第6話 メイド姉妹の主となる
「ことの発端は5年前に起こったスタンピードでした」
「スタンピード?」
「この近くにあるダンジョンからモンスターが溢れ出してきたのよ」
しかも運の悪いことにいくつかのダンジョンで同時に起こったみたいだ。
ダンジョンのモンスターは定期的に倒さないと溢れ出てきてしまう。
それは分かってるんだけど。
(でもスタンピードが実際にこの近くで起こったなんて初耳だ)
5年前って言えば俺が11歳の時。
どことなく嫌な予感を抱えつつ、俺はリズの話に耳を傾けた。
「当時ヴォルフ様はダリ領へとお出かけになられていました。その帰り道、運の悪いことにスタンピードに遭遇されてしまったんです」
「けどヴォルフさんは1年前に病が原因で死んでしまったんじゃなかったっけ?」
「ええ。ヴォルフ様はその場では奇跡的に生きのびることができたの。ある人に助けられたのよ」
「ある人?」
「そこでスタンピードを止められたのが……おそらく、アルディン様のお父様かと思われます」
「え……」
「自らの命と引き換えにレネギスへと襲いかかろうとしていたモンスターをすべて倒されたという話です」
その瞬間、時が止まったような感覚を抱く。
父さんが……命と引き換えに?
「ヴォルフ様によれば【SSR滅びの大つぶてはかく語りき】を使ったんじゃないかって話よ」
◇◇
【SSR滅びの大つぶてはかく語りき】
[レア度] ★★★★★★★★★★★★★(13)
[カテゴリ]魔法カード
[タイプ]インスタント
[効果]詠唱者の命と引き換えにすべてを撃ち滅ぼす究極の無属性魔法。なお無詠唱での発動が可能。
◇◇
命と引き換えに大勢のモンスターを倒せるカードなんてそれくらいしかない。
「Sランク冒険者ならSSRカードも扱えるでしょうし。お父様がそのカードを持っていた記憶はある?」
「うん。たしかに持ってたよ」
父さんは『困っている人がいたら絶対に助ける』っていう自分の言葉を必ず守っていた。
だから【SSR滅びの大つぶてはかく語りき】なんてカードをいつも水晶ホルダーに入れてたことを俺は知ってる。
「そう……。やっぱりヴォルフ様を助けてくれたのはあなたのお父様で間違いなさそうね」
「すべてが終わった後、ヴォルフ様はわずかに聞けたみたいです。『息子をどうか頼む』って……。そこでそちらのカードを預かったみたいなんです」
そう言ってリズが宙に浮かぶ【KGヘルメス・トリス・メギストス】に目を向ける。
「お父様のことは残念に思うわ。でも、あなたのお父様が救ったのはヴォルフ様だけじゃないの。もしスタンピードを放置しておけばレネギスは甚大な被害が出たはずよ。あなたのお父様は人知れず大勢の人々を助けたのよ」
もし父さんがその場に居合わせたらきっとそうするに違いない。
そこでハッとする。
レネギスの大勢の人々の中に自分も含まれてるってことに。
(そっか……。父さんが俺を生かしてくれたんだ)
不思議と涙は出てこなかった。
もちろん悲しいって気持ちはある。
だけど。
父さんが最後まで自分の言葉を守って、俺や多くの人たちを助けたって事実がとても誇らしかった。
(やっぱり父さんは俺の中で一番の英雄だよ)
「……大丈夫、アルディン?」
ルーシィが俺を気遣うように覗き込んでくる。
リズも心配そうに見てくれていた。
「正直、話を聞いて驚いたけどさ。納得する部分もあるから。そんな場面に出くわしたら父さんなら絶対にそう行動するだろうって」
「きっと立派なお父様だったのね」
「うん。俺はそんな父さんが憧れなんだ」
俺はしっかりと頷いてみせる。
ここで俺が後ろを向いてしまったらきっと父さんは悲しむ。
(父さんの意志を継げば、俺の心の中で父さんは生き続ける)
それはきっと父さんへの恩返しにもなるはず。
『アルディン。今度はお前が自分の言葉を守っていく番だよ』
天国でそんな風に微笑んでいるような気がした。
「ヴォルフ様は、自分を救ってくれた冒険者の方にずっと感謝していました。でも最後の瞬間。お名前を聞くことはできなかったようです。手元に残された【KGヘルメス・トリス・メギストス】のカードだけが手がかりでした」
「ヴォルフ様は命の恩人が誰なのか、いろいろと探し回っていたわ。でも名前は分からないし、パーティーの仲間もいなかったから。捜索は本当に難航したわ」
