81『日暮れ』
薄暗い炭鉱の最深部。
鉄と土の匂いに彩られたその場所に、ノワールは座り込んでいた。
困惑と畏怖を込めたその視線の先には、鈍く光る正方形。
『自立式兵装制御システム・モノと申します。以後、お見知りおきを……』
無機質な声でモノと名乗った立方体は緑色の光を纏い、土壁に稲妻を走らせる。
そしてカシャカシャと不規則に形を変え、光り輝く七芒星となった。
「あわわ……」
ノワールは怯えたような表情で立方体から距離を取る。
呼び出したのは自分だと分かっていても、ノワールは距離を取らずにはいられなかった
『このような狭苦しい場所にいては気を病んでしまいます。少しばかり広くしましょう』
モノは鋭い金属音と共に輝く『何か』を飛ばし、ノワールは慌ててしゃがみ込む。
目も眩む閃光と、一瞬遅れて響く轟音。
舞い上がる土埃が風に消えたとき、そこは巨大な空洞だった
「ぇ……?」
状況が飲み込めず、ノワールはおろおろと辺りを見渡す。
上下左右数百メートルはあろうかという空洞。その所々に空いた穴から僅かな光が差しこんでいる。
緑色の稲妻を纏うモノは再び形を変え、不規則にくるくると回る正方形になった。
『モノは貴女のモノです。さぁ、ご命令を』
~
「さぁて、どうすっかな」
屋敷の屋根の上、浩二はどこか遠くを見つめていた。
裏山には、陽の光を浴びて黒煙を吹き出す蟲。山に倒れ掛かるその蟲の眼に光は無い。
そして屋敷の庭では、白い少女が主の元へ向かうべくとてとてと歩いている。
少し離れた海岸には、遠目でも分かる禍々しい気配。
浩二はそれぞれを交互に見つめ、それから軽いため息をついた。
「姉貴が帰ってくるまで、俺にできることは無いな」
浩二は屋敷の屋根から飛び降り、スタスタと屋敷の中へ踏み込んでいった
~
……俺は、しばらくの間呆然としていた。
あの写真に写っていたのは、何度見ても間違いなく俺の相棒。ユイだ
でも、あれがユイだとしたら。
手帳に書いてあることが事実だとしたら。
ユイの正体は……
「ただいま帰りました」
「!」
襖が開け放たれ、聞きなれた甘い声が俺の心を抉る。
「ユイ……」
「どうしたのですか。何だか様子が変ですよ?」
ユイは不思議そうな顔をして首を傾げ、俺の隣に身を寄せてきた。
ほんの少しだけ心配しているような顔で俺を見つめる、紅い瞳。
俺の頭の中で渦巻く疑問が、喉元で絡まって消えてゆく
「ぁ……え、と……」
気が付くと俺は、ユイの柔らかな髪を撫でていた。
「えっと……怪我、無いか?」
「?」
ユイは少しむっとして俺を見つめ、僅かに尻尾を動かす。
間近で見るとより一層際立つ幼い顔は、未だ穢れを知らない無垢な子供に見えた
あの手帳に書いてあった白い魔物がユイなら、大いなる哀しみを知っているはずだ。
よくよく考えてみたら、俺はユイの笑顔を見たことが無い気がした。
「なんだか退屈です。少し、構ってください」
ユイはもやもやした俺の気持ちを汲んでくれないらしい。
俺がどんな思いでいるかも知らずに俺の手を弄り始めやがった
かといって振り払うわけにもいかない。
「あ、あまり乱暴にしないでくださ……」
こうなったらヤケだ、とことん構っ――
「おう杉原ァ、ちっと頼みたいことが……」
「……すまん。またあとで来るわ」
「違うんですよ先輩ッ! これには訳が!」
♦♦♦♦♦
それから数時間。陽も沈みかけた頃、俺はとても広い部屋の中で夕飯を食べていた。
怖いお兄さん方とユイとスミレ先輩と一緒だ。アサギとノワールは居ない。
暁先生は刀を腰に差した美人とどこかへ行ってしまった。
そんなこんなでうやむやのうちに夕食である。
俺には焼き鮭の定食。スミレ先輩には量を調節した会席膳が出された。
ちなみにユイは懐石料理である。
改めて考えてみてもひどい格差だ。美味いから文句を言うつもりは無いが。
食事を割り振ったのは藤野先輩だというが……幾らなんでも物申したくなってしまう。
「おいてめーら。飯食ったら風呂の準備だ! 今日は女子が居るんだ。気合入れろッ」
「ウィッス」
夕飯にがっつくお兄さん方に怒鳴って回る藤野先輩。
こうしてみると頼りがいがありそうなのだが……たまに出るサドな一面が玉に傷だ
そういや、この屋敷に居るのは男の人ばかりだ……まぁ当然かもしれんが。
というよりノワールとアサギは大丈夫だろうか。
いつも藤野先輩にべったりな静華さんも居ないし……
ふと縁側から外を見ると、淡い三日月が夜空を照らしていた。




