第27話 魔王ヒトシュラ
それから妖精族の女の子を優しく抱きかかえると彼女が目を覚ますのを待った。
(でもどうしてこんなところに妖精族がいるんだろうな)
妖精族はかつてこの地上で栄華を誇っていたとされている種族だ。
けど300年前からぴたりと姿を見せなくなって今ではひっそりと隠れて暮らしているなんて言われてる。
ほとんど見かけることのない非常に珍しい種族なんだけど。
「……ぅ、うっ……」
そこで女の子がゆっくりと目を開けた。
「……あれ、なんで……ボク……こんなところに……」
「これを少し飲むんだ」
「え……君は……?」
魔法ポーチから取り出した皮の水筒を飲ませると、ようやく妖精族の女の子ははっきりと意識を取り戻す。
「そうだっ! ボクはヒトシュラに……」
「ヒトシュラ?」
さっきミラジェネシスもそんな名前を口にしてた気がする。
女の子はキラキラと羽を羽ばたかせて宙に舞い上がった。
「もしかしてドラゴンを倒したのは君?」
「うん。こいつと一緒に倒したんだ」
「その子……えっ、神獣じゃん!? なんでこんなところに神獣がいるのぉ~!?」
「すら?」
「さっきからヒトシュラだの神獣だの、いったい何の話をしてるの?」
「あっ。ごめん! ボクも意識が戻ったばっかで混乱してるみたい……」
「そっか。名前は思い出せる?」
「うん。妖精族のフェイだよ」
俺もスラまると一緒に自己紹介することに。
「アルディンとそれにスラまるね。ちゃんと覚えたよぉ~!」
「すら!」
妖精族の女の子――フェイはそこで姿勢を正すとおほんと口にする。
「実はね。さっきのドラゴンはボクだったんだ」
「はい……?」
「と言っても意識は乗っ取られてたから。実際はボクじゃないんだけど……。簡単な話、呪いによってあのドラゴンに姿を変えられてたんだよ」
「マジ?」
「うん。マジなんだよこれが」
驚いたなぁ。
でもフェイが嘘を言ってるようには見えないし。
「ボクたち妖精族はね。元々中層界で暮らしてる種族なんだよ」
「中層界?」
「中層界ってのは天上界と下界の狭間にある世界のことだよ」
「……な、なんだって?」
どうやらここが下界で、天上界っていう世界が空のずっとずっとずーっと上にあるようだ。
それで妖精族はその中間の世界で暮らしてると……どうやらそういうことらしい。
王立学院じゃ中層界やら天上界やらの存在を学ぶ機会なんてなかったわけで。
ぶっちゃけ、俺はかなり混乱してた。
てかこんな事実知ってる人間が存在するのかも疑問だけど。
「妖精族って地上でひっそりと暮らしてるものだって思ってたよ」
「うん。ボクたち妖精族は下界にも天上界にも行くことができるから。たしかに300年前までは自由に下界に降りたりしてたんだけど……」
そこでフェイは顔を曇らせる。
「ある出来事がきっかけで降りることができなくなったんだよ」
「ある出来事?」
「今から300年前のある日ね。魔王ヒトシュラが突如この世界に降臨したんだ」
「……魔王……?」
これも初めて耳にする名前だ。
「その日ボクは仲のいい友だちと2人でこの世界に遊びに来てたんだよ。でもその時。運の悪いことにたまたまヒトシュラに捕まっちゃって……」
「つまり、そのヒトシュラとかいうヤツに呪いで姿を変えさせられたってわけだ」
「そうっ! さすがアルディン~!」
どうやら妖精族には僅かに神の力が宿っているようで。
ヒトシュラはその力を利用したんだという。
なんかいろいろとつっこみたかったけど深く詮索するのはやめた。
「ヒトシュラはね。ボクたち3人の妖精族を邪悪なドラゴンに変えたんだ。それで下界に住む人たちを襲わせたんだよ」
それが天災級ドラゴン――三竜の正体だったってわけか。
「しかもそれだけじゃなくて。ヒトシュラは『異形の門』っていうモンスターをこの世界に呼び出すゲートを作っちゃったんだ」
「ひょっとしてそれってダンジョンのこと?」
「そうそう! この迷宮もそんな場所なんだよ」
この辺りのことも王立学院では一切教えられなかったな。
これまでモンスターは三竜の力によってこの地上に引き寄せられていたって考えられてきたわけだけど。
それが違ったってわけだ。
(まさか陰で糸を引いていた者がいたなんてね)
「魔王がこの世界に降臨してからそろそろ300年を迎えるんだ。これまでヒトシュラはひっそりとこの地に潜んで力を蓄えてきたんだよ」
「よくそんな長い間表に現れなかったなぁ」
少なくともこれまで『魔王』なんて言葉を口にしてる人を俺は見たことがなかった。
「それも理由があるんだよ。魔王は下界に降り立ってから完全体となるまで数百年って年月が必要って話だから。出たくても表に出て来られなかったのかも」
「なるほど」
