとか、その類いのタブー。ヤバいヤバい。
よし、他のことを考えよう! 王太子殿下の瞳の色なんて知らない知らない。
「……」
あれ? 瞳の色といえば、ゲームでのエメラインの目の色って確か淡い水色をしていたような……? 記憶違いかな?
うーん……。
いや、どっちでもいいか。
ゲームのエメラインと現実のエメライン様は別物なんだし、関係ないかな。
そういえば、アルベリート王国ってゲームには出てこない国なんだよね。だからアルベリート王国王弟殿下ご夫妻の歓待とか、当然シナリオにもそんな話はなかったし、そもそもヴェスタース王国の他に出てきた国ってラステーリア帝国だけだった。
だから私にはアルベリート王国の知識なんてないし、王弟殿下ご夫妻に関しても一切情報を持っていない。
アルベリート王国特有のマナーとか全然分からないから、知らず無礼を働いてエメライン様の足を引っ張ったり恥をかかせたり、面目を潰したりしないように、基本的なものだけエメライン様に教えてもらったんだよね。
エメライン様の専属であっても私は一介の見習いメイドで、さらに平民だから、直接王弟殿下や妃殿下に接する機会なんてそうそうないとは思っているんだけど、絶対ないとは言えないから一応最低限の情報は頭に入れておきたくて、エメライン様に教えを乞うてみた。
エメライン様曰く、アルベリート王国王弟殿下のお名前はエクリシエス・シェラ・アルベリート殿下で、妃殿下はユスティニア・ルハ・アルベリート妃殿下というらしい。
どちらも齢二十二で、王弟殿下とアルベリート王国国王は一回りも年が離れているそうだ。
十七歳の時に兄王の名代でヴェスタース王国を訪れた王弟殿下は、昨年婚姻したので今回五年ぶりの訪問に妃殿下を帯同することにしたらしい。
恐らく妃殿下との顔合わせ、延いてはメル・デイン聖王国への橋渡し役でもあるのでは――と、エメライン様が仰っていた。
ヴェスタース王国は妃殿下の生国メル・デイン聖王国と国交を結んでいないけど、友好国であるアルベリート王国も近年までメル・デイン聖王国と関わりを持っていなかったそうだ。
厳格な信仰生活と規則を制定した神権政治の宗教国家であるため、メル・デイン聖王国と国交を持つには様々な制約が課されるという。
香辛料やラブダナム樹脂など希少な特産品を扱う国でもあるので交易は国としても願ったり叶ったりらしいけど、とにかくメル・デインの王家は気難しくて譲歩もしないから、話し合いに持ち込むまでがかなり気力と労力と時間を使う、というか摩耗するらしい。
――アルベリートの王弟殿下、そんな国からよく第四王女を娶れたよね。




