第43話 半拍の信頼。
「悠真。後でお部屋に遊びに行っていい?」
翌日の夜、鈴音の来訪に備えて、俺は部屋の片付けをした。消臭スプレーもして、ベッドも整えて。
そして、部屋の壁をコンコンとする。
すると、向こうからはトントントンと返事がきた。
名目は昨日の話をするため。
でも、この落ち着かなさは何なんだろう。
初めて好きな子を部屋に招く時って、こんな感じなのだろうか。
ドアがノックされて、返事をする前に勝手に鈴音が入ってきた。
「こんばんわぁ。今夜のご飯は何でしたかぁ?」
なにやらレトロ感が半端ないのだが、気のせいだろうか。
スンスン。
鈴音は頬を膨らませた。
「悠真の匂いがしない。つまらない」
そうだ。
うちの妹は、愛すべき変態さんだったのだ。
鈴音はベッドに座ると、自分の部屋のように自分の横をポンポンと叩いた。
「一応、昨日の話なんだけど」
俺が切り出すと、鈴音は答えた。
「蛍から聞いたよ。わたしも、明日、蛍と会うんだ。猫カフェ行くの」
なにやら、2人の仲直りは既定路線らしい。
「うん。公園で会って、友達になるルールを決めたよ」
「そうなんだ? わたしも悠真と蛍が友達になってくれること自体は嬉しいよ?」
「うん。鈴音に隠し事しないって決めた」
「ふぅん。じゃあさ、この前の採点は変わった?」
どうだろう。
蛍との友情度は上がったからな。
「鈴音が100点なら、99点くらい?」
「おい! 上がってるじゃないか」
鈴音は笑いながら眉を吊り上げた。
「冗談だよ。断トツの満点は鈴音だけだし」
「ほんとかなぁ〜? なにやらゴロツキから蛍を助けたらしいし? ってか、早く座りなよ」
ギシ……。
鈴音の横に座るとベッドが軋んだ。
沈んだ分だけ、鈴音が寄ってきて肩が触れた。
鈴音と目が合う。
「悠真。好きだよ」
「ありがとう。どれくらい?」
「世界一」
俺も。
——俺は喉まで出かかっていた言葉を飲み込んだ。
「あの、胸、当たってる……」
「いや?」
「別に」
「ね、悠真。わたし、最近、好きな曲があるんだ」
鈴音は棚から『俺の』ワイヤレスイヤホンを手に取った。
「はい。片方はおにいちゃんの分」
鈴音は片方のイヤホンを俺に渡すと、おもむろにスマホを取り出し、再生する。すると、『俺の』イヤホンに繋がった。
「俺のイヤホンから聴こえてるし……おい、勝手に設定いじったな?」
鈴音は微笑んだ。
「だって、アンタが何を聴いてるか知りたいし。ちょっと試しに設定してみたことがあって」
イヤホンから音楽が流れてくる。
鈴音は目を閉じると、曲に合わせて口ずさみ始めた。
「きみのこと、愛してる♪ 揺れる想いは切なくて。だから、ずっと手放せない♪」
穏やかなテンポの曲だ。
やがて、俺と鈴音の心拍が追いついた。
曲が終わると、鈴音は俺の顔をのぞきこんで、小声で言った。
「この曲ね。今、上映中の映画の主題歌なの。良かったら、あの、あのね。この映画、今度一緒に観に行ってくれない……かな?」
風呂あがりの石鹸の香り。上気した肌が、ほのかに赤みを帯びている。心臓の音が聞こえそうだ。
鈴音の喉が小さく動いた。
「……お返事は?」
俺は鈴音の頭を撫でた。
「もちろん、いいけど。どんな映画なの?」
鈴音は少し目を細めると、口の端を緩めて俺の左腕に抱きついてきた。
「んーっ。夢を諦めた主人公が、また頑張る話」
「なにそれ。熱血じゃん」
「いえてるーっ」
イヤホンの件とかツッコミどころは満載だけど、この時間が心地いいから。
「まぁ、いいか」