「はい。私たちもお手伝いさせていただきましたが、ほとんど手がかりは掴めなくて……」
そうこうしているうちにヴォルフさんは衰弱してしまい、1年前病で亡くなってしまったようだ。
「そうだったんだね」
「これが私たちメイドがヴォルフ様の屋敷と土地の管理を託されていた理由よ」
「もし自分の命を救ってくれた恩人の子息が見つかったら、屋敷と土地の権利を譲って仕えるようにって、私たちはそんな言葉を最後に受け取りました」
「え? そんな話になってるの?」
「ヴォルフ様はどうしてもあなたのお父様の言葉が忘れられなかったようね」
そこで一呼吸置くとルーシィは口を開く。
「私たちは元々孤児だったの。荒野に捨てられていたところをヴォルフ様に救ってもらったから。私たちも私たちでヴォルフ様には恩義があるのよ」
「だから、ヴォルフ様が探されていた御方を見つけることができたら、きちんとお仕えしようって2人でずっとそう決めていたんです」
どうやら2人にとってこれは使命みたいなものらしい。
「それでどうかしら? あなたはヴォルフ様を救った方のご子息だから。ぜひこの屋敷と土地の権利を譲りたいんだけど」
「私たちも精一杯ご奉仕させていただきます♪」
「うーん。急な話だしなぁ……」
俺なんかがこんなでかい屋敷を貰っても本当にいいのかな。
でも。
よくよく考えれば断る理由がないことに気づく。
田舎で家でも借りてのんびり暮らそうって思ってたわけだけどここでの暮らしも悪くないかもしれない。
(それにせっかく父さんが繋いでくれた縁なんだ)
ヴォルフさんは父さんとの約束を果たそうとしてずっと俺のことを探してくれてたわけだし。
ルーシィとリズもそのためにヴォルフさんの財産をこれまで管理してきたわけで。
俺の身勝手な一存でその努力を無駄にするわけにはいかなかった。
「2人は本当にそれでいいの?」
「いいも何も、私たちはこれまでこのために生きてきたわ」
「そうだよね」
さすがにこんな真剣な顔で言われたら断ることはできない。
いろいろと考えた末、俺は彼女たちの提案を受け入れることにした。
「分かった。俺なんかでよければ喜んで引き受けるよ」
「ほんと?」
「やったねお姉ちゃん~♪」
「ええ……。願いがようやく叶ったわ」
ルーシィとリズの瞳には薄っすらと涙が浮かんでいた。
これまで2人がどんな想いで俺を探してくれてたのかが分かって嬉しくなる。
「もし断られたらどうしようって……内心不安だったの。アルディンに受け入れてもらえなきゃ、生きてる意味がないって思ってたから」
「それはさすがに大げさだって」
「いいえ。大げさでもなんでもなく本当なんです。私たちはメイドですから。新しい主様に仕えることができなければ生きていても意味がないんです。すべてアルディン様――いえ、ご主人様と出会うためだったんです」
「だから本当にありがとう。心から感謝するわ」
「うん。そんな風に言ってもらえてこっちも嬉しいよ」
どうやらルーシィとリズの期待に応えることができたみたいだ。
それだけでも話を引き受けた価値はあった。
「このカードはアルディンに渡しておくわね」
宙に浮かんだ【KGヘルメス・トリス・メギストス】を手に取ると、ルーシィはそれを俺に渡してくる。
「いいの?」
「もちろんですよ~。このカードはご子息であるご主人様にお返しするためにこれまで保管してきたんですから」
「そういうことなら遠慮なく受け取っておくよ」
父さんが肌身離さず持ち歩いていたカード。
言わば形見のようなものだ。
きっといつか役に立つ時がくるに違いない。
俺はカードをデッキケースの中に仕舞った。
「それじゃさっそくだけど。屋敷の中を案内しようと思うわ」
「そうしてもらえると助かるよ」
「あっ、それならお姉ちゃん。私がご主人様を案内するよ~。お姉ちゃんは夕食の準備があるでしょ?」
「そうね。じゃお願いしていいかしら」
「うん♪ 任せて~」
リズが笑顔でウインクする。
「ごめんなさいアルディン。私は夕食を用意しなくちゃだから。リズと一緒に見てまわってもらってもいい?」
「オッケー」
「ではご主人様っ! 私がご案内させていただきますね~」
こうして俺はリズと一緒に屋敷の中を見てまわることになった。




