19 カトリーナ side
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「入らないから!」
「またそのような駄々を仰るんですか。いつまでも幼子のようでは困ります」
「はあ!? 駄々ってなによ! これは正当な言い分でしょうがっっ!」
表情を取り繕うこともせず、侍従は「はあ」と盛大なため息を吐いた。本当に憎たらしい!!
父親がまた何を企んでいるのか探ってやろうと取り敢えず帰宅した私は、予想通りの顛末に屋敷の前で大いに喚いた。
このいけ好かない侍従、本気でレイフ様に敷居を跨がせないとか、頭のネジ全部ガバガバなんじゃないの!? 最下位の男爵家が上位の子爵様を門前払いとかありえないから! しかも外で立って待ってろなんて言うのよ!? 「勝手についてきたのはあなたでしょう?」なんて、いけしゃあしゃあとよく言えたわね!? 馬鹿なの!? 本気で馬鹿なの!?
「アーミテイジ様は王家が命じた護衛なの! 王家庇護下にある私の護衛! それをたかが下級貴族でしかない男爵家に拒否権なんてあるわけないじゃない!」
「〝聖女様〟としてはそうでしょうが、〝ダニング男爵家のお嬢様〟としては拒否権がございますよ。旦那様は実父なのですから」
「血縁上はね。それ以外は赤の他人も同然でしょ」
「旦那様がお聞きになったら悲しまれますよ」
「はん! あの守銭奴にそんな殊勝な真似できるはすがないじゃない。無理やり手籠めにして捨てた元メイドの娘に、利用価値を見出して引き取っただけのくせに。一欠片でも愛情を持っているなら、攻撃的な正妻と息子を諌めるくらいはするもんでしょ。無関心を貫くなら教会へ帰してほしいんだけど」
「攻撃的とは些か言葉が過ぎますね。奥様は悋気を拗らせていらっしゃるだけですし、若様は姉君に甘えておられるのでしょう」
はあ!?
あれが嫉妬と甘えですって? こいつの目と頭は腐ってんじゃないの!?
母親似の私が目障りだからって、嫉妬心から食事に麻痺毒を仕込むなんて常軌を逸しているし、甘えたくて階段から突き落とすってどこのサイコパスよ!
麻痺毒は量によっては心肺停止に陥ることもあるし、階段も落ち方次第では即死もありえる。母子揃って殺す気満々じゃない! 麻痺毒入りスープは舌先に痺れを感じてすぐに吐き出したし、突き飛ばされた階段ではとっさに手摺りを掴んだから事なきを得たけど、軽傷で済んで本当によかったわ。どちらも失敗したとわかったら舌打ちしたのよ、なんて奴らなの!
あの似た者母子、王家庇護下の聖女が殺されたら、一家揃って処刑されるとは考えてもいないんだろうな。屋敷の外ならまだしも、中で毒殺や転落死なんて疑いの目を向けてくださいって言ってるようなものなのに。私が言うのもなんだけど、浅はかと言うか、小者臭と言うか、マジで頭悪すぎ。
ああもう、害にしかならないダニング男爵家なんて絶えてしまえばいいのに!
「食事に毒を盛ったり階段で突き飛ばしたりするのがあんたの言う家族愛なら、とんでもない異常者の構ってちゃんよね。私には理解できないわ」
「毒に傷害だと? それは聞き捨てならない。このことは王太子殿下に報告させてもらう」
侍従をきつく睨みつけるレイフ様、ステキ。脳内シャッターを押させていただきます。
「お嬢様が大袈裟に仰られているだけですよ。そもそもお嬢様の証言だけで証拠はありませんし」
「証拠などなくとも尋問官の中には嘘を見破る看破スキル持ちがいる。隠蔽工作したところで隠し通せるものではない」
「これは驚いた! 家庭内のちょっとした諍いに国家機関が関わるのですか!?」
「事は聖女に関する事案だ。そこに殺意と傷害の嫌疑があるならこれは立派な刑事事件。国家が刑罰権を発動する理由になる」
さすがレイフ様! これでのらりくらりと躱すことももう出来ないだろうと侍従を見れば、また細い目をさらに糸のように細めて口角を上げていた。
何がおかしいわけ? こいつ、マジで気持ち悪い!
