33 カトリーナ side
ブクマ登録・評価・感想・いいね、ありがとうございます!
サブタイトル入れ忘れてました!
混乱した方、申し訳ありません!!
急遽父親に呼び戻された一件以来、考えていることがある。
このまま毒親の下に居れば、私はいずれダニング男爵家にとって〝お金〟になる縁談、もしくは養子縁組か何かで売られてしまうだろう。これは聖女的な予感とか予知とか、そんな特別な話じゃなくて、あの毒親ならやるだろうという経験則だ。
レイフ様にどうにか男爵家から逃れたいと相談したら、貴族籍に未練はないかと問われた。
元々平民で孤児院育ちだし、付け焼き刃の淑女教育も本当に嫌いだったから、寧ろ柵から解放されて嬉しいだけ。前世でも一般人だったし、庶民最高じゃない。
ただ一つ気掛かりなのは、子爵様であるレイフ様と縁付く可能性が今以上になくなってしまうということだけど……。
ならばひとつ、手がない訳じゃない――そう告げられた続く言葉に、私は一も二も無く頷いた。
レイフ様の指示通りにエメライン様へ手紙を書き、逓信院とかいうよく分からない部署へ提出した。ここを通すと正式に出された書簡として登録され、記録に残る。逓信院に記録された物は魔導具の刻印で保護されるから、封印を施した封蝋を開封して中身を盗み見ることは実質不可能になる、とか何かいろいろ説明されたけど、大半が理解できなかった。
まあ要約すると、安全で確実にエメライン様に届くから、当然の如くエメライン様経由で王太子殿下の耳にも入る、ということらしい。たぶん。違ってたらどうしよう。
レイフ様の言う通りに、一言一句違えず書き記した翌日には、王太子殿下直筆の封書がレイフ様から手渡された。
了承と指定された日時だけが書かれた、実にシンプルな文面だった。エメライン様の私室で会談することになってるけど、エメライン様も出席されるのかな? エメライン様のお部屋だし、当然いらっしゃるよね?
どうなんだろう、居て欲しいな。病んでる王太子と対面してどっと疲れるくらいなら、せめて癒しが欲しい。そんなことを願いつつレイフ様に手紙を差し出すと、文面を目で追ったレイフ様がピシリと固まった。
えっ。なに。どこの文章で固まったの。
本当に事務的なことしか書かれていないのに、思考停止するような爆弾発言あった?
その疑問の答えは、指定された日時にエメライン様のお部屋へ赴いた時に判明した。
「―――――エメライン様……」
感無量とばかりに声が震えるレイフ様は、恭しくエメライン様へ頭を垂れて跪いた。
はにかむレイフ様とか眼福過ぎる。
え、何これ。跪くとか騎士様ステキ。写真撮りたい。誰か発明してよ。
ふるりと肩を震わせ一歩踏み出したエメライン様と、姫に仕える麗しき騎士様のスチル。ご馳走さまです。身の程知らずなことを言っていいなら、レイフ様、そのはにかみ私にもください。
はう、とうっとり感嘆の溜め息を零していると、近くで舌打ちが聞こえた。
まあ見なくともわかりますけどね。どうせエメライン様関連だと途端に狭量が過ぎる王太子サマ辺りでしょ。
せっかくの美しいシチュエーションの邪魔はしないでもらえませんかね、とばかりに白い目を王太子殿下へ向けると、案の定見ちゃいけない昏く淀んだ目をしてレイフ様を射殺す勢いで睨んでいた。
……学園の頃の爽やか王子は何処へ行った。こっちが本性か。
これ以上は私も目が淀みそうだと、見ちゃいけないものから視線を逸らす。どうせなら美しいものを見ていたい。
二人に視線を戻そうとして、ふと、王太子殿下が手に持っている古い手帳が目についた。
普通の、どこにでもありそうな革張りの手帳だ。特別目を惹く装丁をしているだとか、高級そうだとか、そんな感じでもない。まあ本革はあっちの世界でもいいお値段がするものだけど。
そういう見た目の話じゃなくて、なんていうか、懐かしい気持ちになった、というか。
(……………うん?)
ちょっと失礼して覗かせてもらいますからね、王太子殿下。逆さまだからよく見えないんだよね。いや見ちゃいけないんだろうけど、本当は。
でも、何か気になる。すごく気になる。
好奇心と焦燥感を綯い交ぜにした奇妙な感覚に突き動かされるように、不敬ながらも背後から王太子殿下の手許を覗き込んだ。――露の間。
「……………えっ。え!? なんで!? 日本語!?」
どういうこと!?
つい上げてしまった大声にすら気づかず、私は転生して初めて目にした懐かしい文字を食い入るように見た。
え。どうなってるの。日本語? 日本語表記の手帳を何で王太子が持ってるの? 転生者が他にもいる?
