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2話連投しております。前話の29話をご覧になっておられない方は、一つ前にお戻りくださいm(__)m
オットマンから天蓋の奥へ視線をずらし、綺麗にベッドメイクされた寝具をそっと手の平で押さえました。
ふんわりとした柔らかさ、そしてゆっくりと、ふっくらと戻るこの中身は。
「寝具は羽毛、かしら」
「はい。羽毛……あ! 羽毛!」
そうね、羽毛は読んで字の如し、水鳥の綿毛ですからね。これも駄目です。
しかも羽毛を取り除かれた水鳥は食肉処理されますので、ヴィーガンの倫理にしっかりと触れます。もちろん殺さない、刈り取るだけの羊毛も動物由来である上に搾取に繋がるので使えません。
「カポックにしましょう。輸入品となるのでこちらは大至急発注をかけて。ああ、妃殿下がお訪ねになることも考慮して、王弟殿下にお使いいただく寝具も同じくカポックにすべきかしら。そうね、そうしましょう。カポックは二組発注で、夜衣も同様にワイルドシルクがいいわ」
「カポック、ですか。初めて耳にしますが、まずは取り急ぎ発注書を出してきます!」
わたくしのサインと王太子妃の印章で捺印した発注書を受け取ったメイドが、客室を勢いよく飛び出して行きました。
走っては駄目よ、と注意する間もありません。なんて機敏なのでしょう。思わず感心してしまいました。
先日王妃様よりお預かりした王太子妃の印章を、そっと指先でなぞります。
二対の百合の花が刻まれた盾を囲うように、マジョラムの冠が掛けられている様はとても神秘的です。
マジョラムは歴史の古いハーブで、古代ではマジョラムの冠を夫婦で被ると幸福が訪れるとされていました。そして百合の花は純潔と母性を表します。未来の国母であり、伴侶である王太子殿下に尽くす存在なのですから、マジョラムと百合は正しく王太子妃を象徴していると思います。
本来ならばまだわたくしに捺印する資格はないのですが、「アルベリート王国王弟殿下ご夫妻の歓待は、すでに王太子妃の役目である」と、王妃様の鶴の一声で使用できる権限が与えられました。身に余る光栄ですが、恥とならぬよう精進致します。
王妃教育の完了と共にお預けいただけた王太子妃の印章について、ユリエル様はお喜びくださると同時に「貴女なら当然の結果だ」と、誇らしげに微笑んでくださいました。
何よりの誉れです。あの御言葉とご尊顔だけで、わたくしの十余年に渡る研鑽も報われました。
そしてつくづく思ったのです。わたくしがこれまで折れずに頑張って来れましたのは、偏に愛するユリエル様をお支えしたい一心であったと。
本当はずっと前からお慕いしていたというのに、自身の心さえ理解出来ていなかった事実にわたくしは唖然としたものです。これは敬愛であって恋情や慕情ではないと、そう思い込んでいたなんて。
言い訳になりますが、ユリエル様と初めてお会いした時は幼すぎて、慕うという感情がよくわかっていなかったのだと思います。ユリエル様に真っ直ぐと、一心に注がれます愛情を贅沢にも独り占め出来ている現在だからこそ気づけた想いです。
あの方の御為ならば、わたくしは仮令国のために人身御供になれと命じられたとしても、笑顔で頭を垂れることでしょう。逆にわたくしを救おうと王命に背き無茶をなさるのではと、心配になりますが……。
―――――いえ。あり得ない例え話など不要ですわね。途中だった印章の話に戻りましょう。
まずは国王陛下の印章から。頭に王冠をのせ、剣を咥えた三つ首の黄金獅子が描かれているのが国王陛下の紋章で、国章でもあります。当然のことながら、国章を扱えますのは国王陛下ただ御一人のみです。
王妃陛下の紋章は、薔薇に覆われた盾です。国王陛下の剣と対になる護りの盾が王妃様の象徴。支え合うお二人のご関係そのもののようで、万感胸に迫るものがあります。
ユリエル様の紋章は、強さと不死を象徴する双頭の鷲です。国章に次ぐ効力を持った、王位継承権第一位を意味する王太子の紋章です。鉤爪で剣の柄を掴む双頭の鷲は、国王陛下の名代を務める立場であることを表しています。
そして、王太子妃の紋章。同じく盾を戴くことから、両陛下に倣い、剣を持つ王太子殿下の対となり、伴侶を護る存在であれと示しているのでしょう。胸が熱くなると同時に、身の引き締まる思いです。
(……………。あっ、カポック)
そういえばカポックの説明をしていませんでしたが、大丈夫かしら。駄目ね、もっとしっかりしなくては。
カポックとは、農薬なしでも自生する樹木の木の実から採れる綿のことです。
使うのは木の実なので伐採する必要もなく、また綿花のように大規模農地を必要としませんので、環境負荷の問題もありません。
綿よりずっと軽く、撥水性と吸湿発熱に優れた素材であるカポックならば、エシカルヴィーガンであられる妃殿下にも、きっと気に入っていただけると思います。
ただ前言したとおり輸入品となりますので、取り扱い店舗に在庫がなければ海運で二週間弱といったところでしょうか。さすがに王弟殿下ご夫妻のご訪問日と重なることはありませんが、納品時期にあまり余裕がなくて正直少しだけ焦っています。
シルクといい羽毛といい、わたくしは何というミスを……。
信じてくださる王妃様のご期待に沿えるよう、そして何より、長旅を経てご来訪されるアルベリート王国の妃殿下の御為にも、快適にお過ごしいただけるよう心尽くしのおもてなしをせねばなりません。国賓の歓待は国の威信に関わります。
どう取り繕うとも演じた失態は失態。有限である時間を無駄にしないためにも、個人で出来る反省は後回しです。
「ワイルドシルクの夜衣とカポックの寝具。この二点のみ変更であとは問題ありません。ああ、妃殿下は青を好まれますので、コットンポットのみ青いガラスに替えてください。あとは透明か白を基調に。すべてを青で統一してしまうと媚びている印象になりかねませんから、差し色程度で十分です。アルベリートの妃殿下のお部屋に関しては、変更点以外はこのまま進めてください」
「承知しました」
「さて、では次へ参りましょう。王弟殿下にお使いいただく予定の客室の確認をしましたら、バス用品を調べます」
含有成分は植物性のみと依頼した化粧品一式と同じブランドを扱う商会の品なので、そちらも問題ないとは思いますが……万が一にも不備などあれば大惨事です。大丈夫だろうという希望的観測と思い込みは危険ですわ。どちらも抜かり無く、丁寧に事細かく調査しなければ。
国のため、そして何よりユリエル様のため、マジョラムと百合の花に恥じぬ働きをしてみせますわ!




