84『女湯』
~脱衣所・女湯~
「や、ちょっとぉ! やめてったら!」
「つるぺたね」
「触るなぁっ!!」
「全く……風呂に入るくらいで騒がないでください。耳障りです」
「そういうアンタだって中々服脱ごうとしないじゃない」
「私はそもそも汚れないんです。風呂に入る必要なんか……」
「ほら皆さん、貸切時間は限られているんですし……喧嘩はやめましょうね」
「……行こ。キャロル」
『……』
藤野家・脱衣所は賑やかであった。
未だ足が甲殻で覆われているアサギも白い肌を露わにし、他の面々もその肢体にタオルを巻いている
大人らしく艶のある暁先生、豊満であるスミレ、貧相なアサギ、幼い体つきのユイとキャロル。
上から下まで揃っている特殊科の面子は、誰がどう見てもやはり華やかである
中々大浴場へ足を運ぼうとしない少女たちに(一部除く)暁先生はやれやれと肩を落とし
「さぁ皆さん……ここまで来たからにはささっと入ってしまいましょうよ」
「先生……何か元気無い」
「どーしたのよセンセー。暗いわよ」
「私は元々体を濡らすのが苦手でして。私もすぐ行きますから」
ほらほら、と急かす暁先生に従い、三人は小競り合いをしつつも大浴場の扉を開け放つ
「何よ、アンタだってつるぺたじゃない」
「貴女には負けますけどね」
「私の方が大きいもん」
「ノワールは黙ってなさいよ」「貴女は黙っていてください」
「……ひどい……」
――三人は大浴場に消え、脱衣所には暁先生が一人残された。
はぁ、と小さくため息をついた暁先生は椅子に腰かけ、紅く染まった瞳でどこかを見つめた。
「全く、藤野君のイタズラには毎年手を焼くんですよねぇ……それより――」
いつの間にか生えた尻尾を指先で弄りながら、暁先生はそっと呟く
「――あの薬に、解毒剤は無かったような……」
♦♦♦♦
濛々と湯気が立ち上る露天風呂。
石造りの温泉のお湯は少し濁っていて、入る者に至福のひと時を与えてくれる。
『……?』
大きなタオルで幼い身体を覆い隠すキャロルは、柱の陰で困惑していた。
見つめる先には薄紫の長い髪。そしてその傍らには黒い仮面が置いてある
「……」
二者の間に、不思議な沈黙が流れる。
洗い場で水を掛け合う少女たちの声も、この二人には届かない。
深い海色の瞳が、じっとキャロルを見つめている
「……おいで」
『……』
キャロルは小さく首を振って柱の陰に身を隠す。
露天風呂に立ち込める湯気が、何者かの姿をぼんやりと映し出していた。
数本の腕と、僅かな風に揺れるマント。蛇のような尻尾も見える。
その正体は誰も知らない。『彼女』の使い魔である
「そっか……」
少女は少し寂しげに呟き、自分の長い髪を見つめた。
それから傍に置いてあった仮面を手に取り……
「…………これで、分かるでしょ……?」
薄紫の髪は輝く金色に変わり、黒い仮面の奥には優しく光る青い瞳。
スミレは呆然としているキャロルをちょいちょいと手招きした
『……』
スミレに抱きかかえられるように、温泉に浸かるキャロル。
熱めのお湯にじわじわと温められ、初めは強張っていたキャロルも徐々に蕩けてゆく。
五分も経つ頃には、顔を隠すのも忘れて幸せそうに眼を細めていた
『♡』
「……ふふっ」
スミレはキャロルの栗色の髪を撫で、ふっと微笑んだ。
そんな和やかな雰囲気に包まれる露天風呂を、淡い桃色の空気が包み込む
お湯の濁りと共に、心まで桃色に染められつつあることを、二人は知らない。
「何だか甘いにおい……効能は何だろうね」
『……♡』
~
もはや氷風呂と呼ぶに相応しい水風呂には、銀の毛並みを持つ狼少女が身を沈めていた。
見違えるように成長したその肢体は、発育の良い女子高生と言ったところである。
「……」
「な、何よ……いきなり成長するなんてずるいわ!」
「綺麗……」
アサギは濡れたアホ毛を歪ませ、桶に汲んだ熱いお湯を手に成長したユイを睨む。
それに対しノワールは淡く虹色に光る水晶のような氷に見惚れている。
ユイは紅色の眼を開き、しなやかな足を組んで二人を冷ややかに見つめた
「……私はそもそも、子供では無いのです。本来の姿はこんなものではありませんよ」
すると水風呂だけでなく、かけ湯の小さな浴槽や床もペキペキと凍り付き始める。
ノワールは「なるほど」とアサギからお湯の入った桶をひったくり、床や浴槽に撒いた。
「ユイちゃんは、冷やせば大人になれるんだね。いいなぁ……」
「……あっ」
ノワールの呟きで何かに気付いたアサギはパッと顔を輝かせた。
「そうよ! 冷やすと成長するなら――」
「―――温めたら……」




