88『続・夜の星』
『うー……』
もはやただの毛玉と化した相棒を抱きかかえ、俺は部屋へ向かっていた。
どうしてこんな、愛らしくも恐ろしい姿になってしまったのか……俺には分からない
「なぁ……お前、どうしてこんなことに……」
『……うえぇ……』
……ずっとこの調子である。
随分と幼くなってしまったユイは普段のどこか大人びた性格もどこへやら。
あむあむと俺の手に食いついて来たり、泣きながら擦り付いて来たり……
まるで子犬である。今まで成長したことはあってもさらに幼くなるなんて初めてだ。
『うぅ……ぐす、えぇん』
そして全く泣き止む気配がない。
もふもふと体を揺らして柔らかな手でふにふにした頬を拭っているユイは、まともに見つめると鼻血を吹き出してしまいそうになるほど、愛らしい仕草ばかりしている。
まともに喋ることすらできなくなっているようだし……
「どうしろっていうんだよ……」
俺がやれやれと肩を落としつつ部屋の襖を開け放つと……
「けーいちぃ……」
……見慣れたゴスロリの少女が布団で簀巻きにされていた。
そしてその傍に佇む機械に覆われた美女。その不思議な状況に、俺は呆然と立ち尽くした
「アリス……お前、なんで……」
「早く助けてよぉ……暑くてとろけちゃう」
『……杉原圭一 様ですね。その者は私がお預かりいたしましょう』
機械的な女性は緑色の瞳でじっとユイを見つめ、そっと両手を差し出してきた。
抱かせてくれということなのだろうか。しかし整った顔立ちではあるが表情が読めない。
「えっと……」
『……や』
ユイは俺の腕を抱きしめ、抱っこを拒否。
だがとりあえずアリスを解放してやるために嫌がるユイを布団に降ろし、軽く撫でる。
『……』
「なぁアリス、他の皆は? あとあの女性は……」
「えっと、モノさんって言うんだって。部屋にいた二人は何か……誰か探してくるって」
どうやら、この部屋に皆居たわけでは無いらしい。
そしてモノさんとやらは小さくなったユイに興味津々だ。
毛を逆立てて精一杯威嚇するユイの傍に屈んでそっと手を差し伸べている。
「おうお前ら、そろそろ消灯だぞ……ってほとんどいねぇし」
人数分のジュースを持った藤野先輩も合流し、俺は柔らかい布団に腰を下ろした。
やがてアサギとノワール、スミレ先輩とキャロルも部屋に集まって皆で寝ることになった
何故かアサギは小さくなったユイを見てニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべ、
スミレ先輩に話しかけたら、どことなく嬉しそうに微笑んでくれた。
~
その後消灯時刻を迎え、辺りが真っ暗になってもしばらく喋っていた皆ではあるが……
やがて、それぞれがスヤスヤと寝息を立て始めた。
しかし俺はどうにも眠る気になれなかった。
皆の温もりを感じる部屋の中、気が付くと傍に青緑の瞳が光っていた
「ん……」
『……眠れないの?』
「あ……えっと、君は……?」
どことなく冷たい、それでいて高く透き通った綺麗な声。
声の感じからして……恐らく幼い少女だろう。
少女は俺の傍らに寝ていた小さなユイをそっと抱き上げ、「えへへ」と笑った
「君……もしかして、モノさん……か?」
『――私はモノクロハート。簡単に言うと中の人よ』
~
地を揺るがす轟音と共に、蒼い波動が闇を裂く。
闇色の空に閃光が走り、遠い海の彼方で甲高い爆音が響いた
近海を統べる怪物、リヴァイアサンが放った蒼い波動は、海の彼方を的確に消し飛ばした
『キュアァァァア……』
「わぁ、凄い凄い! これなら大陸だって削れるわ」
海にその身を沈めるディアボロスの上で、ぴょんぴょんとはしゃぐ妖紀。
その様子はまさしく無邪気な少女そのもの。
しかし……
「ふふっ……お姉ちゃん、死んじゃったかなぁ?」
クスクスと微笑んでいた妖紀が、ぴたりと動きを止めた。
その視線の先には、迫りくる巨大な白い影。
水色の瞳がギッと妖紀を睨みつけていた。
「……でぃあぼろ、潜って!」
ディアボロスはバクンと妖紀を口に含み、巨大な体を深い海底に沈めた。
リヴァイアサンも危険を察知し、海底に潜ろうと体を翻したが……
――その美しい身体は、白い何かに攫われ消滅した
輝く海の光はすっと消え失せ、代わりに『大いなる白』が縦横無尽に海中を貫いた
海底が大きく揺れ動き、巨大な刃が海を裂く。
『……!』
深海を駆け抜ける白い波動は、巨大なディアボロスの体をも貫いた。
闇色の液体を吐き出しながらもディアボロスは自らの中枢を守り、弾丸の如く移動を開始する
黒い尾を引きながら海底を移動する『闇』を捉えようと白い刃が海を貫く。
ディアボロスは体や触手を切り落とされながらも迫りくる刃を打ち砕き、深い海底から海上の空へと一気に飛び上がった。
飛び上がった瞬間ディアボロスの視界に映ったのは、海に佇む白い魔神。
黒と白の身体が、赤と青の瞳が、破壊と創造が交差する。
闇色の破壊神は夜空に翼を広げ、姿を消した
その遥か彼方。蒼い波動が削り取ったその場所には、紺色の魔女帽子が砂に塗れていた




