72『名も知らぬ貴女』★
つん、つんと誰かが俺の頬をつついている。
俺が重い瞼を開くと、見知らぬ女性がじっと俺を見つめていた。
青を基調とした制服にシャープな帽子を被っている
「お客様、終点に到着いたしましたよ」
「え、あ……すいません」
見てみると、他の皆もまだ寝ている。どうやらこの女性は駅員らしい。
やれやれ……すっかり寝込んでしまったな
時間も遅いし、どっと疲れが来たのかもしれない
「お客様、終点ですよー」
「ぅ……」
駅員の女性は俺にしたようにユイの頬をつついて起こす。
いつもの如く寝惚けたユイは駅員さんの指をガブリ。小さな悲鳴が聞こえた。
「お、お客様……終点ですぅ……」
駅員さんは涙目になりながらもアサギの頬をつついて起こそうとする。
そこはかとなく難儀な人である。
そしてどうやらアサギは低血圧らしく、眠そうに頭を揺らして「やめて」と微かに呟いた。
あの人悪くないのに。駅員さん何も悪くないのに……
「あの、あとは俺が起こすんで……大丈夫ですよ」
俺がそういうと、駅員さんはぺこりと頭を下げて去って行った。
お疲れ様です。心の中で労いの言葉を呟いてみる
何故だか不思議な気分だ……とりあえず皆を起こさないとな。
~
結局、何だかんだで夜遅くなってしまったのでそのまま解散ということになった。
貴重なスミレ先輩の寝顔を見ることが出来たし……色々と新しい発見もあったな。
思い返してみると、祭はそれなりに楽しかった気がする。財布は寂しくなってしまったが。
とりあえずユイは起きなかったので抱っこしてお持ち帰りすることにした。
キャロルはアサギの部屋で一緒に過ごすことになったらしい。
あいつらの関係はどこから始まったんだろうか……
などと考えていても、寝惚けて俺の首筋を舐めてくる毛玉のせいで思考がまとまらん。
こいつはどうにかならないものだろうか……
「う……」
するとユイがもぞもぞと蠢き始めたので俺はユイを降ろしてその手を引き、廊下を歩く。
とはいってもユイはまだ半分寝ているらしく、ぐしぐしと寝惚け眼を擦って足元も覚束ない。
大丈夫かこの毛玉。もふもふしやがって畜生
ふと、寮の廊下を曲がると、俺の部屋の前に見知らぬ少女が佇んでいるのが見えた。
光輝く金色の髪と、ゴスロリ風のドレスが見える。誰だ……?
どこか幸せな表情で窓から外を眺めるゴスロリの少女。
その横顔は将来の美貌を約束されているかの如く整っていた。バラ色の頬が愛らしい。
あの娘の周りだけ空気が違う気がする。なんというか……輝いている。
いや気のせいじゃないな。何かキラキラしたものが辺りを漂っているらしい
「?」
俺の気配を察知したのか、少女は振り向いて俺の方を見つめてきた。
俺と少女の視線がフッと触れ合い……
……気が付くと俺は押し倒されていた。
何が起こったのかはさっぱりわからない。しかし、にへらと笑いながらキラキラした何かを振りまいて、俺の視界を神々しい感じにしているゴスロリ少女の仕業だということは分かる。
目で追えなかった……瞬間移動でもしたのかこの娘。
「えへへ、おかえりっ」
少女は俺の上でにこにこしながら確かにそう言った。少女の声は高く透き通っていた。
正面から見ても良くわかる整った顔立ちと、輝く粉末のせいで物凄く眩しい。
まるで西洋の人形のような顔立ち。細かい色彩や装飾が成されたリボンいっぱいのドレス。
白磁のように白い肌に流れる様な金色の髪。そして大きな青い瞳は宝石のような輝きを放っている。
誰が、どこから、どう見ても絶世の美少女である。本当に人間かと疑うレベルだ
「――君は、誰だ?」
その瞬間、少女の顔から笑顔が消えた。
それから次第に少女の顔が悲しげに歪んでいき、20秒も経つ頃には俺の上で泣き崩れていた。
何なんだこの娘は……というより泣かせてしまった。どうしようかなこれ
「わ、私ね……校長先生から、貰った薬で……やっと喋れるように、なったの。
だから、えっと……ずっと貴方を待ってたの。ずっと、昼間からずっと待ってたのに!」
ぽろぽろと大粒の涙を零しながら、少女は怒ったような表情で俺を見つめる。
怒った顔も可愛い。というより今はそこじゃない
俺を待ってたって言われても……俺の知り合いにこんな外人の少女は居なかったはずだが。
「う、うぅ……ばかっばかっ!」
「……ッ」
少女は手首のスナップを利かせて俺の頬を叩く。
ぺちんっぺちんっと微笑ましい擬音が廊下に響く。ぶっちゃけ痛くは無いが……
……と、いうよりどうしてこんなことになってしまったんだ?
こんな美少女の知り合いは居なかったはず。生き別れた親戚とか? いや無いな。
幼馴染? それもあり得ないな。じゃあ何だ、えぇと……
金色の髪、青い瞳、ふわふわのゴスロリドレス……人形のような顔立ち。
……まさか……
「……アリス?」




