第1話 パーティー追放
「アルディン。今日をもって君をパーティーから追放することにした」
リーダーであるザネリの声が酒場に響く。
思わず俺は耳を疑った。
「追放? 何かの冗談でしょ?」
「冗談なんかじゃないさ」
俺たちは今日ダンジョンの攻略を終えて酒場に集まっていた。
クエスト帰りは報酬を分けるためにいつもこうして集まっているんだ。
「君はまったく役に立ってなかったからね」
「まったくってほどじゃないと思うけど」
「いーや。正直言ってずっといらないって思ってたんだ」
なんだよ、そんなこと思ってたのかよ。
たしかに俺は普通職で戦闘面じゃ役に立ってなかったのかもしれない。
俺の才能は《鷹の目》ってものでこれは『人よりも少しだけ遠くが見える』っていうだけのハズレ能力だった。
俺がパーティーで担っていたのはこの《鷹の目》を使ってダンジョンに潜むモンスターの位置を知らせること。
あとは外を歩いてる時、空から魔符が落ちてくるのをいち早く発見する役割も担っていた。
冒険者にとってカードの存在は必要不可欠なものだ。
なぜなら、カードを使ってしかモンスターにダメージを与えることができないから。
今から300年前。
天災級ドラゴン3体とともに世界にダンジョンが出現し、そこからモンスターが現れるようになった。
それと時を同じくして空からカードが降ってくるようになる。
カードは地面に落ちてから一定時間経つと消えてしまうから発見するタイミングが重要だったりする。
俺がパーティーで担ってたのはそんな役割だった。
ちなみにこれまでザネリが使ってきたカードは俺がほとんど見つけたものだ。
ぶっちゃけ、それぞれが役割を上手く分担して、連携の取れたいいパーティーだって思っていたくらいなんだ。
(俺を追放するのはいくらなんでもデメリットだと思うけど)
今ここでパーティーをクビになったら、普通職の自分は冒険者を続けられるか分からない。
俺にとっては死活問題だった。
「考え直してくれないか?」
「今さら見苦しいって。アルディンさ」
「けど俺がいなくなったら誰がカードを見つけるんだ?」
カードにはいくつか種類があって中でも〈魔素カード〉の存在は重要だ。
〈魔素カード〉を定期的に使わなくちゃレベルはダウンしてしまうから。
でも。
ザネリは面白おかしそうに笑う。
「どうやら自分の立場が分かってないようだね? カードを見つけるなんて芸当誰でもできることなんだよ。君は人よりちょっと目がいいってだけさ。アルディン、君にモンスターが倒せるのかい?」
「それは……」
普通職の俺には〈武具カード〉や〈魔法カード〉は扱えない。
逆に戦士職であるザネリは〈武具カード〉が使えるからモンスターを楽々と倒すことができた。
「すぐ替えが効く立場だってことが分かってないみたいだ」
「くっ……」
でもやっぱり納得できない。
これまできちんとパーティーに貢献してきたっていう思いが俺にはある。
こんな一方的にクビを告げるなんてあんまりだ。
なおも食い下がった。
「それじゃ〈罠カード〉はどうするの?」
「〈罠カード〉?」
「思い出してくれ。カードのオープンは俺がやってるじゃないか」
空から落ちてくるカードは常に裏面の状態だからそれがどんな効果を持つカードなのかオープンするまで実は分からなかったりする。
中には〈罠カード〉と呼ばれるものも存在してオープンと同時にデメリットがふりかかるなんてこともある。
毒状態になったり、体が麻痺して動けなくなったり、最悪オープンと同時にカードが爆発して死んでしまうなんてこともあるのだ。
俺はそのカードをオープンする役も担っていた。
モンスターが倒せないなら、せめて何かパーティーに貢献したいっていう思いで自ら買って出たっていう経緯がある。
(実際〈罠カード〉を引き当てて辛い目に何度も遭ってきたし)
一応、即死防止対策として【Nシーホースの麟粉】っていうカードは持ってるけど。
◇◇
【Nシーホースの麟粉】
[レア度] ★(1)
[カテゴリ]アイテムカード
[タイプ]永続
[効果]〈罠カード〉による即死トラップを防ぐことができる。ただし所有者は経験値が一切入らなくなるので注意が必要。
◇◇
でもこれは〈罠カード〉による即死を免れる代わりに経験値が一切入らないっていう欠点もあるカードだから未だに俺のレベルは0のままだったりする。
そんな風に泥臭い役割もこなしてたんだ。