「ヒトシュラが完全体となるのも時間の問題だったから。アルディンがボクの呪いを断ち切ってくれてほんと助かっちゃったよ~。あの姿のままだと利用されちゃうところだったし」
「そうだったの?」
「うん。三竜の力がヒトシュラには必要なの。アルディンの活躍はきっと予想外のはずだよ」
なんだかよく分からないけど。
いいことをしたらしいってことだけは理解できた。
「でもまだ根本的な解決はしてないんじゃない?」
「たしかに。魔王を直接倒したわけじゃないからねぇ。もしヒトシュラが完全体になっちゃったら、この世界はあっという間に征服されちゃうと思うし」
「それは困るなぁ」
得体の知れない相手にそんなことされる覚えはない。
「そのヒトシュラってのは今どこにいるんだ?」
「それはボクにも分からないんだよぉ……。ただ氷剣竜であるボクが倒されたって事実はすぐ魔王に伝わると思うから。たぶん相手はアルディンの存在に気づくはずだよ」
「そっか」
「けどヒトシュラはまだ完全体じゃないから。そういう意味だと今がチャンスって言えるのかも」
「ひょっとして残りの二竜――鋼炎竜レッドアイズと超雷竜サンダードラゴンを倒せば、魔王の復活を阻止できるってこと?」
「さすがアルディン。そのとおり! 氷剣竜に変えられたボクを倒したくらいなんだからいけるよ! アルディンになら魔王だってきっと倒せるはずだって♪」
「と言われても」
いきなりスケールのドでかい話をされて正直まだ理解が追いついていない。
(三竜の1体を討伐してほしいってシエラさんにお願いされただけでもかなり驚きだったのに)
今度は世界を征服しようと企む魔王が倒せるはずだなんて言われてしまう。
ただ〈魔素カード〉を換金しにやって来ただけなのに。
まったくエラい一日になっちゃったなぁ。
だけど。
困っている者がいればもちろん放っておけない。
「分かったよ。もし俺で役に立てることがあるならそのために力を使いたい。残りの二竜も俺が倒すよ」
「ってことは……ボクの話信じてくれるの?」
「もちろんさ。むしろ貴重な話が聞けてよかった」
「アルディンってほんと人ができてるよぉ~! 妖精族を代表してお礼を言うねっ♪ そう言ってくれて本当にありがとう」
「すら!」
フェイは羽をキラキラと羽ばたかせて宙でひと回りする。
どうやら感謝の証らしい。
シュピーーン。
「? なんか体が薄れてる気がするけど」
その時。
俺はフェイの体が消えかかっていることに気づく。
「あ……ごめん。そろそろ時間みたい」
「どうしたの?」
「うん。下界で力を使い過ぎちゃったみたい。ボクに残された時間もこれでおしまいみたい」
「待ってろ。また何か作ってやるから」
俺がそう言うもフェイは首を横に振る。
「ううん。その必要はないよ。ボクは報いを受ける時が来たんだよ」
「けど、ヒトシュラによってこれまで操られてたんだろ?」
「どういう経緯にせよボクが人たちに危害を加えたのは事実だから。ボクのことはもういいの。それよりも……さっきの約束はどうかお願い。鋼炎竜と超雷竜に姿を変えられてしまった友だちを救ってほしいんだ。このままヒトシュラに利用されるわけにはいかないんだ」
「その点は安心してくれ。必ず仲間の呪いを解いてやるから」
「ぅぅっ……ありがとアルディン……。その言葉が聞けただけでもボクは嬉しいよぉ……」
「すらぁ……」
消えかかるフェイを見てスラまるも涙目だ。
「神獣を従えるアルディンならきっと、邪悪な野望を打ち砕いて魔王ヒトシュラを倒してくれるって信じてるよ」
フェイは最後にそう言い残すと、消えかかった小さな体で宙へと羽ばたいていく。
「何かの役に立つはずだから。ぜひ使ってね。もし魔王がこの世界から消え去ればまた逢うこともできるはずだから」
「……そっか。分かったよ。二竜を倒して魔王も倒すから。だからその時にまた逢おう」
「ありがと。アルディン……またね」
ぽとん。
フェイは祈りを込めながら1枚のカードをその場に落とすと、すーっと宙へと消えていってしまう。
「すらぁぁぁ~~!」
止める間をなく一瞬のことだった。
しばらくフェイの消えた方に目を向けた後、俺はその場に落ちたカードを拾った。
それは【SSRヘルガイの果実】っていうカードだった。
◇◇
【SSRヘルガイの果実】
[レア度]★★★★★★★★★★★★(12)
[カテゴリ]アイテムカード
[タイプ]インスタント
[効果]対象相手のレベルを一時的に999(臨界値)まで引き上げることができる。
◇◇
それを手にしながら決心する。
(フェイの想いを無駄にするわけにはいかないよね)
それにヒトシュラとかいうヤツの存在も放っておけなかった。
間違いなく人々に脅威を及ぼす存在だからだ。
二竜を討伐したら最後は魔王を倒さないと。
新たな決意を胸に俺とスラまるは激戦のフロアを後にするのだった。




