第49話 通用口ブーメラン。
試験期間後は3日間のテスト休みになった。
鈴音は、その間も部活だ。
毎日、俺は付き添った。
大きな道着入れを持って、家からの道を一緒に歩く。正直、かなり重い。
鈴音はサブバッグを肩に掛けている。開いた口からはブタ柄のペンケースが見えていて、歩くたびに「カチャカチャ」と音がする。
——鈴音は、いつもこれを持ち歩いていたのか。
「鈴音、2年間、頑張ったな」
すると、鈴音は腕を組んだ。
「ふふっ、でしょ? もっと褒めて」
なにやら頭をこっちに向けたので、俺は空いた手で、鈴音を撫でた。数歩、先に行くと振り返り、つま先立ちになって顎を上げた。
「ねっ、毎日、キスしてくれたら怪我、すぐに治ると思うんだけど……」
そう言って、鈴音は口をすぼめた。
「むきゅっ」
俺は右手で鈴音の頬を挟んだ。
「な、なにすんだよぉ」
鈴音は不満そうだ。
「お前さ、毎日、部室の前でそれやるのやめようか」
そうなのだ。
送っていくと、毎日、部室の前でキスをせがまれる。
こいつ、絶対に回数制限のこと忘れてる。
でも、断られても少し嬉しそうにしている。
不思議だ。
「なんでさ。普通は逆でしょ。男の子がおねだりして、女の子が断るんでしょ? だから、悠真からおねだりして!」
鈴音はとても不満らしい。
今日は正門は閉まっているので、通用口から入る。
すると、サッカーのユニフォームを着た生徒が、制服の女の子を壁に押し付けてキスをしていた。
「うっわー。学校でああいうことするとか、信じられない」
鈴音は俺の顔をみて、そう言った。
正直、『お前が言うな』と言ってやりたい。
「やっぱ、サッカー部ってモテるんだね」
俺の言葉に鈴音は頬を膨らませた。
「悠真は絶対にサッカー部に入っちゃダメだからね!」
すると、夢中でキスしていた生徒が顔を上げた。こっちに振り向くと、本田だった。
本田は、俺を見て、ゆっくりと鈴音を見て。
口を拭うと、女の子を置いていなくなってしまった。
「最低。ほら、やっぱそうなんじゃん」
本田の背中を見ながら、鈴音はそう言った。
「そうって?」
「わたしに告白してきたけど、偽物ってこと」
告白騒ぎの時にカフェで繰り広げられた、あの謎の『妹を愛せるかテスト』のことか。
あんなの合格できるやつの方が問題だと思うが。
鈴音は俺の手を握ってきた。
「もし、わたしが実妹だったとします」
「うん」
「悠真の気持ちは変わる?」
「……今更、変えられるハズないじゃん。きっと、好きなままだよ」
「……え?」
鈴音は口を押さえた。
「え? あっ、やべっ」
まだ、言うつもりなかったのに。
「ふーん」
鈴音はニヤニヤした。
「あの、今の忘れて欲しいんだけど」
「えっ、嘘だったの?」
鈴音は目を押さえた。でも、口は綻んでいる。
「いや、まだそのタイミングじゃないっていうか」
卒業してから伝えるべきことだ。
「じゃあ、こっちにきて」
鈴音は、さっき本田がいた木陰の方に俺の手を引いた。
「ちょっと」
サブバッグが、鈴音の肩からずり落ちた。
「これ邪魔」
鈴音はサブバッグを地面に置いた。
ドンッ。
壁に俺を押し付けると、抱きついてきた。
背伸びして顔を近づけてくる。
「……悠真のこと大好き。朱音が来ても、好きにならない? わたし心配なの」
鈴音の瞳は潤んでいる。
息が白くなっている。
「え、だって。鈴音、全然気にしてなさそうだったじゃん」
「それはそうだよ。きっと事情があってウチに来るのに、歓迎してあげないと可哀想じゃん。わたしが変なやきもちやいて、居心地悪くさせたらイヤだし」
鈴音……やっぱ、優しいな。
顔には出してなかったけど、本当は従姉妹のことを気にしていたらしい。
「そんなわけないだろ。鈴音だけだよ」
俺は鈴音を抱きしめた。
俺の腕に合わせて、鈴音の鎖骨があがる。
柑橘系のいい匂い。
冷えた空気のせいだろうか、いつもよりクリアに感じる。
「うん。だから、言い間違いでも、さっきすっごく嬉しかったの」
美岬 朱音。
鈴音の従姉妹。
「相手は従姉妹だろ? そんなわけないじゃん」
俺の言葉に鈴音は頬をふくらませた。
「実妹でもいける宣言の人が言っても、信用できないんですけれど」
「心配ないって、まじで」
「朱音、すっごく可愛くなってるのに? この前、写真送られてきて、わたしビックリしちゃったよ」
「え、どれどれ? 俺にも写真みせてよ」
鈴音は口を尖らせた。
「興味津々じゃん。……悠真からキスして。じゃないと許さない」
眉を吊り上げている。
鈴音はこんなに至近距離でみても、まったく粗が見つけられない。本当に整った顔だ。
……怒らせちゃったし、仕方ないか。
俺は鈴音の両肩を持って、目を閉じた。
すると、壁の向こうから。
「こういうとこでキスしてる人とか。僕は本気で軽蔑するね。最低だよ。君たちがすべきは勉学だ、と言ってやりたい」
男子生徒の声だ。
(なんだか鈴音と同じようなこと言ってるヤツだな)
「ホントですよね。部長のお気に入りの子はどうなんですか?」
きっと部活できた生徒だ。
談笑しながら、そのまま通用口から入ってきた。
「んっ。お気に入りって、鈴音クンのこと? 鈴音クンは清楚だからね。絶対にそんな品のないことはしないよ?」
部長さんはそう答えた。
壁ドンの体勢の鈴音と俺(ドンされてる側)。
気まずい思いで、声の方をみた。
声の主は、山口 健斗だった。
自称、鈴音ファンクラブ会長にして、写真部の部長の山口。
どうしよ……めっちゃ、気まずいんだけど。




