40 ユリエル side
申し訳ありません!
別の拙作に間違えて投稿してしまいました!
同じ凡ミスっっ
混乱された方も多いと思います。本当にご迷惑をお掛けしました!!
「ヒロインルート、というと、貴女の言うところの、カトリーナ嬢が歩むはずだった未来、ということだろうか?」
「はい」
何を荒唐無稽なことを、と切り捨てるのは簡単だが、ラステーリア皇太子の名が出てきた時点でそれは除外された。
ただでさえ不愉快で邪魔な存在だというのに、更には未来記に奴との関わりが記されているというのか。どんな些細な関わりであろうと、エメラインの視界に僅かでも入るような真似は許さない。本当に、心底気に入らないな。
「ラステーリアの皇太子はどう関わってくる?」
「あの、その前にエメライン様に確認したいことがあるんですけど」
「わたくしに? まあ、何かしら?」
「ラステーリア帝国の皇太子殿下から、夜会の招待状なんて貰ってませんよね?」
待て。聞き覚えがあるぞ。
それは学園卒業式にかぶるように、王家を通さずエメラインに直接出された婚約者選定の夜会のことではないか?
「招待状……あっ」
「え、あるんですか!?」
「ええ、一度だけだけれど、招待されたわ。出席はしなかったけれど」
ちらりと、こちらへ含む視線を寄越すエメラインににっこりと微笑んでおく。
そう。私が阻止した。エメラインが返事を書く前に握り潰せて大変満足している。
カトリーナ嬢。「あ〜これか〜」と天を仰ぐのはどういう意味だ。
「皇太子殿下は攻略対象者じゃないので、厳密にはヒロインルートは存在しないんですけど、エメライン様に限っては〝ない〟と言い切れないんですよね」
「あの執着具合であれば然もありなんと思えるな」
「うわぁ、やっぱり執着してるんですね」
執着具合で言えば私も人のことを言えた義理ではないのだが、反省も後悔もする予定がないので棚上げにする。異議申し立ては受け付けない。
「エメライン様、皇太子殿下に執着される理由ってご存じです?」
「いいえ。全く心当たりはございません」
エメラインの返答に、これは困ったと言わんばかりの渋面を浮かべている。嫌な予感しかしないのだが。
「手記には皇太子の何が書かれていたんだ?」
「あ、実はですね。ラステーリア皇太子殿下の情報だけ、一度記した上から文字を塗り潰してるみたいなんです」
「塗り潰す? エメラインの曾祖母君が、故意に情報を消したということか?」
「それはわかりませんけど、塗り潰し箇所の周囲に書き足された文字もありますし、意図的に消してあるのは間違いないと思います」
曾祖母君がわざわざ皇太子の情報を隠蔽したというのか? 何のために?
何十年も先の未来を知っていたはずの人物が、カトリーナ嬢の他に解読できない文字をさらに塗り潰すことで秘匿した? そこまでやらなければいけない皇太子の裏情報とは一体なんなんだ。
「憶測でしかありませんが、エレオノーラ様は、ラステーリア皇太子殿下の情報を隠蔽しようとしたわけじゃないと思うんです」
「根拠は」
「補足するように書き足された文字からの印象です。攻略対象者ではないし、そこまで深く掘り下げた裏設定は不要だとされて、早々に没になったネタだそうですから。たぶん、単純にサブキャラに割く容量が足りなかったんだと思います」
ほぼ意味不明だ。根拠の説明になっていない。
いや、カトリーナ嬢と未来記にとっては根拠足り得るのかもしれないが、未来記の実態を正しく理解出来ていない私やエメラインには、カトリーナ嬢の言う根拠が腑に落ちないのだ。実際エメラインも意味を掴みかねている様子で、戸惑いの視線を私に向けている。
「一番の問題は、諸々の裏設定がどこまで反映されているか、だと思うんですよね」
「その裏設定というのがいまいち要領を得ないのだが、どう解釈すればいいんだ? 私たちが理解できる話か?」
「えっと、どうでしょう……裏設定……あっ。あれです。その人物の生い立ちとか、あまり広く知られていない過去やルーツ、秘密の趣味や目立たない位置にある痣など、本人や近しい人でなければ知り得ないような情報を、あちらでは裏設定と呼んでいました」
あちらというのがどこを指すのか。
カトリーナ嬢の言う前世の世界、〝ニホン〟なる場所だということは理解しているが、そもそもその件がよく分からない。
神霊の坐す天上の世界なのか、今となってはお伽噺にしか登場しない精霊や妖精の住む世界なのか――いや、それだとカトリーナ嬢の前世は格の高い存在だったという話になるな。
格が高い? あのカトリーナ嬢が?
