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ユリエル様の並々ならぬお覚悟を感じて、わたくしは揺れ動く両極の感情を抑えるように、そっと胸を押さえました。
決して血を絶やしてはならない王太子というお立場でありながら、わたくしを慮ってくださるお優しい御方。
その御心が嬉しくて、反面、そのようなお覚悟をさせてしまう自身の不甲斐なさがひしと身に迫ってくるようです。
以前、ユリエル様は仰いました。「王家血統の存続は貴女ひとりに懸かっている」と。
その頃から――いえ、それ以前から、でしょうか。わたくしに子が出来ない可能性も考慮しておられた。それでもわたくしただ一人なのだと、ずっとお伝え下さっていました。それは王太子殿下の伴侶として破格の扱いです。
何を措いてもお世継ぎを授からねばならない、それが王太子妃候補に選ばれたわたくしが、第一と心得るべき最重要事項。御寵愛を受けながらも万が一にも子を生せないならば、その時はわたくし自らが王妃様に申し出なくてはならないでしょう。
ユリエル様の御子を身籠れる、血筋、家柄、お人柄の揃ったご令嬢を妃としてお迎えしたい、と。
ツキリと胸に鈍い痛みを感じます。ですが、王家存続というユリエル様の大業の前で、わたくしの揺れる感情など些末なこと。その程度の覚悟無くして王太子妃は務まりません。
勿論授かることが大前提ですが、もしもわたくしが苗床になれないならば、わたくし自身が見切りをつけて早々に対策を打たねばなりません。
後宮を束ね、采配するのは王妃の役目。王太子宮の管轄も、最高責任者は王妃様です。
ならば『万が一』が起こり得た場合、王太子ユリエル様の伴侶であるわたくしから、王妃様へ側妃を願い出るのが通例。我が身可愛さにユリエル様の御寵愛に縋るなど、寧ろ恥だと心に刻むべきですわ。
「ユリエル様、お任せ下さい。わたくし、必ずや成し遂げてみせますわ」
「うん……いや、ちょっと待って。何故かな、貴女と私の間に、大峡谷よろしく埋めようのない齟齬を感じるのだが」
ユリエル様のアメジストの双眸が険しく細められます。
いいえ、ユリエル様。わたくしは正しく理解しておりますよ。あなた様はお優しいから、優し過ぎるから、わたくしが薦める必要があるのです。
ですから、大丈夫ですわ。ユリエル様の血を絶やさないと、ここに誓います!
「絶対食い違っているよね? なに、その決意表明みたいな凛々しい眼差しは」
「さすがアークライト孃。淑女の鑑と称されるだけはある。あなた以上に王太子妃に相応しい方はおられないでしょう」
「誠に。敬服いたします」
「まあ、ありがとう存じます」
「ちょっと待て」
おどろおどろしく、ユリエル様がフランクリン様とグリフィス様を睨まれています。
「ややこしくなる。お前たちは黙っていろ」
「いいえ、黙りません。殿下、アークライト孃は先を見据えておられます。ご自身の感情より王家を優先されました。ご立派です」
「黙れサディアス」
「あなた様も、〝王太子〟の御役目に向き合ってください。アークライト嬢にだけその責任を押し付けてよろしいのですか」
ギリッと歯噛みする鈍い音がしました。フランクリン様を、まるで親の仇を見るような鋭い眼光で睨んでおられます。
わたくしは、またユリエル様の御心に寄り添えていない発言をしてしまったのかしら……。
申し訳無さで視線を落としてしまったわたくしの耳に、ジュリアの凛とした声が触れました。
「発言をお許し下さい」
「……ああ、許可する」
「ありがとうございます。では――御三方は何故、エメライン様がご懐妊なさらない前提でお話をされていらっしゃるのでしょうか」
「何?」
ひやりとした声に、ユリエル様やフランクリン様、グリフィス様の双眸がくっと見開かれました。
ジュリアの温度のない視線と声音から、彼女は静かに憤っているのだとそれだけで察せられます。
「エメライン様はまだ十八であられます。恐れながら、王妃様が殿下を身籠られたのは二十歳の頃と聞き及んでおります。正式に娶っておられないのに、何故いま、エメライン様がお世継ぎを授からない可能性に言及しておいでなのです?」
正式に娶ってはいない――その言葉に、御三方だけでなく近衛騎士もはっと目から鱗が落ちたような表情をされました。
斯く言うわたくしも、ジュリアに指摘されて気づいた口です。ユリエル様方を責められません。わたくしも同罪です。
正式に娶ってはいない、それは、……ひ、避妊している段階で何を言っているのか、という、その……ああ! これ以上は無理です!
