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本文の最後を、少しだけ加筆修正しました。
エメラインだけでなく、作者もすっかり忘れてました(;・∀・)
◆◆◆
「―――――殿下。お相手は純真無垢なアークライト嬢なんですから、手加減してください」
何とも言えない面持ちでユリエルに苦言を呈したサディアスは、ジュリアに支えられながら真っ赤な顔で退出していったエメラインを不憫に思った。
ふらふらと覚束ない足取りだったが大丈夫だろうか。近衛や侍女がついているのだから怪我の心配はないと思うが……。
「悪気はなかった」
「尚更質が悪いじゃないですか」
まったく困った御方だ、と嘆息していると、存分に愛でて満足気だったユリエルから、唐突に柔和な顔が消え失せた。
「――追えたか?」
一瞥を投げた先に、音もなく影が姿を現す。
「合流した従者の男が追跡阻害の魔導具を起動しましたが、問題なく。こちらの尾行にも気づいておりません」
「流石だな。ラステーリア帝国のお家芸たる魔工学と言えども、影である特殊能力者の貴公らを欺けるほどの物は作れまい。特に隠密性と隠蔽に特化した貴公を、玩具程度で撒けると思っているとは。我が国を舐め過ぎだ」
「幾度も侵略戦争を仕掛け、我が国に戦争賠償として先帝の妹姫を差し出しておきながら、未だ虎視眈々と狙っていますからね」
「エメラインの祖母上だ。控えろ」
サディアスの物言いが癪に障った。
そのとおりなのだが、先帝の妹姫がアークライト公爵家へ輿入れしたおかげでエメラインが生まれたのだと思うと、戦争賠償として下げ渡されたと揶揄されるのは、ユリエルには看過できないことだった。
粗野な先帝と本当に血縁関係にあるのかと疑問視してしまうほど、エメラインの祖母は素晴らしい人格者だ。おかげで魔導具対策など、ヴェスタース王国にもたらされた恩恵は計り知れない。
エメラインの祖母は、母親から魔工学を学んだそうだ。母親はその道の専門家として研鑽を積んできたが、開かれた研究発表のパーティーで当時の皇帝に見初められ、後宮に入ったとされている。実際はその美しさから無理やり奪われ、鎖で繋がれるように男子禁制の後宮に閉じ込められたようだ。
生き甲斐だった魔工学研究さえ取り上げられた母親は、やがて女児を産み、娘に可能な限り魔工学を叩き込んで儚くなった。エメラインの祖母が十六歳の頃だった。
母を亡くしていよいよ生国に未練のなくなった祖母は、戦争賠償として勝国へ下げ渡される皇族に選ばれた時も、寧ろ清々しい気持ちで快諾したそうだ。
母の生き甲斐と自由を奪い、生涯牢獄のような後宮から一切解放せず死なせた皇室を、エメラインの祖母は心から嫌悪している。母の遺骨どころか形見さえ持ち出せなかったことを腹立たしく思っており、里帰りと称して帝国へ渡った際、陵墓から遺品を盗み出して帰国した。それが、エメラインとジャスパーが皇太子とたった一度きり邂逅した理由の真相だった。
それを本人から聞いたユリエルは大笑いしたものだ。
豪快というか、大胆不敵というか、随分と思い切った行動力をお持ちだ。さすがは想像の斜め上を行くエメラインの祖母上である。
失言でしたと目礼したサディアスから視線を外し、影に続きを促した。
「郊外の森に、騎竜が隠されておりました」
「騎竜!?」
エゼキエルの驚愕した声が響く中、同席する近衛騎士たちが鼻白む。
気位の高い竜は決して人に慣れず、どの国も飼育や調教に成功した例はない。捕獲も難しいので人工的に繁殖も出来ず、調教しやすい幼竜も手に入らなかった。
騎竜など実質不可能だと言われてきたが、まさか帝国が従えることに成功していたとは……。
「種類は!? 翼の皮膜に二本の流線はなかったか!?」
「はい。仰るとおり、両翼に二本の流線が浮かび上がっておりました」
「嘘だろ、よりによってスカイドラゴンかよ!」
エゼキエルの苦虫を噛み潰したような顔に、ユリエルもサディアスも怪訝な視線を向ける。
「スカイドラゴンだと不都合が?」
大有ですよ!と返した後、落ち着かない様子で苛々と言葉を続けた。
「スカイドラゴンは空の覇者です。風魔法で飛んでいるので、梟のように羽ばたく音がほとんどしません。頭上からの奇襲に最も長けた竜種です。それにスカイドラゴンの扱う風魔法は種族の固有スキルなので、微弱な魔力を読むグリフィスの人間にとっては相性最悪な相手なんです」
