第41話 プライドの条件。
「条件って?」
「それはね……。っていうか、その前になんか食べ行かない?」
「えっ」
蛍はシャツの胸元を握った。
「ウチ、フラれたんだよ? ちょっとまだ辛いし。ちょっとくらい付き合えよ」
連れて行かれたのは駅近のファーストフード店だった。蛍は、まるで何もなかったかのようにガツガツ食べている。
ポテトを頬張りながら言った。
「んでさ、2人はいつからそういう関係だったわけ?」
「夏休みくらいかな。鈴音が家出してさ」
「そっか、あの時ね。もしかして、ウチ、タイミング間違えちゃった? 夏前に告白してたら、うまく行ったのかな」
ああ。なるほど。
これは、蛍が納得するための儀式だ。
実際、タイミングが違ったらどうだろう。
話してみて思ったが、蛍は根本は真面目で、信頼できる。
だから、きっと。
もっと早く告白してくれてたら……。
俺は咳払いした。
「ごめん、それはないかな。ずっと前から、心の中には鈴音がいた」
鈴音に告白された日を思い出した。
俺は自分が嫌われてると思っていた。
あの日まで、俺と鈴音は普通の兄妹ですらなかった。
蛍はポテトを一本つまんだ。
「……そっか。どうせ無理だったかぁ。ウチ、男の子に自分から告白するの初めてだったからさ」
「え。まじ?」
「ウチ、空白の不安を、すぐに安心で埋めちゃう癖があるの。……都合よく、じゃなくて、ちゃんと向き合ってくれる人が欲しかった」
「そっか、ますますゴメン」
蛍は身を乗り出した。
「そんなことない。篠宮は、ちゃんとウチをフッたじゃん。信用できると思った」
「へたれなだけだよ」
俺は口の端がベタついてぬぐった。
すると、指先にケチャップがついた。
蛍が目をこすりながら笑った。
「篠宮、口にケチャップつけてるし。あのさ、篠宮。ウチの見た目、苦手?」
蛍は小麦色の肌をしている。
肩下までおろした金髪も、カラコンで少し明るめな瞳の色も。きっと頑張って選んでくれたプリーツスカートも、胸元がひらいたシャツも。
……整った顔立ちと良く似合っている。
「そんなことない」
蛍のポテトが空になった。
手を止めると、顔を上げた。
蛍の目が潤んでいる。
「ウチね、本当に篠宮を好きなの。付き合ってもらえませんか?」
俺は天井を見上げた。
カラン。
蛍光灯のノイズにまぎれて、紙コップの氷がひとつ泣いた。
俺は首を横に振った。
「見た目で断ったわけじゃないんだ。だから、ごめん」
みぞおちのあたりがモヤモヤする。
前に何かで、相手を叩くと自分も痛いと言ってたけれど。あれ、本当みたいだ。
でも、ここで放り出すのは、きっと違う。
重い空気になると思ったが違った。
蛍は笑うと、ドリンクを吸いあげた。
「そかそか。ウチ、さっきちゃんと伝えてなかったから。これでスッキリしたよ。ありがと」
「いや、なんかゴメン」
……んっ。
蛍の視線で、俺は自分が左の耳たぶに触れていることに気づいた。
(鈴音の癖がうつったか)
蛍はポテトの先を俺に向けた。
「すぐにゴメンって言うのは、篠宮の悪いくせだよ?」
「ゴメ……」
「ほーら。言ったそばからじゃん」
2人で笑った。
笑いが収まると、蛍は言葉を続けた。
「あのね。さっき話した条件。ウチ、明日、鈴音と話すつもり。でも、その結果にかかわらず守って欲しいな」
これだけ傷つけたのだ。
俺にできることだったら。
「わかった。なに?」
「ウチと友達……親友になって」
え。そんなことなの?
「別にいいけど」
「良かった! ウチさ、男の子の親友いないし、マジで嬉しい」
「俺なんかでいいのか?」
「もちろん。親友に求めるのは、顔よりも信頼できること! ……だし?」
蛍は笑った。
「んでね。お友達のルールを作らない?」
「どんなの?」
「えっとね。①嘘をつかない。鈴音には内緒をつくらない。②一線を越えない。ハイタッチまで。夜に個人的な連絡もしない。あ、非常時は例外ね。③ウチは悠真のお姉ちゃんポジ。だから、悠真を叱る権利がある」
いきなり呼び捨てになってる。
さっそくのお姉ちゃんポジか?
「最後の何だよ。……了解。蛍に親友になってもらうのも楽じゃないな」
「あったりまえじゃん。こんな可愛い親友ができるんだよ。それくらい我慢しろっていうの」
「違いない」
「じゃあ、悠真。今日は解散! ほら、コップを手に持って!」
コツン
蛍は紙コップを俺のコップに当てた。
「乾杯?」
「うん。親友成立の乾杯!」
俺たちは席を立つと、紙コップを握りつぶして、ゴミ箱に入れた。
店から出ると、蛍がスマホをいじった。
「これ、いま、鈴音に送ったから」
蛍はそう言うと、スマホの画面を俺に向けた。
『ウチ、恋はやめた。代わりに″2人の親友″をやるから』
手を振って去っていく蛍の背中を見送った。
本音の積み木、か。
たしかに、そうなのかもな。
——どうやら、俺に生涯で2人目の親友ができたらしい。
スマホが光った。
鈴音からのメッセージだ。
『パパ、悠真に聞きたいことがあるみたい』




