64『留守番アリスの脱走計画』
『Why must i stay at home!?』(どうして私が留守番しなきゃいけないの!?)
小さなゴスロリ人形少女、アリスは怒っていた。
簡単にいうと置いてけぼりといった状況である。
寝ているときに運悪くベッドの隙間に落下し、それでもなお、目覚めることなく眠り続けてしまった彼女は見事に存在を忘れられてしまっていた。
『I do not understand a meaning…』(意味わかんない……)
アリスは圭一が使っている枕の上でしゅんと座り込み、俯いていた。
金色の髪が、寂しげに揺れる。
いつものようにアリスが目覚めた時には圭一の姿は無く、当然ユイも居ない。
体が小さなアリスにとって、広い部屋の中の一人ぼっちはとても寂しかった。
金色の文字を浮かべて気持ちを表現しても、返事は帰ってこない。
『I am not lonely particularly.i am okay alone!』
(別に寂しくなんかないもん。私は一人でも平気なんだからっ)
開き直った人形少女は金色の液体を小瓶に収め、ベッドから飛び降りる。
――べちっ『!』
地味な衝撃がアリスの小さな体に響く。
アリスはぷるぷると震えながらも体制を立て直し、小さな歩幅で扉へ走る。
とてとてとてとてとてとてとて。
とて、とて……
第一の難関【そもそも扉までの距離が遠い】
『~……っ』
小さなアリスならではのトラブルが発生した。
人形であるアリスにそもそもスタミナという概念は無い。
しかし666号室は人間の圭一から見てもかなり広い部屋だ。圭一でも十数歩は歩く扉までの距離が、アリスにはとても長く思えた。
扉そのものはアリスの視界に大きく映し出されているのだが、何しろ彼女の身長は20cmほどである。人間の数歩が、彼女には数十歩となる。
しかし諦めてしまっては元も子もない。
時々床に敷いてある布(絨毯)に引っかかって転びつつも、アリスは走り続けた。
~数分後~
『……。』
アリスは絶望していた。
この展開が予想できなかったわけじゃない。現実を受け入れたくなかったのだ
第二の難関【扉のドアノブ回せない】
非情にも、アリスの前に立ちはだかる高い壁。
その遥か頭上には、銀色のドアノブが鈍い輝きを放っている。
扉の開け方は簡単である。あのドアノブを捻って軽く押せばいい。
しかし、アリスにはその簡単な動作ができない。
正しくは出来ないわけではない。だが非常に難しいのである。
アリスは扉にぺったりと寄りかかり、何とかして扉を開ける方法を必死に考えた。
・扉をよじ登る→足場が無い。
・何とかしてこじ開ける→無理。
・家具を利用して足場を作る→動きそうもない。
・他の出口を探す→『……♡』
ぱぁっと顔を輝かせたアリスは嬉々として辺りを見渡す。
アリスは小さな体でくるんと一回転。ふわふわの服と金色の髪が柔らかく広がった。
実際見渡したのは一瞬だが、アリスの瞳は二つの出口を捉えた。
一つは、扉の中心部についている郵便受け。
そしてもう一つは部屋の壁に設置されている大きな窓。
大きな窓には鍵が掛っている。となれば残る出口は郵便受けのみである。
アリスは小瓶の蓋を開け放ち、とろりと流れる金色の液体の形を変えてゆく……
『r』
アリスはありったけの液体を使って細く、縦に長い小文字のRを作り出した。
それからにっと笑みを浮かべたアリスは文字を振り回し、ぽいっと放り投げてみる。
微笑ましい腕力で真上に放り投げられた金色の『鍵縄』は、へろへろと放物線を描き……
……そのまま壁に跳ね返され、アリスの頭に垂直落下。
――コンッ『!』
『……』
~数十分後~
べちゃっ。
流星学園の廊下に、水音が微かに響く。
666号室の扉の前には金色の液体に塗れたアリスが『落ちて』いた
形を失った金色の液体は放射状に廊下に広がっている。
ぐったりと廊下に伏したアリスの体はピクリとも動かなくなっていた。
数十分の格闘の末、何とか郵便受けから脱出することに成功したアリスの服と髪はボロボロのよれよれになってしまっている。スタミナは無尽蔵であっても、気力は無限では無いのである。
郵便受けという狭い隙間を無理やり通り抜けた為か、
その綺麗な肌にも細かい擦り傷やゴミが付いてしまっている。
「……」
そして、そんなアリスをじっと見つめる人物が一人。
夜が具現化したような闇色のローブ。海原の如く青く輝く美しい髪。
そして紺色の魔女帽子の下から覗く金色の瞳は、冷ややかな光を宿している。
流星学園校長。樫之宮 玲紀がそこに居た
「貴女、こんなところで何をしているの?」
校長はアリスの傍に屈み、廊下に転がっていた小瓶を拾い上げつつ尋ねる
『……?』
全体的にボロボロなアリスは金色の水たまりの中、ころんと仰向けになり、
閉じかけの瞳で校長を見つめた。
「随分と疲れてるみたいね。脱走なんて考えない方がいいわよ」
その瞬間、校長の帽子からずるりと這い出した白い影がアリスをじっと見下ろした
顔らしき部位に光る二つの青い眼が、ギラリと鋭い輝きを放つ。
『!』
『俺様が怖いか……? 小さき者よ』
「貴方は大人しくしておきなさい。出てきていいなんて許可した覚えは無いわ」
校長は帽子をトントンと軽く叩く。
すると、白い影は心底つまらなそうに帽子の中へと戻って行った。
『?』
アリスは状況が飲み込めず、困惑した表情で疑問詞を浮かべるしか無かった
「そうね……頑張った貴女には何かご褒美をあげようかしら。
試しに何か欲しいものを言ってみなさい」
――「私が、『創って』あげるわ」