だけど、ザネリには感謝の気持ちがまったくなかったみたいで。
「モンスターもろくに倒せないんだからさ。そうするのはむしろ当たり前だって僕は思うけどね」
「当たり前って……。じゃあ今度からは誰がその役割を担うっていうんだ?」
「そんなことを君が心配する必要ないよ。ようやくこれが手に入ったわけだからね」
そう言ってザネリはキラキラと光り輝くカードを掲げてみせる。
それは【HR英雄王の剣】のカードで今日クリアした英知の神殿っていうダンジョンの報酬として冒険者ギルドから貰ったものだった。
◇◇
【HR英雄王の剣】
[レア度] ★★★★★★★★(8)
[カテゴリ]武具カード
[タイプ]永続
[効果]英雄ゴリアテが装備したとされる伝説の剣。攻撃力+5200、守備力+700、敏捷性+1800、運+2100。
◇◇
「領主の息子である僕がクラスメイトのよしみで普通職の君をここまでパーティーに置いていたことだけでも感謝してほしいね」
「たしかに誘ってくれたことは本当に感謝してるよ」
俺たちは全員が1年前に王立学院のクラスメイト同士で組んだパーティーだった。
普通職の俺がこうして冒険者をやれてるのもぜんぶザネリが誘ってくれたおかげだ。
だからこそこんな風にクビを宣告されるのが受け入れられない。
(ダメだ。ザネリは俺の話を聞くつもりはないぞ。こうなったら)
俺はこれまで静観していたもう1人の仲間に声をかけることにした。
「ナタリアはどう思う?」
「私?」
「俺がパーティーからいなくなって本当にいいの?」
個人的にナタリアは俺のよき理解者だって思ってる。
これまで悩みごととかけっこう相談に乗ってもらったし。
彼女は王立学院では一輪の花的存在だった。
ほかの男子同様にナタリアには俺も好意を抱いていた。
だからこうして一緒にパーティーを組むことができて本当に嬉しかったんだ。
(ナタリアならきっと引き止めてくれるはず)
が。
そんな俺の願いはあっさりと崩れ去ることに。
「ごめんね。アルディン君。私もザネリ君と同じ意見かな」
「え、そうなの?」
「この間ザネリ君と2人で話して決めたんだよ。今回のクエストが終わったらアルディン君には抜けてもらおうって」
俺のいないところでそんな話をしてたのかよ。
クソ……。
あんまりじゃないか。
「でもザネリ君の言葉はどれも本当だよ? 私もアルディン君見てるとないなーって思うことが多かったし。ぜんぜん役に立ってなかったでしょ? それで報酬だけは毎回ちゃっかりもらって。それって違うんじゃないかな」
「そんなこと……思ってたの?」
「うん。だいぶ前からずっとね」
べつに報酬だけを貰ってたわけじゃないって言おうとするも。
ショックで言い出す気力も出てこない。
「というわけさ。二対一ってことで君の追放は決定だ」
ザネリが勝ち誇ったようにナタリアの腰に手を回す。
「え、ちょっと……なんで?」
「アルディン。君にはまだ言ってなかったけど僕とナタリアは付き合ってるんだよ」
「うん。私たち恋人同士になったの。だからアルディン君も分かるよね?」
そういうことか。
おかしいと思ってたんだ。
(夜に2人だけで出かけることが多かったのはこういうことだったのか)
なんとなく大切なものを失ってしまったような喪失感があった。
「そっか……。おめでとう……」
そう口にするのが精一杯だった。
(俺がいない方がいろいろと楽しめるってわけか……はぁ)
これ以上は何か言っても無駄だって俺は悟った。
本当は3人でもっといろいろと冒険したかったけど。
自分1人だけがそんなこと思ってても仕方ないよな。
ここは潔く諦めることにする。
「分かったよザネリ。パーティーを抜けるよ。2人とも今までありがとな」
俺は荷物をまとめ始めた。
「アルディン君。この先1人で大丈夫? 家族もいないのにかわいそう。アルディン君の今後が心配だよ」
(口先だけそんなこと言われても全然響かないって)
実際にナタリアはうっすらと笑っていた。
「俺は平気だよ」
「そう? ならいいんだけど」
むしろ俺が抜けてちゃんとカードを見つけられるのかそっちの方が心配だったりする。
もちろん今さらそんなことは言わなかった。
「それじゃ。2人とも元気で」
「うん。私たちアルディン君の分もちゃんと幸せになるから♪」
どうぞお幸せに。
ちょっとだけ皮肉に思いながら酒場を後にしようとしていると。
「待つんだアルディン。君にはまだ出て行ってもらうわけにはいかないんだよ」