「ほう、なるほどなるほど。それは一大事だ。申し訳ありませんが、わたしは一介の従僕に過ぎませんので、その件に関しましては当家の旦那様と話し合いをなさってください」
いろいろ煽って屁理屈言ってたのはあんたのくせに、今更知らぬ存ぜぬで通せると思ってるわけ!?
というか、まずはレイフ様への不敬を詫なさいよ。生意気な態度を改めて平身低頭しなさいよね。
「まあ、正論だな。ここで使用人と問答しても建設的ではない」
「そのとおりですね! ではアーミテイジ様、応接間へご案内しますね!」
「騎士様までご招待するよう仰せつかってはいないのですが……。わたしは知りませんからね。お嬢様が旦那様に許可を頂いてくださいよ」
「ふんっ、男爵が子爵様を追い返せるものですか」
さっさと用件済ませて孤児院へ戻ろうと心に決めて、悪趣味な骨董品が並ぶエントランスをレイフ様と通過した。
引き攣った笑みを刷いて揉み手でレイフ様を迎えた父親と継母に、私は胸がすっとした。ざまあみろ、と心の中で思いきり舌を突き出すことも忘れない。
私と入れ違いで学園に入った異母弟がこの場にいないことが残念でならないけど、まあ今回は仕方ない。
「し、ししゃっ、子爵様、が、わ、我が家にどのよう、な、ごっ、ご用、ご用向きで、でしょうかっっ」
いや吃り過ぎ。これ絶対なにか企みあって私を呼び戻したっぽいよね。
王太子殿下の目とも言える近衛騎士のレイフ様までくっついて来ちゃったものだから、迂闊なこと言えなくなったってとこかな。あはは、小悪党みたいで本当ウケる。
「毒物混入と傷害、と言えばお分かりになるか」
「ひっ」
「ふむ。夫人は心当たりがありそうだ」
「わっ、わたくしはっ、身にお、覚えっ、身に覚えなどございませんわ!」
「聖女様への殺人未遂罪に傷害罪。看破スキル持ちの尋問官にも知らぬとそう伝えるとよろしい」
「本当に知りませんわ! 冤罪です! その小娘に誑かされておられるのですわ! あの女に似てなんと浅ましい!!」
「不敬罪も追加されたいならばいくらでも喚かれるといいだろう」
「ひぃっっ」
やだ、本当に痛快!
勝手に自滅してくんだけど!
駄目よ、堪えて私。どんなに面白かろうと、によによする口元をしっかり引き締めて耐えるのよ。レイフ様の邪魔だけはしないようにしなきゃ。笑っちゃダメ!
「嫌疑に関しては持ち帰らせてもらおう。本日は聖女様の護衛の任で参った。出迎えに来た使用人の話では、火急の用件とのことだが」
「は、はい! そうです! 家族のことですので、アーミテイジ子爵様にはっ」
「貴家の内事ではあっても聖女様の後見は王家。ダニング男爵家の都合で決められるものなどひとつも存在していないことはお分かりか」
「な、なんのことでしょう」
めっちゃ視線泳いでるし。やっぱり悪巧みしてたのね。
「今後如何なる件であっても必ず私が同行する。聖女様にお話があるならば、それは同席する私にも隠さず話す必要があるということだ」
「そんな!」
「護衛騎士である私は王家の目と耳だ。その私に言えない内容であるなら、それは王家に隠しておきたい案件だという意味になる。愚かな真似はしない方がいい」
「……っっ」
血の気の引いた顔を強張らせた父親の隣で、ヒステリックな継母がフッと意識を手放した。
悪巧みなどくだらない真似はやめておけ、王家に筒抜けだぞ――そう聞こえた脅しは、父親と継母にも正確に伝わったらしい。
こんな時だけど、レイフ様、マジでイケメン! しかも有能で頼りになる。好きにならない理由がない!
レイフ様……大好き!!