失礼だが、あり得ないだろう、どう贔屓目で見ようとも。まあその贔屓目そのものが私の中には存在しないのだが。
しかし、〝裏設定〟か……。以前カトリーナ嬢が私の過去を知っていたこともこれで説明がつくな。
ちらりと隣に座るエメラインへ視線を向ける。
エメラインの知らない私の過去。それは、エメラインと初めて顔合わせした時より数ヶ月前に遡る。
出会いは、彼女が宰相に連れられて王宮へとやって来た六歳の頃だと、エメラインは認識しているだろう。実際そうなのだが、私の認識では違う。
ヴェスタース王家の男児には、ある特殊な能力が備わっている。生涯唯一と定める伴侶を、幼少期にたった一度だけ、形のない色として認識するというものだ。
それは天啓とも呼べる強烈なもので、視た瞬間色を口にし、その後高熱を出して数日間昏睡することになる。
王家は王子が視た色と同じ特徴を持つ貴族令嬢を調べ上げ、正妃候補として婚約を打診する、というのが王族以外に知られていない婚約者選定のからくりだ。母上もそうして選ばれ、今は王妃として立っている。
自らが選んだ色の伴侶は王子にとって絶対であり、唯一無二で替えが効かない。出逢えば一目で懸想し、必ず執着することになる。
王族の中にはこれを呪いだと言う者もいる。まるで魅了魔法をかけられたように、仕組まれたようにその色を纏う者を必然的に欲するのだから、ある意味そうなのかもしれない。
呪いだと言った者には結婚を約束した令嬢がいたらしい。王族には珍しく、色を視たのは十七の歳だったそうだ。ここまで遅いと、その弊害は必ず生じる。
誓いを交わした令嬢に想いは残しているのに、強烈な天啓はかの王族を強制的に懸想させた。恋人とは別の、視た色を纏った別の貴族令嬢にだ。
その者を愛し、執着し、縋る。心の奥底ではこれは違うと叫んでいるのに、愛していたはずの恋人を邪険に扱ってまで強く求めた。
恋人の唐突な心変わりに絶望した令嬢は、失意のまま自ら命を絶った。その瞬間を目の当たりにしてようやく動けた彼は、彼女の亡骸を抱き締めて「こんなものは呪いだ!」と、天に噛みつかんと慟哭した。
そして亡き恋人の後を追うように、呪いから逃げるように、その者も自裁した。
これが呪いか祝福かは、見解の分かれるところだろう。前例が前列だけに、発現が遅ければ呪いとなる場合も否定できない。
父上や私は幸いにして福音だった。仮にこの異常なまでの執着心が仕組まれたものであっても、私のエメラインに対する気持ちに何一つ、偽りも後ろめたいものも存在していない。
カトリーナ嬢が指摘した私の過去は、「小さい頃に高熱を出して数日間寝込んだ」という点だけだったが、昏倒の事実を知っていた時点で十分過ぎる脅威だった。
理由は簡単だ。私が倒れた事実は国王が隠蔽したので、目覚めるまで隔離されていたことを知る者は、当時護衛の任に就いていた影や世話をする侍従など、ほんの一部の人間に限られている。ゆえに、昏倒した理由までは知らずとも、国王が秘匿した過去を知っていた時点で、カトリーナ嬢は抹殺されていてもおかしくなかったのだ。
聖女の肩書きがなければ影から拷問を受け、どこから情報を得たのか情報源を吐かされた後、人知れず処分されていた可能性は高い。
事はタリスマンの秘密にも通じる。つまりは秘匿中の秘匿事案。
あの場で処されなかったのは、偏に聖女の肩書きがあったからこそだということは前述した通りだ。あの時点で首の皮一枚繋がっているだけの、非常に危うい状況だったという事実に、カトリーナ嬢は今の今まで気づいてもいない。
