特別回 if:鈴音のクリスマスの願い事。
クリスマスということで、特別回です。ifストーリーとしてお楽しみいただけますと幸いです。たぶん、1週間くらいしたら消します。
※2人が不仲になった少し後、中学3年生の時の鈴音目線のエピソードです。
『朝ですよーっ!』
わたしは、目覚まし時計を消した。
昨日、蛍と長電話してたから、喉が痛いし眠い……。
ドサッ。
もぞもぞとベッドから這い出るつもりが、ベッドから落ちてしまった。
「クリスマスなのに。最悪」
わたしは壁に耳をつけた。
しばらく聞き耳をたてたが、物音一つしない。
「アイツ、いないのかな」
今日は中学3年の12月24日。
中学生最後のクリスマスなのに、あいつは居ないらしい。
「おはよ。ママ」
階段を降りると、ママが朝食の準備をしてくれていた。
トーストとコーンスープ。
パンの芳ばしい匂いを嗅いでいると、優雅な気分になる。
ママがサラダを持ってきてくれた。
「鈴音。今夜はクリスマスイヴなのに寝坊助ねぇ。昨日、友達と遅くまで話してたんでしょ? 声が少し変よ。あ、そうそう。今日はママはパパとデートだから、1人で夕ごはん食べてね」
ってことは、今夜は悠真と2人か。
「アイツは? いるんでしょ?」
わたしの質問に、ママはため息をついた。
「こらっ、鈴音。アイツじゃなくて『おにいちゃん』でしょ? 悠真はいないわよ? なんでも友達とアニメ映画を見に行くとかなんとか」
「そうなんだ? ま、わたしには関係ないけど」
友達って、斉藤君かな。
中3にもなってクリスマスイヴに男友達と映画とか、どうかと思う。
アイツ、アニメ好きなのかな。
わたしは詳しくないから。同じアニメを好きになったら、少しは仲良くなれるのかな?
わたしには同い年の兄がいる。
カッコよくて優しいおにいちゃん……のハズだった。でも、アイツは空手の試合で事故があってから、変わってしまった。
すごく後ろ向きで、口数も少なくて。
クラスの女子にも、いつも陰口されるようになった。でも、アイツは反論したりはしない。
前は自慢のおにいちゃんだったのに。
今では恥ずかしいおにいちゃん。
その度に、悔しくて情けなくて。
うまく言葉にできないモヤモヤした気持ちになる。
そして、ある日。
それは起きた。
わたしが「気にすることないよ」って言ったら、悠真に「俺の辛さは、鈴音には分からない」って言われたのだ。
わたしは泣いてしまった。
アイツはしどろもどろになって謝ってきたけれど、わたしは胸の中のモヤモヤがマグマのように溢れ出て、何倍もヒドイ言葉で、アイツを罵ってしまった。
次の日、勇気を出して「おはよう」って話しかけたら、無視された。そして、その日以来、アイツはわたしを避けるようになった。
わたしは心にポッカリと穴が空いてしまって、何をしてもつまらなくて、ご飯も美味しくなくて。
友達の蛍に相談したら、『それは失恋した時の症状』だと言われた。
わたしはようやく自覚した。
——『あぁ。わたしは、悠真を男の子として好きだったのか』
いや、実際にはもっと前から気づいていたのかもしれない。だけれど、わたしとアイツは兄妹で。恋とか絶対に許されないことだから。
蓋をして目を背けていた。
でも、一旦、認めてしまった炎は消せなかった。無視されても、顔を合わせる度に、好きだと自覚してしまう。
そのうち、ジレンマはわたしの中で大きな渦巻きになって、うまくふるまえなくなった。気持ちとは裏腹に、アイツにどんどんキツく当たってしまうようになった。
そして、今日に至る。
クリスマスイヴなのに、アイツはいない。
「はぁ」
わたしは、トーストの最後の一欠片を口に放り込むと、食器を片付けて自分の部屋に戻った。
なんか虚しくて、ベッドに潜っていたら、いつの間にか寝ていた。
子供が遊ぶ声がして起きると、もう15時だった。カーテンを照らす日差しがオレンジになりかけている。
テーブルを見ると、メモとお金が置いてあった。
『ママたちも出かけるから、これで何か食べてね』
この家で、わたしだけひとりぼっち。
すごく悲しくなった。
鏡を見た。酷い顔だ。
これじゃあ、アイツに愛想を尽かされても仕方ないよ。
でも、わたしにだって予定はある。
今日は親友の蛍と、サンタのコスプレをして、クリスマスパーティーをするのだ。
ばっちりメイクをして、気分をあげて。
この日のために準備したサンタのドレスに着替えて。
全身鏡の前で、くるりと回る。
「わたし、すごく似合ってる気がする。メイクで別人級だし。これ、悠真、絶対にわたしって分からないよ」
おしゃれして、パーティーに行くの。
シンデレラみたい。
なんだか楽しい気分になってきた!
