番外編 カトリーナ・ダニングの奮闘 1
大変お待たせ致しました!
とりあえず番外編です。
今回はカトリーナ嬢視点。
彼女にもいろいろと事情があったのです。というお話。
乙女ゲームの世界だと思っていた。
だって私は、世界初のVR版乙女ゲームのオープンβをテストプレイ中だったはずなのだ。バグだってクローズドβの段階よりもかなり修正されていた。だから、いつでもリセット出来るし、セーブした所からやり直せるはずだった。
ところが、はめているはずのVRゴーグルに触れないのだ。というより、現実世界の私の感覚が希薄……ううん。まったくと言っていいほど、ヘッドセットの存在を認識できない。
それだけじゃない。メニュー画面が表示できないし、運営に連絡もできない。どうなっているのか、様々なトラブルがゲーム内で起こっていた。
思い返せば、おかしな現象はあちこちで起きていた。
本来のゲームのスタート地点は、平民から男爵令嬢になったヒロインが、新入生として貴族学園に通い始めるところからだ。
オープニングムービーで、攻略キャラや恋敵の悪役令嬢など主要メンバーが登場し、そんな中、ヒロインが期待と不安を胸に門をくぐるのだ。
プロローグは入学式。新入生代表の王太子ユリエルが壇上に上がり、挨拶を述べる。その時ヒロインと視線が合い、一人だけ平民上がりであることを知るユリエルが、気に掛けていると言わんばかりに微笑む。それを目撃した王太子の婚約者であるエメラインが嫉妬して、それから痛烈な嫌がらせを始めるようになる。
式の後、教室の場所がわからず困っていたヒロインと偶然鉢合わせしたユリエルが声をかけ、案内してもらう道すがら意気投合し、それをきっかけに次第に距離が縮まっていく。
段々とエスカレートするエメラインの嫌がらせが更に二人の仲を深めていき、卒業式である舞踏会で、ユリエルが遂に婚約者エメラインを断罪し、婚約破棄を申し渡すのだ。
断罪されたエメラインは処刑され、ユリエルはヒロインを新たな婚約者として公表し、一年後に結婚式を挙げる。それが王太子ルートのハッピーエンド。
でも、違った。
初っ端から違った。
ユリエルたち攻略対象キャラと共に入学するはずのヒロインは、最終学年の中途半端な時期に編入することになった。
猶予が一年もないなんて聞いてない。ヒロインがヒロインたる所以の、大事なプロセスを担うはずの悪役令嬢が全然動いてくれない。
エメラインやその取り巻き令嬢たちが嫌がらせしてこないってどういうことよ。それどころかまったく関わってこようともしないじゃない。これじゃゲームは始まらないし、全イベント回収の時間もない。
私は焦った。
何とかしてゲームを進めたかった。
だって始まってもいない。そもそもプロローグさえ成立していない。
出だしからバグってるし、表示されないメニュー画面と、連絡しようがない運営に、ただただ不安だけが募っていった。
ストーリーを進めていけば、不具合は回復するかもしれない。とりあえず一人でも攻略できたら現実世界に戻れるかも。そんな何一つ保証のないゴールに淡い期待を抱いて、比較的攻略しやすいメインヒーローの王太子ユリエルを狙うことにした。
ユリエルをクリアすれば、本命の隠し攻略対象キャラを解放できるという打算もあった。
だから、薄々気づいていた決定的なことから、私は目を逸らそうとしていたのだ。
私のキャラ名は、カトリーナ・ダニング。平民だった母を見初めたダニング男爵に、最近引き取られたばかりの庶子だ。
幼い頃に唯一の肉親だった母を亡くし、他に身寄りのない私は孤児院に預けられた。
父だと名乗るダニング男爵に会ったのは、貴族学園に編入する数ヶ月前だった。付け焼き刃で叩き込まれた淑女教育は、半分も身に付いていない。ダニング男爵が今さら何故私を引き取って貴族学園へ送り込んだのか、そんなことにさえ思い至らないほど私の頭はお花畑だった。
――という、設定だ。
まずそこからおかしい。
確かにゲームを始める前に、あらかたの下調べはしていた。攻略対象キャラの性格や生い立ち、イベント、スチルなんてものは頭に叩き込んでおくべきなのは当然だけど、ヒロインのバックボーンもしっかり記憶していた。
だから、ヒロインの過去をいろいろ知っているのは当たり前なのだ。
おかしいのは、それが経験してきた過去として記憶に刷り込まれている点。
知識として記憶しているのではなく、経験として記憶しているということ。
私が経験として覚えているべきスタート地点は、ゲームのスタート地点のはずだ。つまり、プロローグの入学式がスタート地点でなければならない。
それが成立していない時点ですでに物語は破綻しており、私はログアウトできるはずだった。
滑り出しからすべてがおかしい。
そして決定的だったのが、現実世界の私の名前を思い出せないことだった。
家族は?
友人は?
年齢は?
職業は?
それとも学生?
何一つ思い出せない。
ここが乙女ゲームの世界だと知っているのに、ゲームをテストプレイしているはずの私のことが全く思い出せない。そんなのおかしい。




