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義理の関係だと分かったら、妹がガチの恋愛脳になった。〜妹という仮面を外した時、彼女は最強のヒロインになった  作者: 白井 緒望


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第12話 特別な呼び名。

 学校では兄妹、屋上では恋人の手前。

 

 学校でも家でも、人の視線が気になるから。

 屋上は『ただの2人』になれる時間。


 「ねえ、可愛い呼び方してよ」

  

 ——ただの2人には、特別な呼び方が必要だ。

 



 ********


 昼休みの屋上。



 「「ごちそうさまでした」」


 食べ終わると、鈴音の視線を感じた。

 もしかして、感想が欲しいのかな。


 「うまかったよ。ありがとう」


 「ふーん、別に無理に褒めなくていいんだけど?」


 鈴音は口ではそう言ったが、体を揺すっている。すごく嬉しそうだ。ワンコだったら、絶対に尻尾を猛烈に振ってることだろう。


 「ねっ、どのへんが美味しかった?」  


 鈴音はそう言うと、体をすり寄せてきた。感想は個別具体的にする必要があるらしい。


 準備してもらえただけで嬉しいし、絶賛したいのだけれど。なまじ構成がシンプル(おにぎりとゆで卵とマシュマロ)なだけに、地雷を踏む予感しかしない。


 マシュマロは既製品だし消去法で落とすとして、ここは無難に卵でいっとくか。


 「えと、卵の茹で加減とか?」


 「タマゴはママが茹でました!」

 鈴音はプーっとなった。


 (しまった!)


 俺はコイントスで盛大に外したらしい。さっき鈴音は、おにぎりの形がどうのとか言ってたし。


 あろうことか俺は主役おにぎりをスルーしてしまった。


 ここからでも、おにぎりに舵を切ってみせる!


 でも、このおにぎり(しかも硬派な梅とオカカ)を褒めるのって、どうやるの?


 構成要素が、塩と白米と具しかないじゃん。


 かくなるうえは……。

 

 もう一般論でいいや。  

 内容よりも勢いが大事だと思う。


 「おにぎりも美味かったよ。塩加減とか。それに、米粒が立ってた!」

 俺は、精一杯の褒めトークを駆使した。


 「ふぅーん。米粒が立つのは、炊飯器の褒め文句だけど?」

 鈴音はジト目になった。


 なんだよ、無駄に鋭いな。


 本当はもっと褒めてあげたいし、おにぎりについても深掘りしたい。


 でも、俺はお米マイスターじゃないし、おにぎりのド素人。墓穴を掘る前に、褒めるのは諦めて話をまとめることにした。


 「と、とにかく、また作ってよ。楽しみにしてるから」 


 これは本心だ。

 

 「ふぅん。そんなに楽しみなんだ? ……わかった!!」

 鈴音は笑顔になった。


 (女子、わからねー……)


 ぶっちゃけ笑顔の理由が分からない。物心つく前から一緒にいてもこんな調子なのだ。赤の他人と付き合って結婚するヤツとか、本当に尊敬する。



 「ふぅ」

 鈴音は顎に指を当てると、小さくため息をついた。


 「あのね。わたし、ほんとは学校でもアンタと仲良くしたいんだけど……。兄妹であまりベタベタしてると、変に思われちゃうよね?」


 「たしかに」


 夏休みの間に鈴音と仲良くなった。だが、形式的な関係が変わったわけではない。恋人になった訳でもないし、ましてや夫婦でもない。兄妹のまま。


 ……鈴音の意見は正しい。


 いっそのこと「血縁なし」とカミングアウトしてしまうか?


 いや、急変は毒だ。

 真実でも嘘にされる。


 最悪、歪んだ形で親に届く可能性すらある。


 「そうだな。とりあえずは、みんなの前では、前と同じ感じでいこう」  


 鈴音は頷いた。

 「わかった。わたしも、けいに言うのもやめとく」

 蛍とは、北条 蛍。鈴音の親友で中学からの付き合いだ。


 (俺も斉藤には黙っておくか)


