第13話 映画館で2人は。
学校が始まって1週間が経った。
俺たちのことは、内緒のままだ。
そんなある日、鈴音に映画に誘われた。
「家で観ればよくない?」
俺がそう言うと、鈴音は人差し指を俺に向けた。
「放課後に映画館で観るからいいの!」
学校から数駅のところにあるショッピングモールで映画を観ることにした。鈴音は学校に寄って、後から来るらしい。
シアターの入り口で待っていると、カーペットのクリーナーの匂いと、ポップコーンの甘い香りがした。
「待った?」という声が、あちこちから聞こえる。友達同士だったり、カップルだったり。みんな、楽しそうな顔をしている。
喧嘩をしてる人はいない。
俺らもこの中に加わるのかと思うと、なんだか嬉しかった。
「待った? ごめん。大会が近いから、弦の張り替えしないといけなくて」
10分ほど待つと、鈴音がやってきた。
「んや、いいよ」
鈴音は弓道部員だ。
もうすぐ大会が近いらしく、最近は毎日、朝練に行っている。それなのに、夜は勉強も頑張っていて、我が妹ながら偉いと思う。
道着は大荷物になるからと、部室に置いてきてくれたのだ。
「わざわざ悪かったな。道着とか洗濯しなくていいのか?」
「んーっ。来週は替えの道着使うから。せっかくのデートなのに、あんな荷物、イヤだよ」
鈴音はそう言うと、学校指定のスクールバッグを右肩に掛け直した。
すると、持ち手の小さなぬいぐるみやKPOPアイドルのキーホルダーが、ジャラジャラと揺れた。
同い年なのに、完成度が違う。
なんだか、俺とは別の生物みたい。
今週だけで3回もスカウトされてるし。
『可愛いは正義』ってやつ。
現実にここにあった。
俺の視線に気づくと、鈴音が近づいてきた。
「ゆ、ゆ……。はぁ、兄貴、どしたの?」
鈴音は、たまにゆうきゅんと言おうとする。
「いやさ。鈴音って実際、可愛いよな。俺なんかが一緒にいていいのかなって、申し訳なくなる」
鈴音は頬を膨らませた。
「そんなことないし。わたしは、むしろ、子供の頃にアンタと知り合えて、良かったなぁって思ってる。小さな頃の思い出は、わたしが独占できるし……あっ、それ」
「んっ?」
俺は右手首をあげた。
「いつかの守り紐じゃない?」
「あぁ。懐かしいだろ。デートって言われたから、なんとなく巻いてみた」
腕に巻くお守りの紐だ。子供の頃に家族で奈良に行った時に買ったのだが、鈴音は覚えていてくれたらしい。
「やばい。なんかドキドキする」
鈴音はそういうと、手で顔をパタパタとあおいだ。
カウンターの上には、大型モニターがあって、映画名や上映時間のアナウンスがされている。
「映画なんだけど、アレにしない?」
俺が指差したのは、今、話題の劇場版アニメだ。鈴音は普段アニメをみない。でも、女の子にも人気の恋愛アニメだし、俺的には2人の中間をとったつもりだ。
鈴音は、人差し指を唇にあてた。
頬を小さく膨らませたり戻したりしている。
(あれ、悩んでる。他のがいいのかな?)
「うんっ。あれにしよう」
鈴音は俺と同じ方を指差した。
「アニメだけど、いいの? 前に、俺のことアニオタでキモいとか言ってたし」
「うーん。好きな人が観たい物に、そんなこと言うハズないでしょ?」
鈴音は笑顔で俺の手をとった。
過去の俺は、真逆なことを言われたのだが。
この人、記憶喪失?
なんだか、さりげないパラドックスを感じる……。
鈴音は右肩のカバンを左に掛け替えて、横に来ると、俺の左手を握ってきた。一生懸命話してる鈴音の横顔を見ていたら、改めて、可愛いと思った。
今の俺を肯定してくれるのだ。
昔のことなんて、どうでもいいか。
俺は鈴音と指を絡めた。
学校でも家でも自由にできない。
だから、2人きりのここでは、沢山繋ぎたい。
2人の距離が近づくと。
鈴音は俺に寄りかかってきた。
「あのね、アンタに謝らないといけないことあるんだ」
「なに?」
「前に、アンタのことアニオタとか言ってごめん。あの時、アンタ、推しがいるとか言って、絵の女の子に夢中で……」
「うん」
「なんかすごくムカついた。好きな人が他の女の子を見てるのはイヤなの。わたし、もっと可愛くなるから……他の子のこと好きにならないで……」
鈴音は、肩越しに俺を見上げた。瞬きする度に、鈴音の目が潤んできたのが分かった。
「お前以上の子なんて、存在しないから」
(おれ、なんかすごくクサイこと言ってる?)
俺は鈴音の頭をポンポンと叩いた。
「うん……」
鈴音は答えた。
ずっと隣で子供の頃から見てきて、ずっと鈴音が頑張ってるのを見てきて、もし、いつかその隣に他の男が立つとしても。
「……お前のこと、一番分かってるのは俺だから」
すると、鈴音はクスッと笑った。
「わたし、ヤキモチ焼きなんだから。あまり妹のことを口説いちゃダメだよ? ……もっと嫉妬深くなったら困る……、責任とってって思っちゃう」
鈴音は目を拭うと、タタッと駆けた。
「わたし、ポップコーンたべたい。今は、カップル割してるんだって。ねぇ、一緒に買いに行こっ」
「ちょっと待てよ!!」
俺は鈴音を追いかけた。




