第26話 妹のカウントワン。
西園寺さんは、俺たちの顔を交互に見た。
「じゃあ、お願いしようかな」
「えっ。カップルの証を見せろとか言わないんですか?」
俺の質問に西園寺さんは笑った。
「そんなことしないよ」
「んで、撮影はいつやるんですか?」
「プロのカメラマンを使うわけじゃないから、いつでもいいんだけど」
西園寺さんはパンッと手を叩いた。
「今日は暇だし、君たちに時間があるようなら、これから撮影しちゃう? 彼女さんもお出かけ着みたいだし」
「いや、急に言われても」
こちらにも、心の準備ってものがある。
西園寺さんはチラッとこっちを見た。
「彼氏くんは……まあ、うん。いつでも大丈夫そうだね」
『お前は何を着ても変わらない』というニュアンスを感じるのだが、気のせいだろうか。
鈴音にも聞いてみるか。
「どうする、鈴音」
鈴音は俺の手を握って何度も頷いた。
どうやら、うちの妹はやる気満々みたいだ。
詐欺ということもなさそうだし。タイミングを逃したら、もうこんな話なさそうだもんな。
「お願いします」
「こちらこそ、よろしくね。じゃあ、今日は閉店ね。みんな、今日は早退デーだよ」
スタッフさんから歓声が上がり、お店のシャッターが閉められた。
「お店、良かったんですか?」
西園寺さんは笑顔で答えた。
「いいのいいの。今日は棚卸しのため臨時休業ってことにしとくから。撮影、ちゃっちゃと終わらせちゃいましょう」
随分と適当なことを言ってるけれど、経営的にいいのだろうか。
スタッフさん数名が手伝ってくれて、西園寺さんの指示のもと撮影が始まった。
「そこ。彼氏くん、もっと彼女ちゃんに寄り添って。ちがう。指輪を見つめて。そうそう」
素人の撮影だから適当でいいと言っていた割には、指示が細かい。
俺は鈴音に寄り添って身をかがめた。
「彼女ちゃんは、彼氏くんのことを見つめて。そうそう。もっと首元に触れるくらいに近づいて」
鈴音が俺の首に顔を近づける。
……スンスン。
鈴音の鼻が微かに動いた。
「お前、嗅ぐなよ」
俺が突っ込むと、鈴音は身体を離した。
落ち着きなく、まばたきをしている。
「べ、べつに嗅ぎたくて嗅いでるわけじゃないんだから」
(ほんと、どこのツンデレわんこだよ)
「じゃあ、無意識なのか?」
鈴音は俺の袖をつかんだ。
「ちがうし。色々なことがあり過ぎて、悠真の匂いを嗅いでいないと不安になっちゃうだけだし」
西園寺さんがパチンと指を鳴らした。
「ほら、そこ。じゃれつかない」
「すいません」
2人で謝った。
「じゃあ、次は……」
鈴音が指輪を手に取って笑顔になる。
その瞳に照明が当たり、それが斜めに流れて消えていく。
花火が消える時を散り菊というらしいが、俺は鈴音を見ていて、その言葉を思い出した。
西園寺さんが手を叩いた。
「はい、これで終わり。2人ともありがとう。すごく助かりました。あっ、彼女さんならいけるかな」
「え、なんですか?」
「お給料が出せるわけじゃないから、もし良かったらなんだけど、彼女ちゃん。ドレス着たくない? あ、そこの君、ちょっとあれを持ってきて」
スタッフさんが持ってきてくれたのは白いドレスだった。
鈴音が前に乗り出した。
「これ、ウェディングドレスぅ!?」
「そう。わたしはドレスのデザインもしていてね、これも撮影用に用意していたの。人を選ぶから、使うのを諦めていたんだけれど、彼女ちゃんならイメージに近いわ。サイズも近いし、大きくてもクリップ留めでいけそうね。彼女ちゃん、これ着てみたくない?」
「着てみたい!」
鈴音はそう言うと、俺の方を見た。
「悠真、いい?」
「うん」
俺も鈴音のドレス姿を見たいと思った。
西園寺さんの話では、もともとはパンフレットのラストにウェディングドレスのシーンがあったらしい。そのシーンだけはプロのモデルに頼むつもりだったので、代役は諦めていたとのことだった。
西園寺さんはメイクもできるらしく、鈴音を連れて奥に入っていった。
その間に、俺とスタッフさんたちは、ショーケースなどに白い布をかけ、店内の一角に撮影用のスペースを作った。
1時間後。
西園寺さんが奥から出てきた。
後に続いて現れた鈴音は、真っ白なドレスを着ていた。片方の肩が出ていて、スカートはレースが幾重にも重なり、巻貝のように回りながら下に落ちていくティアードデザインだ。
顔に掛けたベール越しに、鈴音の顔が見える。いつもより透明感があって、初々しい。
西園寺さんが言った。
「彼女さん可愛いでしょ? このファンデーション、パールパウダーが入ってるの」
鈴音は俺を見上げた。
「どうかな?」
唇が震えている。
「綺麗だよ」
「ありがとう」
鈴音は胸に手を当てた。
その様子を見ていた西園寺さんが、小箱を渡してくれた。
「これを彼女ちゃんにつけてあげて」
小箱を開けると、指輪が2つ入っていた。
指輪は、細いフレームが組み合わさったデザインで、真ん中に小ぶりなダイヤモンドが入っている。
俺が指輪を手にすると、鈴音が左薬指を前に出した。
そっと指輪をはめる。
フレームのそれぞれに光が反射して、それが集まって中央のダイヤに吸い寄せられていく。
「これ、悠真の……」
鈴音はもう片方のリングを持って、手を前に伸ばした。すると、ふわっといつものシャンプーとは違う大人っぽい香りがした。
ウェディングドレス姿の鈴音。
彼女は俺が見てきたものの中で、一番美しい。
手放したくない。
他の男に渡したくない。
ずっとそばにいたい。
チュッ
気づけば、俺は鈴音にキスしていた。
ここ数ヶ月のことが、頭の中に浮かんできては、消える。心の中の寂しさが、鈴音の熱に溶かされていくのを感じた。
「……んっ」
数秒して唇を離すと鈴音は言葉を続けた。
「不意打ちだよ。ずるい。でも、生まれてきて、一番幸せかも」
鈴音の唇は、柔らかくて少しだけ甘かった。
「これもノーカン?」
俺がそう言うと、鈴音と目が合った。
瞳が潤んでいる。
鈴音は頬を赤く染めて、指先を唇に当てた。
「それはちょっと無理があるかな。……カウント1です♡」




