第39話 本音の積み木。
おしゃれなカフェ。
更紗さんは、俺の顔を見つめた。
その視線は真剣だ。
「悠真。あなた、本当は蛍ちゃんの気持ちに気づいているでしょう?」
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その日の午前。
「うわぁ。派手にいっちゃいましたね」
俺らは今、モールのシューズショップにいる。
シューズを受け取ってくれたのは、偶然、ピンクリボンを買った時のスタッフさんだ。
「せっかく売ってくれたのに、すみません」
鈴音がしおらしく言った。
我が妹よ。『金払ったんだから、勝手でしょ』みたいな態度よりはすごく良いですぞ。
鈴音の言葉にスタッフさんは微笑んだ。
「裂けるほどの力がかかったってことは、それだけこの子が頑張ったってことですし。きっと、この子も持ち主さんのお役に立てて喜んでます」
「あの、この子、直りますか?」
鈴音は心細そうに聞いた。
「もちろん」
スタッフさんは笑顔で答えると、大きなファイルを広げた。
「えーっと、リペア代はっと……」
リペアって、いくらくらいかかるのだろう。
新品より高いとか普通にありそう。
っていうか、俺の方の靴は激安だったし、壊れたのが俺の靴だったら、確実に新品を買った方が安いと思う。
買った時のレシートを渡すと、スタッフさんは資料をなぞる手を止めた。
「これ、カップル割で購入なさってますね。特典で1ヶ月の保証がついています。無償で新品に交換もできますが……」
鈴音はもう片方の靴をギュッと抱きしめた。
「これが良いんです。この子はわたしを守ってくれたから、修理してください」
「そうですか。わたしとしても、リペアがお勧めです。お預かりにはなりますが、保証内でリペア対応できますよ」
「ありがとうございます」
俺が礼を言うと、スタッフさんは笑顔になった。
シューズを渡してショップから出ると、鈴音が言った。
「悠真。悠真のプレゼントがわたしを守ってくれたみたい。もし、普通のスニーカーで行ってたら、骨折してたかも」
たしかに、そうなのかもしれない。
俺のプレゼントした靴が鈴音を守ったのなら、すごく嬉しい。
カツン。
鈴音はまだ松葉杖だ。
短距離なら片足で移動できるが、少し大変そうだ。
俺にも何か手伝えることはないのかな。
あっ、良いこと思いついたぞ!
「鈴音、足の爪を切るの手伝ってやるよ」
バシッ。
こいつ、松葉杖で太ももを殴りやがった。
「そ、それって、アンタがわたしの足に触れるってことでしょ? この変態っ。うさにゃんより何百倍もはずかしいし!」
鈴音は眉をつりあげている。
「うさにゃんって何?」
「わたしをかわいがってにゃん、のこと」
鈴音は腰に手を当てて言った。
……ウサは1ミリも出てこないのだが。
「ああっ!」
鈴音は声を上げた。
「どうした?」
「この前、ツインテールにするの忘れた……。斉藤くんに絶対に忘れるなって言われたのに」
「いや、忘れていいよ」
普段と違う髪型(しかも、絶対に似合う)で責められてたら、負けてたかも知れないし。
「むっ、わたしは似合わないってこと?」
鈴音は足を止めた。
俺の中の危険察知レーダーが、警報を鳴らしている。ここは、話題を変えるべきだ。
「いや、……そういえば、蛍とはどうして喧嘩しちゃったの?」
「言いたくない」
鈴音は小声で答えた。
困ったな。
俺は首筋をかいた。
「お前も仲直りしたいんだろ? だったら原因くらい把握したいんだが」
「あんたのせい」
小声だが、語気が強い。
「それって、どういう?」
「言える訳ないじゃん。バカ」
鈴音は口を尖らせた。
パンッ。
手を叩く音がして誰かに声をかけられた。
「あっ、悠真。うっわー。鈴音ちゃんの方は痛そう。2人とも、こんなところで何してるの?」
目の前にいたのは、更紗さんだった。
「更紗ちゃん! シューズの修理です」
