77『毒茸再び』
~裏山~
鬱蒼と巨木が生い茂る裏山の中腹。
毒キノコの女性、マシューとアサギは睨み合って(?)いた。
「ホント、不味そうなキノコね。シチューにしても食べたくないわ」
『ちょ、ちょっと待て! あたしを憶えてないのかい!?』
「だから誰よアンタ。さっさとノワール返して森に帰りなさいよ」
アサギは倒木に腰掛け、漆黒の刃を指でくるくると弄びつつ言う。
流し目で睨むその視線の先には、ぐったりとしたノワールを抱きかかえるマシューの姿。
『……だったら力ずくでも思い出させてやるからね。少し動かないでちょうだいな』
マシューはノワールを傍の草原に寝かせ、白い煙を纏い戦闘体制をとる
「……上等じゃない。刈り取ってあげるわ」
アサギが眼を光らせ、黒い刃を手に持った瞬間、森は一瞬で濃霧に包まれた。
流石に危険を察知したアサギは、手で口元を抑え辺りを睨む
「姿くらます気ね……私と同じ戦法じゃない」
森の中とはいえ、今は昼間である。アサギの力となる暗闇は僅かだ。
いくら使い慣れた戦法と言えど、アサギにマシューの居場所を察知するすべは無かった
『突っ立ってていいのかい』
「!」
アサギは背後に刃を向けるが、そこにマシューの姿は無い。
辺りに散布された霧は胞子である。吸い込めばたちまち意識を失ってしまう
アサギは自らを外気から遮断することは出来ず、口元を覆うしかない。直感で霧の正体は吸ってはいけない何かだと理解したアサギではあるが、結局片手を封じられてしまっていた。
『ふふ……っははははは』
「……ッ」
笑い声の方へ刃を振りぬくも、刃は虚しく虚空を裂くばかりだ。
片手では威力も落ちてしまう。たとえマシューを捉えたとしてもダメージは少ない。
さらに口元を覆っているとはいえ、胞子を完全に防ぐことはできない。
消耗戦に持ち込まれたら最後、アサギに勝ち目は無いのである
『ほれほれ、アタシはここだよ。刈れるもんなら刈ってみな』
アサギから数メートル離れた場所にマシューが姿を現し、べっと赤い舌を出した。
刹那、風を切る轟音と共に漆黒の刃が木々を薙ぎ倒し、マシューの体をも捉え、
その豊満なシルエットは白い霧の向こうで二つに分かれた。
「やった……?」
アサギが近くまで駆け寄り、確認すると……
そこにはマシューの姿は無く、代わりに大きな茸の残骸が散らばっていた。
明らかにマシューではない。身代わりである
『くく……アンタ結構単純なんだねぇ』
傍の倒木に腰掛け、クスクスと微笑むマシュー。
その姿を見て色々と吹っ切れたアサギはとある賭けに出る
「鬱陶しい……まとめて切り裂いてやるわ!」
アサギは僅かな闇をかき集め、薄く広く引き伸ばした刃を『両手』に構えた。
ざわりと木々が騒ぎ、揺らめく黒煙が力となりて、その瞳に不気味な光が宿る。
『バカな真似を……自殺行為だねぇ』
ニタニタと嗤うマシューの視界に映ったのは、大きく翅を広げた『蟲』の姿であった
~
「全く……どうして私は面倒な出来事にばかり出くわすのですか」
ぐったりと動かないノワールを背に、山を駆け下りる小さな人影。
その紅い眼はじっと山の中腹を睨みつけていた。
「このままでは巻き込まれてしまうかもしれませんね」
誰に言うでもなく呟き、ユイは山道を駆ける。
ノワールを背負っているにもかかわらず、その足取りは軽く、純白の風と呼ぶにふさわしいその姿は凛として美しい
「(あの魔物の他にも、いくつか嫌な気配を感じる……どうすれば)」
ユイは切り立った崖から跳び降り、大岩を踏み越え、吹雪と共に山を下る。
その表情はどこか、不安げに曇っていた
「今夜は少し……忙しくなりそうですね」
〜
「お、おい……このお嬢ちゃんどう扱えばいいんだ」
「俺に聞くなよ……」
「若はいったいどこへ居られる」
とある和室の中では、怖いお兄さん方がベージュ色の大福の傍で困惑していた。
時折もぞもぞと動くその布製の大福の中身は言うまでもない
――ぴっ
大福の隙間から小さな白い手が突き出された。
お兄さんたちは身を強張らせ、どうすればと右往左往する。
ぎゅるるるるる……
その瞬間、男たちは吹き出し
「そういうことか、おい和菓子持ってきてやれ」
そして数分後、一人の男性が持って来た和菓子を突き出された手に乗せると、
手は確かめるように軽く握り、そして大福の中へと戻って行った。
幽かにもぐもぐと噛みしめる音が聞こえ、男たちはほっと息を付く
「ど、どうだい? 旨いか?」
『……』
キャロルは再び手を突き出し、ぐっと親指を立ててみせた
部屋の中が、何とも言えない和やかな雰囲気に包まれる
~
「いやはや、相変わらずお元気そうで何よりです。この度は場所を貸していただいて……」
「気にしなくてもいい。浩二の頼みとあっちゃあ断るわけにはいかないさ」
一際広い古風な部屋の奥。暁先生は一人の女性と向かい合って話していた。
鮮やかな朱色の髪を紐で束ね、和服の腰元には豪奢な刀が差してある。
そして暁先生と比べてもなんら遜色のない整った顔立ちと見事な肢体。
誰が見ても美人であると言えるだろう。
女性は御猪口に注いだ酒をぐっと呑み、部屋の最奥にひっそりと佇む扉に目を向ける。
金属の錠と枠で覆われたその扉には電子キーロックが付いていた
「見ろ暁、奴は『役目』を終えた今でもあの中で主を求め続けてる」
「えぇ。恐ろしいほど伝わってきますよ」
「奴を出すかどうかは任せる。ガキどものいい修行相手になると思うがな」




