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25 ユリエル side

ブクマ登録・評価・感想・誤字報告ありがとうございます_(_^_)_



ご指摘を頂戴し、説明不足だったと気づきました。

後半、一部加筆修正しております。

ご指摘ありがとうございました!

大変助かります!

 



 ◆◆◆


「私たちの婚約が覆ることは決してない。口さがない者達の噂話が耳に入ることもあるかもしれないが、そこだけは信じてほしい」

「はい」

「たとえダニング嬢がハウリンド公爵家に入ろうとも、私の正妃は貴女だけだ。側妃も公妾(こうしょう)も要らない。本当に必要ない。生涯貴女だけを愛すると心から誓う。だから、耳障りな何かを聞いてもどうか迷わないで。エメラインが王太子妃なのだと疑わないで」


 まあ、と驚きに目を瞠ったエメラインが、狡く浅ましくも愛を乞う私の手を取り、花が綻ぶように笑みを浮かべた。


「はい。わたくしも誓います。生涯ユリエル様に仕え、心から愛し、あなた様に愛されているのだと疑いません」

「私の唯一だと心に留めてくれる?」

「勿論です。わたくしはユリエル様の唯一で、またわたくしにとってもユリエル様が唯一なのだと」


 ほっと安堵の息が漏れた。

 よかった、今度こそ伝わった。正しく伝わっていると思いたい。頼むから可笑しな方向へ曲解しないでくれ。


「黙っていたこと、許してくれるだろうか」

「烏滸がましくもわたくしがユリエル様を『許す』などとんでもない! 初めから露ほども怒っておりませんし、ユリエル様がお決めになったことならば、わたくしは喜んで付き従いますわ」


 全幅の信頼を寄せてくれるエメラインの真っ白な純粋さに、私は些か良心が痛んだ。そう、残念ながら些か、微々たる良心の呵責だ。


 すまないエメライン。本当にすまない。

 反省はしている。だが貴女なら許してくれるだろうという確信犯なんだ、私は。

 どう謝罪すれば貴女の慈悲に触れることが出来るか、どんな表情で縋れば貴女が慈愛を向けてくれるか、分かっていてやっている私をどうか嫌いにならないで。


 そしてそのまま誤魔化されて、有耶無耶になったまま私の膝に抱かれていてほしい。

 疑問や羞恥心など忘れて是非ともこのままの体勢で!


「ありがとう、エメライン。貴女に軽蔑されたらどうしようかと、とても不安だったんだ」

「ユリエル様を軽蔑だなんて! あり得ませんわ!」

「本当に?」

「ええ! 天地神明に誓ってそれは絶対にないと断言します!」

「ああ、よかった……エメラインに嫌われたら私は生きていけない」


 ギュッと抱きしめる私の背中に腕を回し、慰めるようにぽんぽんと撫でてくれる。

 はぁ、今日も不動の天使だな、私の婚約者殿は。

 清らか過ぎて少々心配にはなるが。


 おい、サディアスにエゼキエル。「態度が白々しい」とか「気持ち悪い」とか、陰口は私のいないところで叩け。特にエゼキエル! 主に向かって気持ち悪いとは何だ!


「ユリエル様?」

「何でもないよ。そうだ、エメライン。貴女にいくつか確認を取りたい。構わないだろうか?」

「わたくしに答えられることでしたら何なりと」


 よし。言質は取った。


「殿下……」

「やめておけ、サディアス。あの悪癖は直らない」


 喧しい。

 残念なものを見るような目はやめろ。

 本当に、私を何だと思っているのか、二人には今度きっちり聴取しなければならないな。


「皇太子とは祖母君の里帰りの際に会ったきり、一度も邂逅していないとジャスパー殿から聞いている。手紙などのやり取りも一度もなかったと」

「はい。先程お会いしたのが二度目になります。正直申しますと、はとことはいえ幼少期にたった一度、僅かな時間を共有させて頂けただけのわたくしに、あれほどの親しみをお持ちくださっていたことが不思議でなりません」

「貴女を皇太子妃にと望むくらいだ。その過去の際会(さいかい)に、皇太子にとって決定打となるような何かがあったのではないか? 何か思い当たるようなことは?」

「殿下。事件じゃないんですから」

「事件や事故のようなものだろう」

「不適切です」

「じゃあ出会(でくわ)す」

「同じ意味です」


 口煩い奴め。あんな害虫との遭遇に『出会い』やら『巡り合い』などと口にするのも腹立たしいわ!