「女性にとって、伴侶となる方の御子を授かれるかどうかはとてもデリケートな案件です。長年連れ添った夫婦間でも、それは変わりません。時間を掛けて〝試して〟もいないのに、殿方だけで進める話ではありませんわ。それはエメライン様への、これ以上ない侮辱になると、御三方、気づいておられますか」
「!? わっ、我々は、決してそのような……!!」
「アークライト嬢を侮辱!? そんな訳あるはずがない!!」
「いや……」
ざっと音を立てるように一気に青ざめたフランクリン様とグリフィス様のお声を遮って、ユリエル様が緩く首を振られます。
「アテマ夫人の言うとおりだ。私が間違っていた」
アテマとは、ジュリアの婚家の家名です。因みに旦那様は、わたくしの専属護衛を任ぜられた近衛騎士で、現在ユリエル様の執務室に入室している騎士の一人でもあります。
ジュリアには二歳になる男の子がいて、何度か会わせてもらいました。旦那様であるジェラント・アテマ伯爵に似た、銀髪碧眼のとても愛らしいご子息です。そのご子息と同じ碧眼を目一杯に見開いたアテマ伯爵は、口元を押えて奥方を凝視しておられます。
ああ、そういえば、ジュリアは結婚して八年間子宝に恵まれなかったと聞きました。前伯爵夫人から、幾度も側室を迎えるよう伯爵を説得しなさいと言われ続けていたとか。そのことに思い至ったのでしょうか。
「アテマ夫人。忠言感謝する。同じ女性で、且つ跡継ぎ問題に直面した経験のある夫人であればこその言葉だろう。危うく私は無自覚にもエメラインを傷つけてしまうところだった」
「立場も弁えず、生意気を申しました。ご寛恕賜り感謝申し上げます」
「いいや、それでこそエメラインの筆頭侍女だ。私が間違っていれば、これからも忌憚なく諌めてくれ」
「ありがとうございます。それから、続けて謝罪を申し上げます。ラステーリア皇太子の行き過ぎた行動からエメライン様をお守りできませんでした。初動が遅れ、弁明の余地もございません。申し訳ありませんでした」
「我々近衛も同罪です。どうぞ処罰をお与えください」
ジュリアとアテマ伯爵、そして他の三名の騎士の方々が膝を屈し頭を下げます。
そのような謝罪は不要です。お相手は他国の皇族、それもお世継ぎである皇太子殿下です。武力衝突など許されるお方ではありません。阻止などそれこそ出来ないでしょう。
「不法侵入とはいえ、相手はラステーリア帝国の皇太子だ。貴殿達に落ち度はない」
さすがユリエル様です。どんなに耳の痛い言葉であっても、ご自身の不明を恥じ、正そうと心掛けていらっしゃいます。そして過失のある無しを、感情論ではなくきちんと公正な視点で判断されています。やはりユリエル様は聖人君子であられますわ。ご立派です。
「エメライン。貴女に謝罪したい。とても不適切な話だった」
「いいえユリエル様。万が一の場合は、何れは決断せねばならないお話でしたもの。決して不適切ではございませんわ」
「そうだとしても、まだ王太子妃として迎えていない貴女に今すべき話ではなかった。私の決意を知っていてほしいというだけの、傲慢で配慮に欠ける行いだった。本当にすまない」
「ユリエル様……」
ここは、きちんとユリエル様の謝罪をお受けすべきでしょう。それがこのお優しい方への配慮と誠意になります。
「はい、謝罪をお受けしま―――――」
「まだ一度たりとも貴女に子種を授けてはいないというのに、私はなんて浅はかで勝手な想いを押し付けていたのだろうか」
「……えっ?」
「いや、正確には幾度も子種は注いでいるし、それこそ孕ませてしまいたいと何度も葛藤したが」
「え」
「婚前妊娠は貴女の醜聞になりかねないし、ウエディングドレスの採寸が狂うような真似だけは慎めと母上にも極太の釘を刺されているわけだが」
「え」
「そうだよな、葛藤の末せっかく注いだ子種を水魔法で掻き出すという、実に勿体無い後処理を疲れて眠ってしまった貴女に施していた私が、〝もしも〟の話などどの口が言えたのか」
「え」
「ああ、母上の忠告に納得などせず、世間体など慶事で黙らせてしまえばよかったのではないだろうか。婚姻と懐妊が前後して何が悪い? 子は天からの授かりものだと言うし、それこそ授かり婚でめでたい話じゃないか」
「殿下」
「寧ろ毎夜同衾しておいてエメラインが懐妊しない方が問題視されるのでは? それこそエメラインへの侮辱だ。懐妊していないのは私が毎夜子種を洗い流してしまっているからだというのに」
「殿下」
「ああもういっその事、一年後と言わず婚姻式を早めてしまおうか。ドレスはあとトレーンの刺繍を追加して完成だと報告を受けているし、諸々の準備も目処が立っている。うん、前倒しに出来ない理由がないな」
「殿下」
「なんだサディアス。小言なら後にしてくれ」
「本音を駄々漏れにされるのは、もうその辺りでお止めに。アークライト嬢が耐えられません」
「うん?」
皆様の視線を感じますが、正直それどころではありませんわ。
ユリエル様。な、なんて破廉恥なことを堂々と! 皆様の前で! 仰るのですか……!
それに毎夜あ、洗い、洗い流、流して、とか、わっ、わたくし初耳です!!
「―――――あ。」
今更ながらに「しまった」とばかりに視線を逸しておられますが、もっと早くに気づいていただきたかったです……!
もういい加減お膝からも解放してください!