 「親友にも言えないって……なんか寂しいね」  

 鈴音はそう言ったきり、黙ってしまった。




 「景色がいいね」


 鈴音は階段の上で体育座りのようになって、両手でひさしを作った。気持ちよさそうに風上を見つめている。


 また風が通り抜けて、鈴音の亜麻色の髪がなびいた。後ろ髪が持ち上がり、ふわっと柑橘系のシャンプーの香りがした。


 一瞬、肩が当たって汗の薄膜に触れた。


 鈴音は俺の方を向いた。


 「やっぱ、学校で他人行儀は寂しいよ」


 「そうだな」


 「だからせめて、2人の時の呼び方を決めない? ニックネームって仲良しな感じがするし」


 鈴音はそう言って、ピースサインを作った。

 よかった。少しは元気が出たみたいだ。


 「え、じゃあ、呼び方は、鈴音で」

 これなら抵抗感が少ない。

 

 すると、鈴音は頬をふくらませた。

 「それじゃあ、今まで通りだし。もっと可愛いのがいい」

  

 可愛いのって言われてもなあ。

 妹相手にそんなの思いつかんよ。


 「そんなことを言うなら、そっちが先に決めてよ」

 俺がそう言うと、鈴音は指をクルクルと回した。


 「うーん。悠真だから、ゆうきゅん……は?」


 (この人、結構攻めるね)


 なんだか、すさまじくこそばゆい。

 「じゃあ、鈴音は、すーさん?」


 「おじさんっぽいからイヤ」

 鈴音は目を細め、眉間に皺を寄せた。


 「さん」付けは気に入らないらしい。


 「じゃあ、すぅちゃんは?」


 鈴音は頷いた。

 どうやらOKみたいだ。


 「じゃあ、練習してみようか」


 鈴音は、何回か深呼吸をした。

 「ゆ、ゆうきゅん……」 


 なにこれ。

 なんだか心臓がドキドキする。


 俺も言わないと。

 「すぅちゃん……」


 なに、このこそばゆさ。胸の中がムズムズして、無意味に体を揺すりたくなる。


 他のカップルはどうか分からないが、長年の妹に彼女みたいな愛称をつけると、人体というものはこういう反応をするものらしい。


 これはキツイ。


 鈴音を見ると、なにやら口を結んで、冷たいアイスを食べた後のような顔をしている。目を瞑って恥ずかしさに堪えているようだった。


 「あのさ。鈴音」


 「な、な、なに。ゆうきゅん」

 やっぱりこの人、真面目っ子だ。さっきのダメージが抜けきっていないだろうに、きちんとルールを守ってる。


 いやはや。厳しい。

 これでは。罰ゲームと紙一重だ。


 ニックネームごっこの中止を申し出るか?


 すると、鈴音が何やら話し始めた。


 「ゆうきゅん。すき……す……」

 

 わかるぞ、妹よ。

 穴があったら入りたい気分なんだよな? 


 鈴音は足をバタバタさせて叫んだ。

 「やっぱ、むりーっ!!!!」


 「うんうん。やめよう(笑)」


 鈴音はプーっと頬を膨らませた。

 「わたしだけ、名前を2回も多く言っちゃったんだけど。あと、好きも……返して。悠真も言って!!」


 「むりー。俺の心のアルバムに格納済みなんで、返却不可でぇす」


 「返せないなら、代わりのものでもいいよ?」

 鈴音は前からギュッと抱きついてきた。


 スンスン。スンスン。

 スーハー、スーハー……。 

 

 俺の胸の辺りに執拗に顔を押し付けてくる。


 「エヘヘ。やっぱ、めっちゃ安心する匂い。学校で嗅ぐのも良いなぁ。実は前からしてみたかったんだ」


 これ、美少女だから微笑ましい光景だけど。

 男女が逆だったら、相当ヤバいよな。



 しばらくすると鈴音は満足したらしく、笑顔で手を振って階段を降りて行った。


 鈴音、いなくなったよな?

 俺は周囲を見渡した。


 よ、よし。俺も練習だ。

 「す、すぅちゃん。す、す……」


 誰かの視線を感じる。

 振り返ると、階段の入り口で鈴音が見ていた。


 目が合うと鈴音は言った。

 「ちぇっ。続きが聞きたかったなぁ。下に戻ったら言えないけれど……。『ゆうくん』のこと。……大好きだよ」


 どうやらさすがに。

 俺の妹でも、きゅん付けは厳しかったらしい。




 ——ある日、お弁当の下にメモが入っていた。

 メモを見せると、何故か鈴音はそっぽを向いた。


 耳が赤い。


 メモにはこう書いてあった。

 「デートしたい」

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