「それは魔力を読めない、ということか?」
「そうです。固有スキルは魔力を使いません。便宜上風魔法と言いましたが、スカイドラゴンの固有スキルは風の精霊の使役なんです」
「風の精霊?」
かつて存在したとされる精霊は、今は御伽噺の中にしかいない。かつては居たとする説も、眉唾物だと認識されている。ユリエルもその一人だ。
「スカイドラゴンが風の精霊を使役していると、極論とも言える論証が成立された訳ではありませんが、少なくとも魔力は使っていません。あの巨体を支えるには飛膜が短いですし、どうやって飛行しているのか説明出来ないんですよ」
「なるほど。故に風の精霊の使役という訳か。荒唐無稽だが、否定もしきれないと」
「そういうことです」
「転移門を通らず入国した手段はそれか」
守衛に覚らせず正門を通過した、もしくは何らかの別ルートを使って王宮へ侵入した方法がまだわかっていないが、入国手段はわかった。
スカイドラゴンか、とユリエルの整った眉が中央へ寄せられる。
音もなく空から奇襲される可能性を考えて、厄介なものが入り込んでいることに苛立ちを覚えた。
「竜種を従えるのは容易ではない。まさか、それも魔導具か?」
是と返された答えに舌打ちしたくなった。
まったく、余計な真似ばかりする国だ。
「まずはスカイドラゴンの対策だな。陛下に急ぎ謁見を求める。サディアス」
「準備致します」
「エゼキエルはグリフィス侯爵に協力を要請しろ。魔法師団の第三騎士団と連携して策を講じるように。私も謁見後に赴く」
「畏まりました」
「近衛は第三騎士団にその旨伝えよ」
「はっ」
それぞれが散っていく中、ユリエルは苛立ちを噛み殺す。
ハウリンド公爵に続いてラステーリア帝国が挑発的な行動に出た。揃ったような表立ったそれに、意図的なものを感じずにはいられない。
「ラステーリア皇太子の一行は現在どうしている?」
「影三名を張り付かせておりますが、未だ出国はしておりません。これより私も合流します」
「頼んだ。国境を越えたら引き返せ。深追いはするな」
「御意」
スッと音もなく姿を消した影を一瞥することもなく、ユリエルはサディアスの仕上げた上奏文にサインした。王太子の印章を捺印して差し出すと、受け取ったサディアスが一礼して退出していった。
決して楽観視できる状況ではないが、皇太子がこちらを甘く見ているならば好都合だ。
舐められて面白くはないが、エメラインと国の安全が確保出来るなら、侮辱程度甘受してやろうじゃないか。
別の影から「エメライン様が王太子宮の殿下の私室へと戻られました」と報告が入る。分かったと頷けば、気配が遠退き消え去った。
王妃から賜ったエメラインの部屋ではなく、ユリエルの部屋に戻ったのはジュリアの判断だろう。王太子の私室は、許可のない者は入れない仕組みになっているからだ。あの部屋にいるかぎり、ラステーリア皇太子が如何なる手段で王太子宮へ侵入しようとも、エメラインに会うことは叶わない。
ユリエルが傍にいない今を再び狙うかもしれないと、ジュリアはそう警戒したに違いない。いい判断だ。
呼んだ従僕に謁見のための準備をさせながら、礼服である白い軍服の立襟の金具を留めた。
運良く現在は王国から帝国への留学生はいない。嫁いだ者も、拉致された者もいない。
これは好機だ。
覚悟しろ、ハウリンド公爵、そしてアレクシス・テスター・ラステーリア。
―――――反撃の時だ。
その頃、エメラインは――。
ユリエルの数々の爆弾発言に未だ身悶えながら、よろついて座ったソファに両手をついたまま動けずにいた。
皇太子と遭遇したあの一瞬、密かにラステーリアの魔工学への憧れを再燃させていたエメラインは、そんなことを思っていた事実さえ霧散するほどの衝撃に翻弄されていた。
「……………っ、……!? ……っっ、……! ……………っっっ!!」
声にならないか細い悲鳴を噛み殺して、広がる動揺と羞恥心に振り回されているエメラインを、ジュリアたち側仕えの面々は生暖かい目で見守っていた。
それから平静を取り戻せるまでエメラインの混乱は二時間も続き、ユリエルへ面会を求めた最初の目的である『王妃教育の完了』報告を、ようやく思い出すのだった。




