第55話 レッテルと再始動。
「おはよ。シスコン男」
俺の肩を叩き、斉藤が向かい合わせに座った。
「うっせ」
「あっ、二股男だったっけ?」
結論から言えば、うちの弓道部はそれなりに強い。だから、意外とあの生中継を見ていた生徒は多く、すぐに拡散された。
鈴音は『お兄ちゃん大好きツンデレ妹』として、特定の層にささったらしく、むしろ、逆に人気が出た。
ブラコンについては、設定とでも思われてるのだろう。本気で後ろ指を刺す奴はいない。
蛍については、俺の存在により、実はポジで男を選ばない、内面重視の子という認定をうけた。
おかげで、くだらないアプローチは激減し、元の印象が悪かったせいで、むしろ評価が上がったようだ。
ほんと、良かった。
ま、そのかわりに俺は『シスコン二股男』というレッテルを貼られた訳だが。
「あのさ、斉藤。噂を精読すると、妹とその親友との二股ということになるんだが、普通の二股よりヤバくないか?」
俺の質問に、斉藤は即答した。
「最低最悪の残りカスだな」
「はぁ」
ため息が止まらない。
その様子を見て、斉藤がニヤニヤした。
「あ、ねーちゃんが、今日の放課後なら道場にいるって言ってたぜ? お前、連絡したんだろ?」
「あぁ。部活の方はどうだ?」
「正直、2年の後半に入部するヤツはレアだけどな。なんせ元インターハイ(インハイ)優勝候補の選手だからな。監督も部員も大歓迎だそうだ」
「いや、めっちゃブランクあるし。本気で期待されても困るんだが」
「3月の大会はさすがに無理か。でも夏のインハイには出れるんだろ?」
「大会に出ないと復帰した意味がないからな。間に合わせるつもり」
「結構、キツイぜ? まずは何するつもりだ?」
「そうだな。まずは、この無駄に伸びてる髪を切ろうかな」
「お前、金あんの?」
「いや、ないけど」
「ねーちゃんに切ってもらえば? マジでうまいから。資格はないけど、メイクもするし。あの人、やたら器用なんだよ」
「いや、悪いだろ。さすがに」
すると、斉藤はスマホをいじった。
数秒で、通知が来る。
「ねーちゃん、OKっていってる」
更紗さんに連絡してたのか。
どんだけ即レスなんだよ。
斉藤は画面を見せてくれた。
文末の俺の名前の前後に♡がたくさんついてる。
「なぁ、そのやたら多い♡。普段からそんなんなの?」
俺の質問に斉藤は両手のひらを上に向けた。
「いや、普段は全く」
「なんかちょっと不安になったんだけど」
「まぁな。俺らより、ねーちゃんの方が強いからな。力で強引にこられたら終わりだ。親友の身の安全を祈るぜ」
やはりコイツは親友らしい。
鈴音と蛍とは、随分と違うんだが。
——昼休み。
今日も鈴音と昼飯だ。
「昨日は、大丈夫だったか?」
「え。なにが?」
隣の部屋だから。
昨日は、ずっと鈴音の泣き声が聞こえていた。
きっと、大会が終わって数日が経って。
結果について実感が湧いたのだと思う。
「いや」
「あ、もしかして。家で何か聞こえた?」
「さぁ。たまに誰かさんの変な声が聞こえてくるくらいで、俺の部屋の薄壁は、365日いつも平和だぜ」
パチンッ。
頭をはたかれた。
鈴音は、耳の先まで真っ赤にしている。
「ばかっ。しねっ! 変態シスコン兄貴っ!」
「シスコンで何が悪い? あ、矢、ありがとうな。部屋に飾ったから。結婚したら新居にもちゃんと持っていくから!」
「それって、わたしの矢がわたしのところに戻ってくるだけじゃん」
「今日の弁当は唐揚げかぁ。いつもながらにうまいっ」
「なんかごまかされたし」
鈴音は自分の髪をいじりながら、口を尖らせた。
大会の後、家で鈴音の左の足首を確認したら腫れていた。みんなに隠れて、練習をしていたみたいだ。
「左足、大丈夫か? 大会の間、痛かっただろ?」
「全然、大丈夫だったし。でも、最後まで力を尽くせて良かった。あのね、大会の日、会場に行く前に、指輪の神社で手を合わせたの」
「そっか」
「だから、お礼というか。あのね、今度、指輪を見つけた神社にお掃除に行きたいんだけど、一緒にきてくれる?」
「もちろん。2人で掃除した方がいいし」
「ありがとう。悠真」
「俺も神様にお礼がしたい」
鈴音が手を握ってきた。
「……大好きだよ」
「毎日言ってくれるね」
鈴音は頬を膨らませた。
「まだ全然、言いたりてない」
「ありがとう」
バタンッ。
塔屋のドアが開いた。
斉藤だ。
息を切らしている。
「篠宮。教室で見たことない女の子が、お前のこと探してるぞ! しかもめっちゃ可愛くて、聖レイピア学園の制服だった。と、とにかく教室に来てくれ」
聖レイピア学園?
日本有数のお嬢様学校。
知り合いは1人しかいない。
俺と鈴音は顔を見合わせた。
「朱音……?」
美岬朱音。
一つ下の女の子。
鈴音が義妹と分かって、連鎖的に血の繋がりがないことが発覚した、俺の従姉妹だ。