今までの言動から王太子がそうだとは思えない。じゃあ誰? 王太子の近くにいる誰か?
フランクリン様もグリフィス様も当然違うし、シルヴィア様もセラフィーナ様も違う。勿論レイフ様だって違う。エメライン様も違うって断言出来るし、私が知る限りでは王太子殿下やエメライン様の周辺にいる人物で該当しそうな怪しい人はいない。
誰なの。まさか前の私みたいに、ここをゲームの世界だと思い込んでシナリオを進めようとしたり、逆に自分の都合のいいようにイベント起こそうとしたりとか、引っ掻き回すような真似はしていないでしょうね!?
何でそんな不穏な物を王太子が持ってるのよ!
「ダニング嬢。君はここに書かれているものが読めるのか?」
王太子殿下の怪訝な声で我に返った。
はっと視線を上げると、王太子殿下は発した声音と寸分違わずの怪訝な視線で見下ろしている。
レイフ様に歩み寄ろうとしていたエメライン様も、宝石のように美しい目を零れんばかりに見開いているし、レイフ様も跪いたまま王太子殿下と同じ目で私を見ている。
ああ、しまった!
せっかくの美しいシチュエーションを、私自らブチ壊してしまった! なんて勿体ない!!
レイフ様にとって重要な初対面シーンなのに、私の馬鹿バカ馬鹿!!
「カトリーナ様、その文字をご存じなのですか? それはわたくしの曾祖母様が生前遺された手記なのです。誰にも読み解けなかった未知の言語文字を、もし解読できますならご教授いただきとうございます」
期待に満ちた表情でエメライン様がこちらへ駆け寄り、キュッと私の両手を掴んだ。
頬を紅潮させて、虹色の瞳をキラキラと輝かせている。まるで恋する乙女のよう。
うっわメチャクチャ可愛い。誰よ悪役令嬢なんて言ったの。寧ろヒロインじゃない。こんなキラキラ私には逆立ちしたって出せないわよ。
……王太子殿下。エメライン様を物凄く愛おしく思っていらっしゃるのはよく分かっていますから、同性の私にまで射殺すような眼光で圧を掛けてこないでくださいます? ちょっとくらい愛でてもいいじゃないですか。
「エメライン。取り敢えずそれは後回しにして、まずは彼を紹介させてくれ。ダニング嬢も適宜対応するように」
状況に応じてふさわしい行動を取れと、そういうことですね、了解です。私としてもレイフ様の邪魔をしてしまった挽回はさせてほしいです。
あ〜でも日本語のこと何て説明しよう……。
誰にも解読できなかったものを何で知ってるのか、何処で知ったのか追求されても答えようがないんだけど。この後の王太子殿下からの尋問がめちゃくちゃ怖い……。
「彼はレイフ・アーミテイジ子爵。白の軍服から近衛騎士だと分かるだろうけど、彼は最年少で王家の影になった逸材でもあるんだ。貴女が私の婚約者になって二年後に、陛下により貴女の護衛に抜擢された。貴女を守り通すという偉業を何度も成し遂げた、稀有な男だよ」
まあ、と驚き、口元を手で覆ったエメライン様が、申し訳無さそうに眉尻を下げる。
エメライン様。レイフ様の武勇伝なら私がいくらでも語って差し上げますよ!
寧ろ語らせてください!
「アーミテイジ様。先程は失礼致しました。非礼をお詫び申し上げます」
「……っっ、お止めください! あなた様が私などに頭を下げるなど!」
「いいえ。ユリエル様がこれほど信頼されている方なのです。礼を欠いた謝罪はさせてください」
「そのような……っ」
「そして、ずっとわたくしの護衛をしてくださっていたこと、情けなくもつい最近ユリエル様からお聞きして知ったばかりなのです。今までお守りくださいましたこと、心より感謝申し上げますわ。本当にありがとう存じます。今のわたくしがありますのは、アーミテイジ様のおかげです」
「エメライン様……!」
ああ、いい! すごくいい!
感動を堪え、込み上げるものをぐっと抑え込むレイフ様の色気が半端ない! 二度目おかわりのご馳走さまです!
「私は当然のことをしたまで。御礼を頂けるなどとんでもないことでございます。私の忠誠は五年前より王太子殿下へ捧げております。殿下の私兵の一人として、これからもエメライン様をお守り致します」
エメライン様のドレスの裾に誓いのキスをするレイフ様……ああ、素敵。どうしよう、大声出して城内を走り回りたい。レイフ様がどんなに尊いか叫びたい。
「やり過ぎだ、アーミテイジ卿」
台無しです。王太子殿下。そしてやっぱり狭量。
私の感動を今すぐ返して。




