第28話 妹が自分の好みに寄せてくる。
鈴音にちょんちょんと肩を叩かれた。
「ねぇ、ねぇ。これにしようよ」
今日、俺はひとつ学んだ。
それは、もの選びにおいて、たとえ特にこだわりがなくても、おいそれと「何でも良い」と答えてはいけないということだ。
今、俺はシューズショップにいる。
先ほどのアクセサリーショップとはうって変わって、原色基調のポップな店内だ。
スタッフさんに聞いたら、軽登山であれば、トレッキングシューズがいいだろう、とのことだった。
そして、俺らは靴を選んでいるわけだが、鈴音が指差す靴には、ピンク地に大きなピンクのリボンがついているのだ。しかも、普通のスニーカーと見紛うほど、スタイリッシュで軽い。
つまり。
『妹が自分の好みに寄せてくる』
俺に特別なこだわりがあるわけではない。
だが、ピンクにリボンはイヤだ。
鈴音は「色を変えたらいいじゃん」とか言っている。でも、緑に黄色リボンもイヤだ。
「いやぁ、それはちょっと」
俺がやんわり拒否すると、鈴音はほっぺを膨らませた。
「仕方ないじゃん。男の子っぽいのがないんだし。いいもん。悠真の分は、どうせわたしが買うんだし」
そうだった。
本件における最終的な決定権は、俺にはないのだ。
仕返しに鈴音の靴も変なのにしたいところだけど、使ってくれなかったら嫌だし。悔しいが、相手の好みのものにせざるを得ない。
これが世にいう、マウントというものだろうか?
色恋は、昔から好きになった方が負けという。だから聞いてみることにした。
「鈴音。俺とお前の気持ち、どっちが大きいと思う?」
鈴音は即答した。
「わたしに決まってるし。だって、悠真、ちゃんとお気持ち伝えてくれたことないじゃん」
なにその「お」。
ちょっと可愛いんだけど。
「ゔっ。それを言われると」
しまった。墓穴を掘った。
俺はだな。ただ突き進むのではなく、兄貴として、こうしてちゃんと段階を経てだな。
すると、鈴音が俺の顎に触れた。
「どうせ、鈴音のために俺が抑えないと、とか思ってるんでしょ?」
(図星だ)
鈴音が手を握ってきた。
「でもね、キスは、おにいちゃんからしてくれた……よ?」
鈴音はそう言って体をくねらせている。
(コロコロと呼び方を変えやがって)
俺は照れくさい気持ちを押さえつけた。
「さっきのは、俺がしたかったんだから仕方ないだろ」
鈴音は口に手を当てて、あたふたした。
「べ、べつに嬉しくなんか、ちょっとしかないんだからねっ!」
(だからどっちなんだよ)
鈴音はジト目になった。
「ふぅん。まっ、もし『魔がさした』とか言ったら蹴飛ばそうと思ったけど、それならいいか」
(思いっきり言おうとしてたぜ。あぶなかった)
鈴音は俺のことを見つめてきた。
瞳がうるうるしている。
「とにかくっ、悠真とお揃いのがいいの。わたしもピンクにするから」
(いや、あなたは元々、ピンクを欲しがってましたし。そのままなのでは?)
はぁ。
俺は兄貴だしな。譲るか。
「わーったよ。2人とも鈴音の好みのでいいよ」
「やった♡」
鈴音がピンクのシューズを抱えると、スタッフさんが話しかけてきた。
「お客様。そちらはレディース専用のコーナーでして、メンズのものはあちらに」
スタッフさんが店内の一角を指差した。
そちらを見ると、ダークトーンの靴が多く、トレッキングシューズもありそうだった。
(良かった。リボンにならずに済みそうだ)
すると、鈴音は言った。
「この人は、このピンクのリボンで良いんです!」
(いや、全然よくないから)
「すみません。そちらのシューズですと、生憎、サイズの方が……」
スタッフさんは、申し訳なさそうに言った。
「そうですか。わかりました」
鈴音は諦めたみたいだ。
メンズコーナーで探し始めると、鈴音が目を輝かせて靴を持ってきた。
「悠真。またお揃いの見つけたの!」
見てみると、その靴は黒色で黒のリボンが付いている。
いや、確かにお揃いではあるけれど。
「これ、リボンついてるけど。本当にメンズなの?」
「そうだよ? 最近は男の子も可愛いの好きだし。それにこれはリボンじゃなくて靴紐」
鈴音はそう言いながら靴を抱きしめた。
確かによく見るとリボンじゃなくて、リボン風の幅広の靴紐だ。
(同じメーカーだし、あくまでペアデザインってことなのか?)
