第51話 お節介な司書さん。
部活が早めに終わるとしても、数時間。
その間、蛍と2人か。
気まずい。
「じゃあさ、図書室でも行ってみない? 参考書もあるし」
うちの高校は進学校だ。
そのため、図書室には大学の過去問や参考書類が沢山あって、駅前の書店よりも充実している。
蛍はバッグを肩にかけ直した。
「わかった! ウチ、図書室ってあんまり行った事ないし。たのしみ」
……まじか。
俺の成績、この子より下なんだけど。
なんかへこむ。
図書室につくと、休みということもあり、生徒は誰もいなかった。司書さんと俺たちだけだ。
「ねぇねぇ。これとか、よくない?」
蛍はそう言うと、何冊か参考書を持ってきた。
目を通したが、どれも『理解した気にならせる』だけの本だと思った。
「もっと、地味でもいいから簡単な内容のものから始めた方がいいよ?」
「分かった!」
蛍はそう言うと、ニコニコして、また本棚に戻った。
「彼女さん?」
振り返ると、司書さんだった。
うちの学校は蔵書が多いので、専門の職員さんがいる。年齢は25、6歳くらいの穏やかそうな女性。この人は週に2〜3回くらい勤務しているらしく、よくカウンターにいるのを見かける。
胸元には名札があって『司書 桜坂まどか』と書いてある。
「あ、いえ。違います」
桜坂さんは小声になった。
「ふぅん。君、よく来てくれる子だよね。今日は、他に利用者は来なそうだけれど、お話する時は小声でね」
そうだよな。
いくら誰もいなくても、図書室だし。
「あ、俺がよく来るのは友達がいないだけで。はい、ありがとうございます」
「へぇ。そうなんだ?」
桜坂さんは苦笑いをして、カウンターに戻った。
そこで俺は気づいてしまった。
俺には友達が少ない。
だから、図書室に来ることも多いし、半ば強制的に読書量が多い。
きっと友達が少ないおかげで、俺は現代文が得意なのだ。
そう考えると、素直に喜べない。
俺は椅子に腰掛けた。
紙とインクの良い匂いがする。
静かだ。
少し離れたところで、桜坂さんが書架の整理をしている音だけが聞こえる。
蛍は背中を伸ばして本を選んでいる。
「悠クン。どうしたの? 真面目な顔しちゃって」
しばらくすると、蛍が本をもって戻ってきた。
「あ、いや。改めて、俺って友達少ないなあって思ってた」
「それ、見ればわかるしー!」
蛍は笑った。
「ひでー。リア充は違うね」
「リア充とか言う人、久しぶりに見たし」
なにやら、ケラケラと笑われた。
ひとしきり笑い終えると、蛍は言った。
「でも、ウチだって同じようなもんだよ? 寄ってくるのは軽そうな男ばっかり」
「そうなの? 俺から見るとキラキラしてて、陽キャそのものだよ」
「うち、進学校じゃん? ウチ、浮いてるんだよ」
「よく、男子に声をかけられてるよな」
蛍はクラスメイトによく思われていない。だが、ちらほら男子は寄ってきている。
蛍は俺の耳元に口を近づけた。
「みんな、ウチは簡単にヤレると思ってるだけ。でも、ウチは実際にすぐに……。んっ」
俺は蛍の口を塞いだ。
「そういうの聞きたくない」
「……ごめん」
「あ、いや。怒ったわけじゃないんだよ。俺さ、蛍のこと、良い子だなって思ってるんだ。可愛いし、優しいし。それに友達おもいだし。だから、余りに自己評価が低くムカついたっていうか」
「うん。ごめんなさい」
蛍の声に茶化すトーンはない。
「そういうとこ。素直だし?」
「悠クンこそ。怒ってないっていってムカついてるんじゃん」
俺は鼻頭をかいた。
その様子を見て、蛍は笑った。
「確かに。じゃあさ、問題。『怒っている、と、ムカついている の違いを述べよ』」
蛍は首を傾げた。
「ええっ。同じなんじゃない? えと、ウチ、悠クンのことちょっとムカついてるけど、本田のことは嫌い。鈴音のことは大好き」
「……、ちゃんと問いに答えようね? 『怒ってる』が出てきてないし」
「うーん。ウチ、自分に怒ってる! ちゃんと好きな人のために、初めてを残しておけば良かったって。ウチを必要とされてる気がして、どうでもいいやつにあげちゃった……」
「なんか、例文が生々しいな。そして、さりげなく、俺にムカついてると告白されてるんだが」
「うん。ウチのことフッたから」
蛍は頬を膨らませた。
「ほんと、すいませんでした。シスコンの身の程知らずで……」
すると、桜坂さんが手を止めて話しかけてきた。
「えっ、この子のこと、ふっちゃったの? もったいない。ちゃんと伝えた?」
「何をですか?」
俺が質問すると、桜坂さんは蛍の方を見た。
「1年生の時から、君が図書室にいると、よく覗いてたもんね? ぽーっとした顔して」
「ウ、ウチじゃないし……。違う人だしっ!」
蛍の顔は、途端に真っ赤になった。
本を机に置くと、バタバタと荷物を片付けて、どこかに行ってしまった。
「からかわないでください〜」
俺がクレームを入れると、桜坂さんは微笑んだ。
「ごめん。実はわたしもここの卒業生なんだ。わたしも学生の頃、図書室で好きな人のことを覗いてたの。懐かしくなって、少しだけ応援したくなっちゃった」
……更紗さんと同世代か。
ってことは、桜坂さんは高校の頃の更紗さんのことを知ってるかもな。
少し昔話を聞いてみたいけれど、今は蛍をフォローしないと。
「蛍とはそういうのじゃなくて、友達なんです」
俺がそう言うと、桜坂さんは苦笑いした。
「……余計なことだったか。でも、友達として大切にする道もあるものね。異性の親友は、恋人より貴重だと思う。ほら、はやく追いかけてあげて。本はわたしが戻しとくから」
って、アンタのせいでこんなことになってるんだけど!
俺は心の中のツッコミを飲み込み、本を桜坂さんに渡して、図書室を出た。
すると、入り口のすぐ横に蛍が立っていた。
「なんか、ごめんな」
蛍は普通に戻っていた。
「別にいいし。そろそろ鈴音が終わるみたい。部室にお迎えにいこ?」
「もう、そんな時間か」
異性の親友は貴重……か。
なまじ、可愛くて蛍が良い子だから。
距離感が難しい。
女の子と縁がなかった俺には、実感がないけれど、女の子と親友になるのって、実はすごく難しいことなのかもしれない。
弓道部の部室につくと、鈴音がいた。
鈴音は俺たちに気づくと、手を振ってくれた。
「2人ともお待たせ」
「ウチ、鈴音に会いたかったよぉ。悠真にイジメられたの!」
え。
イジメたのは司書さんじゃ?
すると、鈴音は蛍を抱きしめた。
蛍の頭を撫でると、鈴音は俺を睨んで言った。
「悠真! 蛍をイジメちゃダメでしょ!」
3人だと俺はこういう立ち位置なのね。
でも、この空気感。
実は居心地がいい。




