89『中の人』
『――でね。私はもう捨てられちゃうの』
「そう、なのか……」
皆が寝ている部屋の外。月明かりに照らされた屋根の上に、俺とモノ(本体)は座っていた。
彼女の身体は俺でも良くわかるほどにボロボロで、自分では力を発揮できないというのも頷ける。
そして全身に組み込まれた機械は特殊な技術と素材でできているため、修理することもできないとか。
壊れた右足からは配線が火花を散らし、身体を覆う装甲も欠けてしまっている
夜空を見上げて自分のことを話すその様子はどこか寂しげである。
「で、造られたってのは……具体的にどういう……」
『私は元々、マスターが造ってくれた機械の身体に、マスターの娘の魂を入れて動かしてる機兵なの。色々あって、今はもう魂と機械がくっついちゃってるんだけどね……』
「じゃあ、魔物っていうより普通に機械なのか」
『でも私は、マスターのおかげで『役目』を持ってるの。だから一応魔物なの』
モノは造られた機械でありながら役目を持っているらしい。
おそらく組み込まれたという少女の魂とマスターとやらの技術によって何らかの力が付与されたのだろう。
というより、さっき見たのは機械的な女性だった。面影は確かに残っているが……
見た目は幼くなって、口調や雰囲気も大分変っている。ユイと似たような感じなのだろうか
女性だったときは体を覆う機械も傷一つなく、身に纏うオーラも無機質だった。
それに比べて今はボロボロで、話し方や雰囲気もどこか柔らかい。
ひょっとしたら、本体は組み込まれた少女の魂が強く影響しているのかもしれない。
『にゃーん』
すると、屋根の上に黒っぽい猫が上がってきた
尻尾が二つに分かれた大きな猫だ。つやのある毛並みが月光を反射して美しい。
真っ赤な瞳がどこか怪しく思えた
『猫ちゃんだ! おいで』
『にゃあぁ』
しかし猫は手を差し伸べたモノではなく、あろうことか俺の方へ擦り寄ってきた。
残念そうに俯くモノの様子を見ると少し申し訳なく思えたが、俺も猫は割と好きだ。
「野良猫、なのかな……よしよし」
『にゃ~……』
猫の背を撫でてやると、猫は二又の尻尾を伸ばして俺の膝の上に乗ってきた。
ふと、猫又という妖怪が頭に浮かんだが、とりあえず普通の猫みたいなので掻き消しておく。
にしてもなんだか人懐こいな……どこかの飼い猫だろうか
何故か猫は俺の膝の上で安心しきっているらしく、そのまま喉をならして寝そべり始めた。
ふと空を見上げると、ぼんやりと屋敷を覆う薄い膜のような物が見えた。
何とも言えないこの感じはおそらく結界。それもかなり強力な物だろう
モノと屋根に上った時には無かったはずだが……
『ん……』
気がつくとモノはうつらうつらと眠そうに頭を揺らしていた。
空を見ているうちに眠くなってしまったのだろうか。機械なのに。
「眠いなら、部屋に戻ろうか」
モノはこっくりと頷いてよろよろと立ち上がり、壊れた足を引きずって屋根から降りた。
ガシャッと少し嫌な音がしたが、元々壊れているので大したダメージではないらしい
俺も膝上の猫を退くように促し、梯子を使って屋根から降りる。
続いて猫も屋根から飛び降り、何故か俺の足に絡みついてくる。懐かれたかな
俺は猫を抱き上げ、屋敷の門の外で放してやった。
「ここの家の猫じゃないだろうし……それじゃあな」
『にゃーん……』
『……もう。杉原君ったら』
~
一方その頃、霊界と人間界と隣接した人ならざる者が住まう場所。魔界の片隅、降魔城では暇を持て余した龍皇とその部下三人がとある試みを企てていた。
魔界でも別格の力を持つ彼らではあるが、特に仕事があるわけではない。
基本的に来客も無く、彼らは強力であるため潰そうと考える者もおらず、魔界は案外平和である。
「――そんなわけで、人間界潰しに行くか」
「それは魔王さまの仕事ですよ」
「向こうのテイマー全員と喧嘩するの? 楽しそう」
「流石に、勝ち目は無いかと……」
「おい橘ァ、お前は伝説の化け猫の『欠片』だろうが。弱気でどうする」
「いえあの……いくら何でも多勢に無勢ですよ。向こうにも強力な魔物は沢山いるんですし」
琥珀のメイド、橘は俯きながら消え入るような声で言う。
しかしその手には巨大な斧が握られており、あまり説得力は無い。
「何だかんだ言いつつ橘ちゃんも殺る気だよねぇ」
「橘さんという名の全自動レーダーがあれば返り討ちに遭うこともないでしょうしね。
分断さえされなければ人間界など易々と潰せると思いますよ? 龍皇さまが動くのであれば」
「ノワールからの連絡も無いしな……人間界は後回しにして、たまには幽霊街にでも顔を出すか」
龍皇は玉座から立ち上がり、禍々しくも立派な翼を広げた。
「ファルシオの野郎……元気にしてるといいんだが」




