第37話 『あいしてる』は二段目に。
「あのさ、話があるんだけど」
学校でトイレに行こうとすると、廊下で思わぬ人に話しかけられた。
北条 蛍だ。
金髪の美少女。派手で顔が良い。
『派手=軽い』
クラスの男共は、そんなラベルを一方的に貼り付け、いつも面白おかしく話している。俺はそういうのが1番嫌いだ。
まぁ、俺自身もよくネタにされているんだが。
さっきも、女子がヒソヒソと話をしていて、笑い話の切れ目に俺の名前が出ていた。
どうでもいいが、やっぱ滅入る。
だが、蛍はそういう輪にはいない。興味もないようだ。
今、そんな蛍が、俺の前で返事を待っている。
「なに?」
俺が答えると、蛍は一つに結んだ後ろ髪を揺らした。
「あ、あのさ。ここでの話、鈴音には言わないで。ウチ、マジで鈴音には嫌われたくないし」
「どういうこと?」
「ウチ、鈴音と斉藤がデートしてるの見かけちゃってさ」
蛍が後ろで手を組むと、シャツの胸元が緩んだ。石鹸のような清潔感がある香りが漂ってくる。
「いや、それはないだろ」
「でも、実際に2人でニコニコして買い物してたし。で、アンタ、斉藤と仲がいいだろ? 斉藤がどんなやつか教えてよ」
なるほど。
鈴音のことを心配してるのか。
「斉藤は、そうだな。アホだけど良いやつだよ。たまにキモイけどな」
「あー、それ、ウチも思う! 斉藤、たまにウチのこと見てるしキモい」
蛍は笑顔になった。健康的な小麦色の肌に白い歯が映える。
いつもツンケンしてるけれど、ちゃんと笑えるじゃん。
「それは、蛍が綺麗だから、気になるんじゃないのか?」
まあ、実際に舐め回すように見ていたのだろう。想像がつきすぎる。
「綺麗……、男にそんなこと言われたことないから分かんねーよ。あ、あとさ」
普通に美人なのにな。
自覚がないのか。
「何?」
「あのさ、この前、ウチの噂してる男子に、注意してくれただろ? その、ありがとう……これ! 中のは食べていいから!」
そう言うと、蛍は俺の胸に紙袋を押し付けて、どこかに行ってしまった。
注意というか、単にそういうのが好きじゃないだけなんだが。わざわざ、礼を言いたかったのか?
「律儀なやつ。やっぱ、蛍って普通の子じゃん」
それにしても、斉藤と鈴音が?
まさか……な?
あっ、そういえば。
俺は紙袋を開けてみた。
「……え?」
——昼休み。
今日は鈴音は部活の用事があるとかで、部室に行っている。
「よお。篠宮と昼飯食うの久しぶりだな」
「あぁ。わりいな、付き合ってもらって」
俺は後ろに椅子を回して、斉藤の机に昼飯を置いた。
今日も鈴音の作ってくれたお弁当だ。
俺はクラスのヤツらに背中を向けて、そっと弁当箱をあけた。
……ほっ
良かった。普通ののり弁だ。
どでかいハートとか描かれてない。
俺が蛍に会ったことを話すと、斉藤は右の人差し指を額につけて、無駄に鋭い目つきになって言った。
「その話の流れだと、ぜってー、北条のやつ、何か食いもんくれたんだろ?」
「それがな」
俺は紙袋を開けた。
「なにそれ、写真集と……アップルパイ?」
「あぁ。どうも鈴音に借りた物を返却したかったらしい」
「ククク……それって、ただのパシリじゃね?」
「だよなー。このパイ、ホントに食っても構わないよな?」
俺はアップルパイを取り出して、机に置いた。
「うわ。めっちゃ高そう。本人が言ってるんだから、いいんじゃね? あ、そうか」
斉藤はカツサンドを頬張った。
俺も弁当を一口食べた。
(おっ。今日の唐揚げ、うまい)
斉藤はアップルパイを凝視している。
「なに?」
「それ、小さいけど切ってないだろ? 鈴音姫に渡す前に食った方が良いやつだ」
「どうして?」
「前に、円周率で“終わりのない愛”って企画、ねーちゃんの店にあってさ。……ま、考えすぎかもな」
「っていうか、鈴音のやつ、食い物の執着強いんだよ。勝手に食ったのバレたらキレるかも」
「なら、証拠隠滅で完全犯罪狙おうぜ」
斉藤は豪快に笑った。
「じゃあ、弁当食べちゃうから、ちょっと待って」
俺が弁当を食べていると、斉藤の顔色が変わった。
「篠宮。海苔の2段目に『あいしてる』って書いてあるぞ?」
見てみると、明太子で文字が書いてあった。一緒に食べれない分のサプライズか?