だが、正直、紐でもリボンでも大して変わらん。俺的にはトレッキングというと、無骨で重そうでカッコいいイメージなのだ。
でも、この靴はとても軽い。
「へぇ。レディースとあまり差が分からないな。これならスニーカーでも良くないか?」
俺の言葉に、鈴音は頬を膨らませた。
「違うよ。メンズだからサイズ大きいのまであるし。試しに履いてみて?」
鈴音に促されて履いてみることにした。
すると、足を通した瞬間に違いが分かった。すごくホールド感があって、ソールもしっかりしている。これなら、地面がぬかるんでも、転んだりはしなさそうだ。
(この靴、フェミニンな外見に似合わず、本格派だ)
「なんか、すごいね」
「でしょ?」
鈴音は、黒とピンクの靴を並べた。
チラッと値札を見ると、すごく安かった。
元々はそこそこのお値段なのだが、黒はピンクの半額以下になっている。
要は、黒は売れないのだろう。
理由は言わずもがなである。
まぁ、でも。
ピンク×ピンクリボンよりは良い。
それに、この靴を買うのは鈴音だからな。
安い方がいい。
俺が頷くと、鈴音はピョンピョンと跳ねた。
「やったぁ。お揃いだぁ」
その様子を見ていたら、これが正解なのだろうと思った。
レジに行くと、先に3組ほど並んでいた。
「割引券もあるし、お得な買い物しちゃったね!」
鈴音はそう言うと、肩を俺にくっつけた。
「そうだな」
「ところで、悠真、最近、頑張ってるよね?」
「何が?」
「勉強とかさ。朝も走ってるでしょ?」
鈴音はニヤリとした。
「ま、まぁな」
最近、俺は筋トレや朝ランニングをしている。
鈴音が知らないうちに鍛えたかったのだけれど、こういう時、身近すぎるのは不便だ。
「それって、わたしのため?」
「まぁな」
それは嘘ではない。
鈴音と一緒にいるために、今のうちに何かを始めたかった。
必要になったときに「これから頑張ります」は、きっと通用しない。
それが何なのか、まだ俺には分からない。
でも、勉強や運動は、その時にきっと役に立つはずだ。
鈴音は靴を片手で抱えると、手を握ってきた。
「すごく嬉しい。悠真がわたしを大切に思ってくれてるのが、いっぱい伝わってくるし」
俺は照れ臭くなってしまって、鼻をかいた。
鈴音が言葉を続けた。
「でも、たくさんお金使っちゃったね」
「あぁ。小遣い2ヶ月分だもんな。しばらく昼は菓子パンと水で過ごすか」
「昼は毎日お弁当作ってあげるから、心配ご無用です♡」
「まじ助かるわ」
「1食、200円ね?」
「えっ、金とるの?」
「どうしよっかな。毎日、頭をなでなでしてくれるなら、無料にしてあげよう」
「分かった。朝昼晩なでるよ」
鈴音は早速、俺の方に頭を向けたので、軽く撫でてあげた。
「……ありがとう。じゃあ、今夜からさっそくお願いね。ところでさ」
「なに?」
鈴音は口元に左の人差し指をあてて、首を傾げた。薬指には指輪が輝いている。
「靴は、お小遣い1ヶ月分だよ? あ、わたしが買うのは割引でさらに下がってるけれど」
「……え?」
前に何かのドラマで、『雰囲気が悪くなるから、社内でお互いの給料を教え合うのは良くない』と言っていたけれど。
すごく納得した。
どうやらこの法則は、篠宮家の内部にも適用されるらしい。
俺たちの順番になった。
スタッフさんが「『カップル割』はどうしますか?」と聞いてくれた。
どうやら、この店にもカップル割があるらしい。
鈴音は俺に腕を絡めて宣言した。
「わたしたち仲良しカップルです!」
「承知しました。少々お待ちください」
スタッフさんが割引の処理をしてくれる。
すると。
「あれっ。篠宮じゃん!」
背後から声をかけられた。
振り返ると斉藤だった。
斉藤の視線は、俺と鈴音の左薬指で止まった。
レジが鳴り、タイミング悪くスタッフさんが言った。
「一応、このカップル割引のアンケートにチェックをお願いします。お二人は交際して、何年目ですか?」
その言葉で斉藤の顔色が変わった。
「なぁ、篠宮。これ、どういう設定なんだ……?」
※※※※悠真からのご挨拶※※※※
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