鈴音が答えた。なにやら嬉しそうだ。
さっきまで口を尖らせていたくせに。
更紗さんは、ライムグリーンのミニバッグを身体の前で持ち直して言った。
「用事が終わったのなら、ランチ一緒にどう? おすすめのお店があるの」
「ええっ。いいんですかぁ? 悠真、いこっ」
こいつ、ほんと更紗さんのこと好きだよな。
俺たちは、ランチに行くことになった。
ショッピングモールを出ると、更紗さんはタクシーをつかまえた。
「お店、そんなに遠いんですか?」
俺が聞くと、更紗さんは笑った。
甘くて胸の奥をくすぐる、大人の香りがする。
「歩いて数分だけど、怪我してるレディを連れ回せないでしょ?」
なんだかカリスマホストみたいな台詞だな。
あぁ。そうだ。
この人、空手で現役の頃はめっちゃモテてたんだった。
タクシーの後部座席に、3人で並んで座る。俺は少しシートが硬い真ん中の席だ。
右腕と左腕に2人の胸が当たっている。
「悠真、更紗ちゃんの方に近い気がする……」
鈴音が右からグイグイと身体を押し付けてくると、それをみた更紗さんは、左腕に手を絡めてきた。
更紗さんは、手を繋ぐような素振りをみせつつ、鈴音に見せつけるように、俺の手の甲をツンツンとした。
(この人、絶対に面白がってるし)
まじで居心地が悪い。
すると案の定、鈴音は俺を睨みつけた。
更紗さんは、軽く髪をかきあげて、余裕のある笑みをした。
グリッ。
俺は一瞬、呼吸が止まった。
みぞおちの辺りに鈴音の左肘が入った。
(更紗さん。ウチの妹、ほんと単純なんだから、それ以上は刺激しないでください……)
「鈴音ちゃんは、本当に悠真のことが好きなのね」
更紗さんは笑った。
連れて行ってもらったのは、おしゃれなベーカリーだった。併設されたカフェの店内には、炒った小麦の甘く香ばしい匂いが満ちていた。
塩味のクロワッサンが人気らしく、3人ともサラダとハムとクロワッサンがワンプレートになっているランチセットをオーダーした。
「更紗さんは、この後、お店に戻るんですか?」
俺が質問すると、更紗さんはため息混じりに答えた。
「いや、この後は翔太を締めに……いや、弟に用事があって実家に戻る予定なのよ」
斉藤は、また何かやらかしたのか。
友よ、骨は拾うぞ。
更紗さんは俺ら2人を交互にみると、テーブルに両肘をついた。
「んで、2人は何に悩んでるの?」
すると、鈴音は更紗さんに耳打ちした。
俺には聞かれたくない話らしい。
更紗さんは、ため息をついた。
「ふーん。それはそれは。鈴音ちゃんは大変ね。まぁ、悠真は鈍感だから」
どうやら大局においてダメなのは、俺の方らしい。
「わたし、どうしたら良いか分からなくて」
鈴音は俯いてしまった。
更紗さんは、鈴音の手を握った。
「鈴音ちゃんに必要なのは、自分……いや、貴女の好きな人と、蛍ちゃんだっけ? 親友を信じることかな」
「それってどういう」
俺が言いかけると、更紗さんは人差し指で俺の口を塞いだ。
「あとね。信頼って積み木なの。土台になれるのは『本当』だけ。嘘の上には本当をおいても、崩れてしまう。ま、嘘つきなわたしが言うのも変だけれど」
更紗さんは舌をぺろっと出した。
「あ、ちょっとトイレ」
鈴音はそう言うと松葉杖に手を伸ばした。
「手伝おうか?」
俺が手を差し出すと、鈴音に睨まれた。
「トイレまで付いてくるな! この変態兄貴!」
鈴音がトイレにいくのを見届けると、更紗さんは真っ直ぐに俺の目を見た。
「悠真。あなた、本当は蛍ちゃんの気持ちに気づいているでしょう?」
——交換とリペア。
手放すのか結び直すのか。
俺はその選択を突きつけられることになる。
夜のはじまりの公園。
蛍はベンチから立ち上がると、俺の前でスカートの汚れをはたいた。
「篠宮。ウチ、鈴音と仲直りしたいから言わないといけないんだ。あのね、アンタのことが気になってる……」