俺は2段目のご飯をかっ込んだ。
すると、斉藤はニヤニヤした。
「篠宮。頼むから寿退学は辞めてくれよ?」
「まじで、そういうフラグ立てないで」
2人で笑った。
さっき蛍に聞いたことを確認してみるか。
「そういえばさ、お前、鈴音と買い物いったの?」
「ん、あ、まあな。詳しくは鈴音姫から聞いてくれ」
なんだよ。
歯切れが悪いな。
放課後、鈴音の病院に付き添った。
鈴音は骨折はしていなかったが、しばらくは安静にするように言われている。
帰り道、2人で並んで歩く。
鈴音は松葉杖だ。
「カバン、貸せよ」
俺は鈴音のカバンを持った。
「ありがとう。悠真はいつも優しいね。……あのさ、蛍から何か言われた?」
「あぁ、なんか韓流アイドルの写真集を渡されたぜ? 蛍に俺をパシリに使うなって言っておいてくれよ」
俺はカバンの口をあけて、紙袋の端を見せた。すると、鈴音は松葉杖を脇に挟んで、頬をかいた。
「うん。あのさ、わたし、蛍と喧嘩しちゃったんだ」
なるほど。
それで蛍は荷物を直接に渡さなかったのか。
「でも、珍しいじゃん。どうしたの?」
「蛍が男を作れってうるさくて。まあ、わたしが悠真とのことを内緒にしてるのが悪いんだけど」
きっと、鈴音のことを心配しているのだろう。
「ふーん。早く仲直りできるといいな。もう、うちらのこと話したら?」
「いや、今更、それも難しいっていうか」
鈴音は俯いた。
なんだか話したくなさそうだ。
話題を変えるか。
「あ、そういえば、斉藤と買い物行ったんだって?」
「あ、うん。たまたま会ったんだ。わたしが松葉杖でいたら、荷物を持ってくれて。斉藤くんって、優しいよね。キモイけど」
哀れ、斉藤。
鈴音と蛍のお前への評価が、キモイという点で同じだ。
「たしかに。ちょっと心配しちゃったよ」
「あっ、もしかして嫉いた?」
「まぁ、ちょっとだけ。気になって気になって仕方ないくらいにな」
「ふーん。それって、めっちゃ嫉妬してるし!」
何やら鈴音は嬉しそうだ。
「なんだよ、ニマニマしやがって」
「ううん。わたし、ずーっと悠真だけだから安心して。あ、カバン貸して」
俺はカバンを渡した。
「おにいちゃんが、嫉妬に狂うと困るから、渡しとくね。これ」
鈴音は箱を渡してくれた。
「誕生日おめでとう。わたしの誕生日までは、悠真の方が年上。ほんとのお兄ちゃんだね」
「あ。今日、11月11日か」
「うん。ほんとはね。去年の分も準備したかったんだけど、足がこんなんだから自由に買い物にいけなくて」
「いや、いいって。これ、開けていいか?」
箱を開けると、レザーのブレスレットだった。
「守り紐、わたしが使っちゃったから」
鈴音は、胸元の青い星に触れた。
「すげー嬉しいよ。ありがとう。あぁ、ピアスも修理しないとな」
「わたしこの紐がいい。えっと、これなら学校でもつけていられるし」
「別に構わんけど」
「やった。ありがと!」
鈴音はすごく嬉しそうだ。
「ブレスレットつけてみていいか?」
黒いレザーのブレスレットで、留め金にシルバーがあしらわれている。
鈴音は笑顔になった。
「すごく似合ってる! あと、ちょっといい?」
鈴音が小声になったので、顔を近づけた。
カラン。
松葉杖が地面に倒れた。
次の瞬間、首の後ろに手を回されグッと引き寄せられた。鈴音の髪が俺の頬にかかる。
吐息のミントが混じる。
チュッ。
唇に鈴音の唇が押し付けられていた。
「えっ」
「これ、去年の分のプレゼント。悠真、大好きだよ。悠真はわたしだけのなの」
「え、だって」
「……これじゃ、足りない?」
俺は首を横に振った。
数歩先にいくと、振り向いて言った。
「お誕生日のキスは、ノーカンだから!」
鈴音の後ろには、オレンジの空が広がっていた。
あぁ、今日はこんなに綺麗な夕焼け空だったのか。
——その日の夜。
部屋のドアがノックされた。
「まだ渡してないプレゼントがあるの」
鈴音の声だった。




