71『夜空』
結局、何だかんだで祭は終わり、俺を含めた特殊科のメンツは帰りの電車に揺られていた。
「……」
……俺以外の皆はすやすやと眠ってしまっている。
魔物娘たちや先輩方、暁先生まで眠っている。
ガタンゴトンと揺れる電車の中、規則正しい寝息のみが聞こえてくる。
窓から外を見てみると、漆黒の夜空の中に淡く光る龍が飛んでいるのが見えた。
夜空に光る朱色の眼が星みたいだ……ちなみにあの龍はノワールらしい。
聞いた話によると、甘酒を飲んで人の姿を保てなくなったとか。
聞いた時は少し驚いたが、良く見てみるとノワールにしか見えなくなった。
朱色の瞳、黒い鱗、辺りに浮かび上がる紅い文字。
……うん、どこをどう見てもノワールだ。
夜空に大きく翼を広げ、滑空するその姿はどこか美しい
あの背に乗って学園に帰るという話であったが、電車賃は暁先生が出してくれるとのことで結局電車で帰ることになった。
「はぁ……」
ぼんやりと天井を見つめながら、俺は深いため息をつく。
「にゃあ……」
こてん、と暁先生が俺の左肩に寄りかかってきた。新鮮な感覚に俺の体が一瞬震えた。
胸元の空いたメイド服の隙間から覗く谷間に俺の鼓動は早鐘を打ち、ぴくぴく動く猫耳が何とも愛くるしい。
いくらなんでも無防備すぎやしないか……?
というより、もうすっかり慣れてしまったがやはりこの人は猫なんだな。むにゃむにゃと顔を擦る仕草は猫そのものだ。柔らかく揺れる尻尾は相変わらずである。
ちなみに反対側ではユイが俺の右手をぎゅっと握ったままアサギと頭を合わせて寝ている。
向かい側の席では藤野先輩と静華さんが寄り添って眠り、その隣のスミレ先輩は本を開いたままこっくりこっくりと頭を揺らしつつ俯いている。何とも和やかな空間である。
他の乗客が見られない当たり、貸切なんだろう。そのあたりは流石校長先生である。
この電車の中は何故だかとても落ち着いた気分になれる。
アロマのようなものを焚いているのだろうか、ほんのりと甘い香りがする。
不思議な眠気を誘う香りだ……恐らく他の皆もこの香りに充てられたのだろう。
「俺も、寝るか……」
誰に言うでもなく呟き、俺はそっと目を伏せた。
~
「……どうしてあなたがここに居るの?」
黒館の屋根の上、妖紀は戦闘態勢を取るディアボロスの陰から小さく尋ねた。妖紀の見つめる先には、いくつかの人影がニタニタと笑みを零している
『クスクス……こいつがあの破壊神かい?』
『ふむ……流石に伝説の怪物だ、私一人じゃ精々半殺しだねぇ』
『玲紀さんの妹なんでしょー? さすがに若すぎない? あっ若作りか!』
『……くだらん。こんな小娘に何を求めるというのだ』
『にゃはははははは! 魔物は奥が深いにゃあ♪』
翼をはためかせる者、ふわふわと宙に浮く者、屋根に爪を突き立て歯を剥く者。
黒館の屋根に群がる者たちの中心には一人の男性が佇んでいる。
『オオオオオォ!!』
「うー……」
妖紀は吠えるディアボロスの陰からじっと男性を見つめている。
薄汚れた錦布をマントのように纏う男性の右目には大きな傷。
その胸元にはSをあしらったテイマー証が括りつけてある。
口元を僅かに歪ませ、怪しく光る黒い瞳で妖紀を見つめるその様子はひどく不気味であった
「ははっ……可笑しいな。いつの間に出てきたんだお前?」
「帰ろうよ、でぃあぼろ……私、あの人嫌い」
妖紀はディアボロスの触手をくいくいと引っ張り訴える。
ディアボロスはそれに応じるように翼を広げ、飛び立とうとするが……
『待ってよ。私たちも退屈してるんだ』
『遊んでほしいんだろう……? 我らがじっくりと構ってやるぞ』
『にゃふふ、撫でて撫でてぇ』
「止せお前たち。俺達も『junkshop』へ帰る時間だ」
その瞬間、ディアボロスを取り囲み楽しげに笑っていた者たちの動きがぴたりと止まり、
ケラケラと笑う声と共に魔物たちはわらわらと男性の周りへ舞い戻る。
『もう帰るのぉ? ぜんじろー』
『ふむ……主さまがそういうならば諦めるとしよう』
『つまんないにゃー』
『これもまた運命か……くっくっく』
「よしよし……いい子だ。帰ったら皆にご褒美をあげないとな」
自らの周りに群がり、擦り寄る魔物達を一匹ずつ撫でる男性の表情は緩い。
妖紀は今が好機と言わんばかりに低く唸りつつ翼を広げるディアボロスにぴょいと飛び乗り、どす黒い煙と共に姿を消した。
「おっと、逃げられたか……」
気にも留めずに呟いた男性は一際大きな魔物の背に乗り移り、じっと遠くを仰ぐ。
「なぁ……圭一。お前の相棒を一度見に行こうかねぇ……」