王族には替えの効かない伴侶が存在する。それを正しく理解するためには、王家の起源にまで遡る必要があるのだが、それについて話すことはない。
いつか知ることがあるとすれば、それはエメラインだけだ。エメラインが王子を産んだ後ならば、隠蔽された初代国王の話をしてやれる。そういう決まりなのだから仕方ない。
そんな特殊な王家でも、国を統べる一族として他国の王族と同等の義務が課されている。強固な唯一無二の伴侶を持ちながらも、他の者を娶らねばならない義務、つまり側妃の存在だ。
父上は最後まで突っぱねたが、祖父である先王や歴代の王たちは幾人も側妃を娶った。国防の礎に必要不可欠な、王家の血を引く男児を増やすためだ。
果たしてそれは、直系の王子が私しかいない現状からわかるように、間違ってはいない苦渋の選択だったことだろう。意を曲げてまで側妃を迎えた先王には、父上や私の叔父である大公の他に男児は生まれなかった。逆に王女が多く生まれ、全員が数ある友好国へと嫁いでいる。
ヴェスタース王家の男にとって、伴侶たる正妃は絶対的存在だ。それは遺伝子に、魂に刻まれた宿命だから覆しようがない。ゆえに、明らかに正妃以外見ていない王の態度は、側妃たちの悋気を大いに刺激した。
半身に出逢った王族が、他の令嬢に関心を寄せるなど無理があるのだ。然もありなんと言えよう。
結果どうなったかは推して知るべしだ。王家の歴史書にも記されている。
醜聞としか言い表せない醜い争いだったとだけ付け加えておこうと思う。
「裏設定の大凡の概要は把握できたと思いたいが、誤認識の可能性はまだあるだろう。その場合は逐次訂正を頼みたい。情報の誤りだけは一番避けたい事態なのでな」
「わかりました」
「国の機密事項や個人の隠蔽した過去、身体的特徴や性癖など、他国や他者が知り得るはずのない情報が詰まっているものを『裏設定』と呼ぶのだと認識したが、これは合っているか?」
「はい、それで大丈夫です」
「了解した。では話を戻そう。ラステーリアの皇太子から夜会の招待状を受け取ったことも、年代記には記されているのか?」
「はい。受け取った場合と受け取らなかった場合の、それぞれの分岐から発生するイベントが書かれています」
「イベントとは?」
「あー、えっと、主要人物との関係の進展や、引き起こされる危機、ですかね」
「関係の進展?」
「恋人になるまでの、あれやこれやです」
ちょっと待て。私との間に育まれる関係ならば諸手を挙げて受け入れるが、ラステーリアの皇太子にもその可能性があるだと?
「エメラインと愛を育むのは後にも先にも私だけだ。他は認めん」
「まあそうでしょうけど、今それ言う必要あります?」
なに宣言だと呆れているが、私には重要なことだ。そうだな、エメライン?
じっと見つめれば、エメラインがほんわかと微笑んで首肯してくれた。さすが私の唯一。ようやく以心伝心の仲になれたかな。そうだと嬉しい。
「いや、まず王太子殿下が気にすべきことは『引き起こされる危機』の方じゃないですか?」
「王太子としてはそうだが、ユリエルとしてはエメラインとの関係進展一択だ」
「正直か。そしてポンコツか」
「言うじゃないか、カトリーナ嬢。まあいい。それで、引き起こされる危機とは?」
おい、カトリーナ嬢。今のところ不敬に問うつもりはないが、いろいろと面倒臭いとは何だ。ちゃんと危機について訊ねただろう。訊く順番が多少前後したくらい何だと言うんだ。いいから話せ。