「それで、エメライン。どうだろうか」


 暫し熟考していたエメラインは、何も思い当たる節がなかった様子でゆるゆると首を左右に振った。

 眉尻が下がっている。ああ可愛い。


「お役に立てず申し訳ございません」

「いや、いいんだ。エメラインが謝ることじゃない」


 当人の記憶に残らないような些細なことであっても、相手にとっては忘れられない劇的な何かになることもある。あの鼻持ちならない皇太子の記憶に、エメラインの何かが執着に繋がるほど鮮明に残った。面白くないが、端的に言えばそういうことだろう。

 思い出の中であっても、奴の記憶にエメラインがいるのだと思うと腹立たしい。いっその事記憶を物理的に抹消してやろうか。


「殿下。本気で国際問題は避けてください」

「何も言っていないだろ」

「魔力に不穏な揺れが視えましたもので」

「……………」


 僅かな魔力の残滓すら読み取るエゼキエルにそう指摘されては、何も言い返せない。

 表情(かお)には出さずとも、感情に反応する魔力までは完全に抑えられない。特に微かな揺らぎにさえ気づくエゼキエルが相手では隠し事も難しい。

 まあ、微々たる揺れに気づけるのはグリフィス侯爵家一族くらいなものだが。


「エメライン。前々から気になっていたのだけれど」


 私の膝上で、可愛らしくこてりと小首を傾げる。至近距離で見上げる警戒心のけの字も見当たらないその仕草に、私は一瞬理性を失った。


「殿下。魔力が桃色一色なのは勘弁してください。吐きそうです」


 何だそれは。魔力に色があるとは初耳だぞ。しかも吐き気を催すとはとんだ暴言だな!? 言い方は大事だと思うぞ、エゼキエル!

 まあそのおかげで、喜び勇んで職務放棄しそうになった理性がすんと真顔になったからいいけどな。


「グリフィス様、お具合が悪いのですか? 少し休憩なさった方がよろしいのでは……」

「いえ、ご心配には及びません。殿下が王太子然となさっていれば治まる症状ですので」

「まあ……ユリエル様にそのような不思議な御力が?」

「というより、職業病の一種ですね」

「職業病……初めて耳にしましたわ。官吏の方々は本当に大変なお仕事をされておられますのね。どうかご無理だけはなさらずに」

「ありがとうございます。殿下に爪の垢を煎じて飲ませてくだされば、アークライト嬢のお優しさの一欠片でも殿下に宿るのではないでしょうか」

「喧しいぞ、エゼキエル」


 エメラインの爪の垢を煎じたものなら喜んで飲むけどな。それでお前への慈悲心が芽生えるかどうかは別問題だ。

 少なくとも現時点では、主に吐き気を催すような可愛気のない臣下に施す慈悲など微塵もないがな!


「エメライン。エゼキエルは放っておいていい」

「よろしいのですか?」

「放置で構わない。それよりも、教えてほしい。幾度も貴女以外いらないのだと伝えてきたはずの私に、なぜ婚外子まで出来る前提であのような覚悟を決めていた?」


 いくら斜め上を行くエメラインの思考回路であっても、極論とも言える考えに至るには無理がある。どう考えても思考誘導の介入があったとしか思えない。


「愛人を囲うのは殿方の甲斐性だと、以前侍従長の奥方、ターナー夫人に教わりました。女はそれを受け入れる度量を見せなくてはならないとも」


 やはり出処は侍従長の細君か! 悉く私の邪魔をするとはいい度胸だ!


