66『水姫祭』
俺がユイとキャロルの二人と共に部屋から出ると、外はすっかり夏祭り。
沢山の屋台が並び、紅い提灯が吊り下げられている。
昼間見た幻想的な街並みとは全く違う。まるで別世界に迷い込んでしまったかのようだった。
相変わらず雨は降っているが小雨だし、道行く人々も浴衣を着ている。
その他にも人に化けたらしい魔物や、お面を被った子供が駆け回っていたり、
大きな道のあちこちから美味しそうな香りが漂ってくる。
何とも平凡な……それでいて楽しげなお祭である。
何だ……一時はどうなることかと思ったが普通の夏祭りだな。
俺は肩の力を抜いて財布に手を伸ばす。
「皆はきっと見て回ってるんだろうし……何か食うか。
……おっちゃん、えび団子一本」
「あいよ」
屋台に立っていたおっちゃんに100円を手渡し、えび団子を一本受け取る。
揚げたてらしい団子の衣にソースをかけて……いざ食べようとした瞬間、俺の手がぴたりと止まった。
「……」
『……』
「……おっちゃん。もう二本くれ」
~
随分と寂しくなってしまった財布を見て項垂れる俺と、
両手に数本、口に一本の串を咥えて満足げな二人の幼女。
確かに旨かったけど……そんなに何本も食うか普通?
それでも当然金を出すのは俺なわけで。
二人のおねだりに勝てるほど、俺は強くなかったのである。
一本100円とはいえかなりの痛手だ。もう札しか残ってない。
「中々に美味しい物ですね。あの男性は……尊敬に値する人物れしゅ」
もぐもぐとえび団子を頬張りつつ、ユイは尻尾を揺らしている。
少し前までは食べ物に対して変な考えを持っていたユイではあるが、最近はちゃんと飯も食べるようになったし、俺の手から普通にお菓子なども受け取ってくれるようになっていた。
最近はやけに甘えん坊になってきている気がするし……
これは、少なからず俺に心を開いてくれていると考えていいのだろうか。
「……じろじろ見ないでください。気持ち悪いです」
俺と目があったユイは頬を赤らめ、ぷいっと目をそらす。
ふと気が付くと、キャロルが忽然と姿を消していた。
「あれ……あいつどこ行った?」
「あそこで赤い小魚を眺めています」
ユイが指差す方を見てみると、金魚すくいの屋台に群がる子供の中に
見覚えのある茶色の塊がちょこんと混じっていた。
「おいこら、何してるんだよ」
『♡』
俺が声を掛けた瞬間、キャロルはフードの奥の瞳を輝かせて俺に何かを訴える。
「いや……ダメだぞ? 金魚すくいは意外と高いし……」
『……』
「そんな目で見るな。暁先生に頼めばきっと……」
『……』
~三分後~
……負けた。
俺は金魚すくいのおっちゃんに札を手渡し、お釣りを受け取る。
同時に薄い紙が貼ってある道具をキャロルに手渡す。
「ほら、一回だけだからな」
『♪』
キャロルは嬉しそうに白い歯を覗かせ、嬉々としてその場にしゃがみ込む。
大きな白い容器の中には綺麗な金魚が沢山泳ぎ回っている。
その中にはあきらかに客寄せとして入れられた大きな金魚も居る。
まさかあれを狙うなんてことは……
『……』
……狙ってるよこの子。完全に大物狙いだ。
ゆっくりと泳ぐ大物に狙いを定めて真上にポイを構えてじっと様子を伺っている。
絶対取れないからやめとけと言える雰囲気でもない。
普通は忠告する屋台のおっちゃんも何故か黙っている。
そしてなぜか他の客も黙ってキャロルの様子を見ている。
辺りを不自然な静寂が支配する。何だこの状況
そしてキャロルはついにポイを水面に差し込み、大物の下に潜り込ませ……
――バリッ『!!』
……あっけなく失敗に終わった。
まぁ、そりゃそうだよね。取れるわけがない。
『……』
そしてしばらく呆然と固まっていたキャロルは破れたポイを手に俺を見つめてくる。
……いやいやいや、勘弁してくれよ。
俺はユイにフォローを求めようと隣を見てみるが……そこにユイの姿は無い。
「……あれ?」
~
「センセー。祭終わったらあいつら借りていいですか?」
「……と、言いますと?」
レイニィタウンの広場、ぴろぴろと揺れ動く飾りにじゃれる暁先生と
渋い色合いの甚平を着て綺麗な飴細工を舐める浩二。
二人は屋台が立ち並ぶ広間の大通りを歩いていた。
ちなみに静華はわたあめの機械で遊んでいる。
「あぁ、いい機会だし……海にでも連れて行ってやろうかと思いましてね」
「にゃるほど~……お祭りの後は海ですか。楽しそうですねぇ」
「今のセンせーが一番楽しそうですけどね。んじゃ俺は焼きイカでも買ってきますわ」
暁先生は猫耳と尻尾を生やしながらも飾りをキャッチし、満足げに咥える。
「……?」
「センセー。生えてますぜ」
浩二は暁先生の猫耳にそっと囁くと、頭を指差してにぃっと笑った。
それからバリンと飴細工を噛み砕き、甚平を翻してその場を去って行く
ハッと気づいた暁先生は自らの頭をぺしぺしと叩いて耳を消し、尻尾も同様に消す。
はぐらかされつつも浩二の思考を見抜いた暁先生は「なるほど」と頬を緩ませ
「濡れるのは、あまり好きじゃないんですが……」
飾りを咥えながら、ぽつりと呟いた。
その真意は、不明である。