鼻歌をうたいながら、蛍からの連絡を待つ。
するとスマホが光った。
『鈴音。今日、ダメになっちゃった。マジでごめん。絶対にこの埋め合わせはするから。今日はナシで』
カラン。
わたしはスマホを落とした。
無理矢理に上げていた気分は崩れ去り、わたしは、お迎えすらない孤独なシンデレラに逆戻りだ。
「シンデレラは毒リンゴ食べるんだっけ。ははっ、あれは、白雪姫か」
(お金ももらったし、コンビニに買い物に行こうかな。メイクも落とさないと)
サンタの衣装を脱ごうとして、鏡の中の自分と目が合った。
せっかく可愛い格好してるのだ。
少しくらい、外に出てみよう。
わたしは、外に出ることにした。
駅前でケーキでも買おうと思ったのだけれど、どこもカップル、カップル、カップル。
すごく惨めな気持ちになってしまった。
「やっぱり、1人で家にいればよかったよ」
わたしは、トボトボと家に向かって歩き出した。
「あれ、ここって」
わたしは足を止めた。
小さな神社。
わたしはここに見覚えがある。
みんなはメリークリスマス。
キリスト教徒でもないくせに、お調子者ばっかり。
今日のわたしは、アンチ•クリスマス派なのだ。
だから、クリスマスなのに神社でお祈りしてやるのだ。神社の神様もきっと今日は暇なハズ。
何かお祈りしたら、叶えてくれるかも知れない。
カランカラン。
わたしは、本殿の前でお賽銭を入れて鐘をならした。
手を合わせて目を瞑る。
お願いは何にしようかな。
あっ、そうだ。
「悠真と他人にしてください。あ、それじゃ本当の他人になっちゃうか。……えと、わたしと悠真を幼馴染に変えてください!」
——リンッ。
鈴の音がした。
「神様かな? まさかね。それにわたしサンタの服だし。こんな時だけお願いとか。都合が良すぎるよね」
帰るか。
わたしは、神社に背を向けた。
すると、どこからか甘い匂いがした。
飴のように甘くて、少しだけ酸味のある匂い。
リンゴ飴の匂い。
「あっ、お祭りの時になくした指輪。もしかしたら、見つかるかも」
なんの根拠もないけれど、そう思った。
わたしは指輪を探してみることにした。
10分程探したけれど、見つからない。
「寒すぎ」
手がかじかんで力が入らない。
手袋をもってくれば良かった。
こんなところで、1人で探し物とか、惨めすぎる。
そう思ったら、涙が出てきた。
「ほんと、最悪なクリスマスなんだけど」
わたしは、サンタの帽子を深く被った。
「あの。探し物ですか?」
不意に声をかけられた。よく知っている声。
顔を上げると、悠真だった。
わたしは、とっさに視線を逸らした。
こんなところで、こんな変な格好で会うとか。
どんな偶然なの? しかも、わたし泣いてるし。
本当に最悪。
「あの、探し物ですか?」
悠真は敬語だった。
え?
悠真、わたしって気づいてないの?
「あ、はい。でも、見つからなくて。もういいんです」
わたしがそう答えると、悠真は微笑んだ。
「そうなんですか。俺もここで探したい物があって寄ったのだけれど、もう暗いし、見つからないか」
どうやら、本当にわたしって気づいてないみたいだ。
「あの、暗いし駅前まで送りますよ」
「え、いや。大丈夫です」
わたしがそう言うと、悠真は笑った。
「君、泣いてるし、大丈夫じゃないでしょ」
ああ、この笑顔だ。
わたしが大好きで、でも、もう、わたしには見せてくれない笑顔。
「あの、やっぱり送って欲しいです」
気づけば、わたしはそう答えていた。
2人で並んで歩く。
「あの、名前を聞いていいですか? 俺は悠真って言います」
知ってるよ?
おにいちゃん。
「わ、わたしは。そう。『りんね』って言います!」
咄嗟に嘘をついてしまった。
「そうなんだ。短い時間だけど、よろしくね」
わたしは、束の間、シンデレラに戻った。
悠真は、ずっと笑顔で。
家で見せる顔と全然違った。
わたしは、ドキドキしっぱなしだった。
——あと少しで駅。
この時間は、もう終わってしまう。
明日からは、また不仲な兄妹に逆戻り。
このままバイバイはイヤだ。
わたしは、跳ね上がる心拍をなだめて、手をのばした。
「あの、手。冷たくて。迷惑じゃなかったら、繋いでくれませんか?」
すると悠真は、少しキョロキョロして。
鼻をかいて、手を握ってくれた。
「俺なんかの手でよければ」
悠真の手はゴツゴツだけど、温かくて。
この幸せな時間がもうすぐ終わってしまうのかと思うと、涙が出そうになった。
駅につくと、悠真は手を離した。
「じゃあ、俺はここで」
「あの。また会えませんか?」
また会ったら、さすがに正体がバレてしまう。でも、気づけばそう言っていた。
悠真は、はにかんで首の裏をかいた。
「ごめん。俺みたいなの、君みたいな可愛い女の子には不釣り合いだし。そろそろ、家に帰らないといけないんだ。妹が1人で留守番してるらしくてさ」
わたしは、のばしかけた手をひっこめた。
「そうですか。変なこと言って、ごめんなさい」
悠真はわたしの頭をポンポンとした。
「何があったか知らないけど、元気出して。メリークリスマス! あ、これ。よかったら使って」
悠真は、リボンがついた袋を渡してくれた。
「あの、これは?」
「大したものじゃないんだ。妹に渡そうと思ったけど、どうせ受けとってくれないし。君が使ってよ。んじゃ!」
そう言うと、悠真は走っていなくなってしまった。
悠真の背中が見えなくなっても、わたしは、しばらくそこから動かなかった。
ふわっと頬に冷たい雫。
「あっ、雪だ」
空を見上げると、白い雪がゆらゆらと降り注いでいた。
もらった袋を開けると、ペンケースだった。
ブタの絵が描かれたペンケース。
「小学生じゃないんだし。こんなの使えないよ。でも、準備してくれてたんだ。ありがと」
わたしは、そう囁いて。
ペンケースをギュッと抱きしめた。




