第57話 山口のお願いごと。
「悠真。例の話、大丈夫?」
「あぁ。昨日の話だろ? 山口が持ってるペンケースだったよな」
「うん。この前、教室で話しかけたんだけど、なんか違う話いっぱいされちゃって。本題に入れなくて……」
そんな訳で、鈴音は山口が持っているペンケースを回収できずにいる。
俺は周囲を見渡した。
山口は基本、教室にいない。
友達が少ないっていうのもあるが、何よりも部活に入り浸りなのだ。
クラスの女子達の中では、写真部の部活から頻繁に「フヒッ」という奇怪な声が聞こえると噂になっている。
鈴音と約束したしな。
「じゃあ、行こうか。あっ、ちょっと待って。朱音にメッセージ送る」
すると、鈴音が眉を吊り上げた。
「連絡先、交換したんだ?」
「交換っていうか、強制的に入れられた」
俺は朱音にメッセージを書くことにした。
『ちょっと用事できたから遅れる。別に先に帰っててもいいから』
送信すると、すぐに朱音から『ずっと待ってる』という返信がきた。『ずっと』っていつまでだろう。なんだか、ちょっと怖い。
鈴音と写真部に向かう。
階段を上っていると、鈴音が手すりをつかんだ。
「足はどう?」
俺の質問に、鈴音は微笑んだ。
「大丈夫。今は部活もしてないし、病院でもらった軟膏を塗っていれば心配ないって言われたよ」
鈴音はそう言って、俺の手を握った。
「よかった。そういえば、さっき朱音が俺のこと好きとか言ってたけれど。あれ、本当?」
「悠真、本気で分かってないの? 子供の頃、あの子、会うたびに悠真に石ころ投げてたじゃない。それだけ気になってるってことだよ」
斬新な解釈だ。
「いや、それ、普通に嫌われてるだけだろ。投石で愛情表現とか、どんだけ拗れてるんだ」
鈴音は笑った。
「たしかに。まぁ、あの子本人も気づいてなさそうだし。でも、どんなキッカケで気づくか分からないし。……浮気はダメだからね?」
「分かった。っと、この部屋が写真部の部室か?」
鈴音は頷いた。
ドアの前に立つ。中の様子を覗こうにも、窓が全て暗幕で塞がれていて何も見えない。
異様な雰囲気だ。
時々、中から「フヒッ」という声が聞こえる。
これ、絶対にヤバいやつだ。
「やっぱ帰る? ペンケース、買ってやるから」
俺がそう言うと鈴音はむくれた。
「それじゃ、悠真を連れてきた意味ないでしょ! それに、あのペンケース、そもそも悠真がくれたやつじゃん」
え?
そうなのか?
たしかに鈴音はあのブタ柄のペンケースを大切にしてたし、そう言われれば、そんな気もするが。
鈴音がドアをノックする。
コンコン。
「すみません。篠宮です。あの、ペンケースを受け取りにきました!」
すると、中からガタガタという音が聞こえて、勢いよくドアが開いた。出てきたのは、山口だった。
「ようこそ、鈴音さん。……チッ。1人じゃないのか」
山口は露骨にイヤそうな顔をした。
これはいよいよ、同伴して良かったらしい。
「ぺ、ペンケース……」
鈴音の口がパクパクした。
「あぁ、もちろん。毎日磨いて大切に保管してあります。それよりも、少し話を聞いてくれませんか?」
「聞いたら、返してくれますか?」
「フヒッ。も、もちろん。僕はそこの三股男と違って、い、一途だから」
山口め。
ぼっちの癖に耳が早い。
鈴音の眉が吊り上がった。
俺が非難されて怒ったか?
鈴音が口を開いた。
(よしっ! 山口にガツンと言ってやれ!)
しかし、思ったのと少し違った。
「……三股なの?! 悠真! ちゃんと答えなさいっ!」
おーい。
俺かいな。
「いや、朱音とはさっき会ったばっかりだし。それよりも山口。鈴音にサッサと返してやれよ」
山口は俺を指差して言った。
「そこっ。部外者は口を出さない!」
ここはまず、話を聞くしかなさそうだ。
「聞くだけなら……」
鈴音がそう答えると、山口は揉み手になった。
「じゃあ、まずは中に入って」
ガラッ。
山口は鈴音が入ると、すぐにドアを閉めようとした。
「おい。ちょっと!」
俺がドアを押さえると、鈴音が言った。
「おにいちゃんも一緒じゃないと、わたしお話を聞きません。ダメなら、もうペンケースいらないです」
「チッ……どうぞ」
山口はジト目で俺を見て、舌打ちした。
部室に入ると、アイドルやアニメキャラのポスターが至る所に貼ってあった。その中には、弓を射る鈴音の写真もあった。
これでは、写真部というより漫研だ。
周りを見渡したが、部室は乱雑で、微かに汗の匂い。
女子が好みそうなものが一切ない。
うちの高校は、『男女共同参画社会の理念』を重視している。そのため、『男だけの部活動』『女だけの部活』は、基本的に認められていない。
(女子部員いなそう。部活として大丈夫なのか?)
俺らに椅子を勧めると、山口は言った。
「どうぞ」
山口は鈴音だけにお菓子を出すと、話を始めた。
(こいつ、なんか俺を目の敵にしてる?)
「まずは、鈴音さんに変な事をしたりしないので、安心して欲しい。僕はファンクラブの会長だし」
『安心して』と言われると、むしろ不安しか感じない。
「それで、お話っていうのは?」
鈴音が質問すると、山口は突然立ち上がった。
そして、土下座をした。
「写真部が存続の危機なんです! 鈴音さん。写真集のモデルになってもらえませんか?」
……は?
コイツは何を言っているんだ?