「解雇だな」

「え?」

「エメライン、よく聞いて。それは極論だ。そんなものが男の甲斐性であるわけがない」

「そう、なのですか?」

「そうだ。男女は平等であるべきだろう。男だけが愛人を容認されるのはおかしい。ただ一人を愛せないのは裏切りだ。唯一と定めた女性だけに愛を貫いてこそ男の甲斐性だと私は思う。故にエメライン。ターナー夫人の教えはすべて思惑あってのまやかしだ。忘れなさい」

「え。全部、ですか?」

「そう。全部」


 閨の作法は私が教えるから問題ない。すでに刷り込み(インプリンティング)は進んでいる。ターナー夫人の教育など始めから必要ないのだ。


「これも以前に伝えたことだが、今一度言う。妃はエメラインだけでいい。貴女じゃなきゃ意味などない。だから、私の子を産むのも貴女だけだ。仮に貴女が孕めないならば、私の直系は必要ない。その時は叔父である大公殿下の末息子を後継に据える」

「「殿下!?」」


 寝耳に水だと言わんばかりに愕然とする側近二人に、私はにやりと不敵に笑ってみせた。


「もう決めたことだ」

「しかしそれでは!」

「男の甲斐性とはこういうことだと私は思うぞ」

「ですが!」

「ならばお前達は、各々の婚約者に子が出来ねば側室を迎えるのか」

「迎えません。幸い弟が四人おりますので、跡継ぎには事欠かないでしょう」

「同じく。それにそんな真似をしたらシルヴィアに殺されますよ」


 ああ、まあ……あの鞭捌きはなぁ……一体いつもどこから取り出しているのか、永遠の謎だな。


「甥と叔父の末子では意味が違ってきますよ、殿下」

「そうです。我等のように、あなた様には陛下の血を継ぐ弟君が居られない。大公殿下は王弟で在られますが、殿下にとっては直系尊属ではありません。仮に大公殿下の末の王子殿下があなた様の跡を継いだとしても、かの王子殿下は直系卑属ではないのです」

「つまり、王太子殿下で一度直系は途切れる、という一大事なんですよ」


 それは承知している。

 父上が我を通せた状況とは重要性が違うということくらい分かっている。

 一人息子とはいえ、父上には実子(わたし)が生まれたわけだからな。


「理解している。私に子が出来なければ、侍従長も貴族たちも黙ってはいないだろう。(こぞ)って後宮に自分の娘を入れようと結託するくらいはやるな」

「そのとおりです。殿下の御心がどうであろうと、お世継ぎの問題は看過できませんから」


 ふん、何とも面倒なことだ。側近でさえこれなのだからな。

 まだ十代の若い身空でエメラインに負担を強いる環境は気に入らない。少なくともあと十年は、無粋な突き上げなど絶対にエメラインの耳には入れさせないぞ。

 要らぬことばかり吹き込むターナー夫人は早々に解雇して、侍従長にもそれ相応の釘刺しをしておこう。

 強いストレス環境では出来るものも出来ない。母上の二の舞など踏ませるものか。


「世継ぎと言うが、そもそもな、子が出来ないのは男に原因がある場合も少なくはないそうだぞ。それを棚に上げて別で試すなど、愛する女性への最大の裏切りと侮辱だろう」

「いや、そのとおりではありますが……」

「しかし王侯貴族の婚姻は契約ですし……」


 サディアスとエゼキエルの言いたい事はわかる。寧ろ高位貴族としては正論だし、私が間違っていれば臆さず諫言するのが彼等の務めだ。


「ユリエル様……そのような……」


 ああ、エメライン。そんな顔をしなくてもいいんだ。貴女のせいなわけがないだろう?


「エメラインが見せてくれた覚悟と同等のものを、私は貴女へ捧げる」


 これが私の誠意だ。

 揺れる虹色の瞳を見つめながら、私はやんわりと微笑んだ。




挿絵(By みてみん)

猫じゃらし様イラスト【エメライン&ユリエル王太子殿下】

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― 新着の感想 ―
[一言] >幸い弟が四人おりますので、跡継ぎには事欠かないでしょう あれ? もしも居ない場合、でのたとえ話として殿下はそう言ったんじゃなかったのかな?(ぇ そして……桃色魔力の部分からの会話に笑って…
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