第24話 妹は匂わせたい。※挿絵あり
ガタン
景色が左から右に流れていく。
今、俺は電車に乗っている。
思えば、高校になってから、鈴音は朝練があったし、そもそも不仲だったので、ほとんど一緒に登校したことがない。
でも今は、横には鈴音がいる。
俺が見ていると、鈴音が視線に気づいてこちらに向いた。
「どうしたの?」
「いや、なんかいいなぁと。ほら、あまり一緒に登校したことないじゃん?」
(本当は「あまり」どころか、入学式の時だけだったと思う)
「そう……だね」
鈴音は微笑んだ。
黒い瞳に景色が映り込んでいる。
吸い込まれそう。
※制服姿の鈴音。
「あれ鷺乃谷の子じゃね?」
自分のことかと思って振り返ると、男子高校生が数人で話していた。
視線の先には、2人組の女子高生がいた。
金の刺繍が入ったリボンタイの制服。
見たことのない顔だったが、俺たちと同じ高校の子だ。
「一年生かな? 鷺乃谷って制服が可愛いもんねー。SNSでも人気なんだよ? 知ってた?」
鈴音はそう言うと、バッグからスマホを取り出した。
制服の話は、もちろん知っている。
鈴音のSNSは逐一チェックしているからな。
私立鷺乃谷学園高校、俺らが通う高校だ。
そこそこの進学校ではあるが、制服が可愛いことくらいしか話題にならない普通の学校である。
鈴音はちょんと俺に肩を当てると、言葉を続けた。
「部活の子かな? 日曜なのに大変だよね。あ、それとも文化祭の実行委員とか? もうすぐだもんね。大変だ」
「って、お前だって去年、やってたじゃん」
「へぇ。知ってたんだ? てっきりわたしなんかに興味ないのかと思ってた」
「当然、知ってるさ」
まあ、鈴音が実行委員だったこともSNSで知ったのだが。
鈴音が半眼になった。
「へぇ。わたしのプロフィールページに『悠之介』っていう人が出入りしてるんだけど、誰だろ?」
(やばっ、バレてる?)
「さ、さぁね」
見ただけで履歴が残るとは知らなかった。
「まぁ、妹のことが気になるってのは分かるんだけどね。シスコン兄だし」
鈴音がスマホの画面をこちらに向けた。
画面には、鈴音が蛍と並んで写っている写真が表示されている。
2人で原宿かどこかでドリンクを飲んでいる写真。そこでの鈴音は、陽キャそのものだった。
「おまえ、こんなん載せて……」
鈴音はニヤニヤした。
「悠之介くんは、見たことあったかな? どう? かわいい?」
「顔出しはあまり良くないぞ? へんなストーカーとかつくかも知れないし」
「ほめてくれないの?」
「可愛いからに決まってるじゃん。やきもちやいちゃうからイヤなんだよ」
「ふにゅ」
鈴音は俯くと、吊り革をギュッと握った。
(なんだ? 鈴音から変な効果音が出たぞ?)
空いた手で鈴音は、俺の左腕をつんつんとつついた。
「もう顔を出すのはやめる……。隣のストーカーさんがダメっていうし」
(あああ。今の俺、嫉妬心丸出しじゃない? ストーカーって俺のことか? 否定はできんけどっ)
なんだか気まずくなってしまって、また沈黙が訪れた。
ガタンゴトン。
景色がゆっくりと流れていく。
そのうち、緑が多くなってきて、大きな畑が見えてきた。
……沈黙も悪くないかも。
あっ、登校の話が中途半端だった。
「さっきの登校の話なんだけど、たまには」
俺がそこまで言うと、鈴音が言葉を被せた。
「また前みたいに一緒にいこっ。部活があるときは難しいけれど、ないときとか」
「でも、ない日ってほぼなくない?」
頭をかきながら、鈴音は笑った。
「まぁ、たしかに。ゆうきゅん? うぅ、やっぱり恥ずいなぁ。これ」
(ここにきて、ゆうきゅん復活!?)
鈴音の視線が痛い。
「そうだね。すぅちゃん」
2人の間に沈黙が訪れた。
お互いに反対の手で吊り革につかまっている。いつもと違う距離感で、列車が揺れるたびに、お互いの指先が微かに触れた。
「なんだか恥ずかしいね」
そう言うと、鈴音はスッと手を繋いできた。指先にネイルの感触があって、いつもの手繋ぎよりも少しだけ緊張した。
だけれど、今の沈黙は心地がいい。
会話がなくても、前とは違う。
********
「ここに来るの久しぶりだねぇ」
鈴音はショッピングモールの入り口のところで、クルクル回った。
「あっ、悠真、一緒に写真撮ろうよ」
鈴音は俺と手を組むと、写真を撮った。
「ちょっと待っててね。……はい、投稿っと」
鈴音はスマホをいじると、俺に画面を見せた。
そこには、さっきの写真が表示されていた。腕を組んでいるのは分かるが、顔は写らないようにうまく調整されている。
「うまいもんだな。でも、いいのか?」
「いいの。匂わせ写真を載せとけば、男の子避けにもなるでしょ?」
「そんなもんかね?」
「そんなもんだよ」
そう言うと鈴音は笑った。
(いつもよりマシな服を着ておいてよかった)
「あっ、悠真。あそこにジュエリーショップあるよ」
「靴が先じゃなくていいのか?」
「いいの。近い方から見てみよう!」
店に入ると、店内はブラウンを基調としたシックなカラーでまとめられており、高そうなアクセサリーが並んでいる。
思ったよりもちゃんとしたお店だ。
ショーケースを見て見ると、婚約指輪や結婚指輪も扱っていて、価格帯が高い。
(ちょっと手が届かないかも)
鈴音は、生まれたてのヒナのような目で指輪を見ている。
「あ、これかわいい」
鈴音が指輪を指差した。
石が小さくて、この中では手ごろそうに見える。
指輪には簡単な説明タグがついていた。
「Pt900 0.3ctダイヤ」
リングの縁には小さな宝石が並んでいる。
価格は……思っていた金額よりも一桁多かった。
どうしよう。いまさら予算オーバーとか言える雰囲気ではなさそうだ。
とりあえず、サイズだけでも測ってもらうか。
俺と鈴音が、ショーケースの前でリング選びをしていると、スタッフさんが声をかけてくれた。
「プレゼントをお探しですか?」
優しげな声のお姉さんだ。
「えっと、そうなんですが、サイズを測ってもらいたいなと。あ、でも、ちょっと予算的に厳しくて。もしかしたら、このお店では買えないかも知れないんですが、いいですか?」
俺はすごく自分勝手なことを言っているよね?
もしかして、怒られるかな。
「ふぅん。高校生かな? このお店の商品は少し高いもんね。隣の女の子は、彼女さん?」
すると、突然、鈴音が手を上げた。
「そうです!」
(あぁ、またこの子は断言しちゃったよ)
「なんかすいません」
すると、お姉さんはクスクスと笑い出した。
「ごめんなさいね。あまりにも初々しくて」
ふわっと香水の香りがして、俺は視線をあげた。すると、切れ長な奥二重が凛々しい、美人なお姉さんだった。
「え、この人……」
鈴音が俺の袖を引っ張った。
ああ。何が言いたいのかは分かる。
目の前にいたのは、神社で斉藤と抱き合っていたお姉さんだった。