「は? そっちから追放って言い出したんじゃないか」
「違うさ。そういう意味じゃない」
ザネリはにやりと口元を釣り上げた。
「君の持ってる【HR英雄王の鎧】をこの場に置いていってもらおうかな」
「なんだって?」
俺はふたたび耳を疑った。
「本気で言ってるのか?」
「僕は冗談が嫌いでね。君もそれは知ってるだろ?」
ギラギラとした眼差しをザネリは向けてくる。
本当に俺からカードを奪おうとしてるんだ。
「君がそのカードを置いていってくれたら、英雄王シリーズの武具が揃うんでね」
「英雄王シリーズ……」
そこでハッとする。
【HR英雄王の剣】【HR英雄王の盾】【HR英雄王の鎧】の三種の武具を装備すると、『罠カード無効』のアビリティが発動することを俺は思い出していた。
(だから俺を追放しても問題ないって……そういうことかよ)
今ザネリの手には【HR英雄王の剣】と【HR英雄王の盾】のカードがあるから、俺から【HR英雄王の鎧】を奪えばすべて揃うことになる。
けど、だからと言って易々と渡すわけにはいかない。
【HR英雄王の鎧】は父さんから譲り受けた大切なカードだから。
◇◇
【HR英雄王の鎧】
[レア度] ★★★★★★★★★(9)
[カテゴリ]武具カード
[タイプ]永続
[効果]英雄ゴリアテが装備したとされる伝説の鎧。攻撃力+500、守備力+6000、敏捷性+900、運+800。
◇◇
「ザネリも知ってるはずじゃないか。このカードは父さんから譲り受けたものだって」
「でも、Fランクの君がそんなカードを持っていても一生使う機会がないだろ? 宝の持ち腐れさ」
Fランクが扱えるカードはNカードまでという決まりがある。
ザネリの言ってることはもっともだけど……。
「それに対してBランクの僕ならそのカードを使うことができるからね」
「だからって」
「アルディン。君だって内心迷惑してるんじゃない? 突然家に帰って来なくなった父親から受け継いだカードなんてもういらないでしょ? どうせ冒険者を続けるのが怖くなって君を置いて逃げたのさ」
「そんなんじゃない。それ以上父さんの悪口を言うなら許さない」
「フン」
そこでザネリは指を鳴らしながらこう続ける。
「まあいいさ。口で言って分からないなら強引に奪い取るまでさ」
一歩後ろに下がると、ザネリは目の前に手をかざしながら口にした。
「スタンバイフェイズ! カード解放!」
ザネリの目の前に輝く長方形の水晶ホルダーが5個横並びで展開される。
それぞれの水晶ホルダーにはカードが入っていて、そのうちの1個に手をかざすと、1枚のカードがキラキラと輝きを放ちながら宙に浮かび上がった。
「アイテムカード発動――【SRサウロマタイの鎖使い】!」
◇◇
【SRサウロマタイの鎖使い】
[レア度] ★★★★★★(6)
[カテゴリ]アイテムカード
[タイプ]永続
[効果]自分よりレベルの低い相手のカードを1枚奪い取ることができる。
◇◇
シュルピーーン!
その瞬間、腰につけた俺のデッキケースから1枚のカードが浮かぶ。
(あっ!)
止める間もなく【HR英雄王の鎧】のカードはあっという間にザネリの手へと渡ってしまった。
「カードを強引に奪うなんて……。仲間にこんなことするとか見損なったぞ!」
酒場にはマスターのほかに冒険者たちが数名いたけど、みんな見て見ないフリをしていた。
ザネリが領主の息子だから看過されているんだ。
「仲間? ははは! 笑えるね。僕が君を仲間だと思ったことは一度もないよ。今だから話すけど、君をパーティーに誘ったのはぜんぶこのためさ。【HR英雄王の鎧】を奪うことが目的だったんだよ! じゃなきゃ君みたいな役立たずのクズとパーティーを組むはずないでしょ?」
「なっ……」
「そもそも王立学院の頃から君が気に入らなかったんだ。ようやくすっきりしたよ。ざまぁないね」
「こんなの……あんまりじゃないか」
「なんとでも言うがいいさ」
ザネリはデッキケースの中に俺から奪ったカードを仕舞い込む。
その隣りではナタリアがおかしそうにクスクスと笑っていた。
こんなヤツらだったなんて……。
「いいかい? 君と僕じゃ最初から住む世界が違うんだよ。これからは普通職らしく惨めな人生を送って一生後悔しながら過ごすんだね。ふははは!」
腕を組んで酒場から出て行く2人の姿を追いかけることもできず。
俺はただその場に呆然と立ち尽くすことしかできなかった。




