63『生きる伝説は甘えたい』
……俺の背後に佇んでいたのは、凍結した美女であった。
その透明な体は幾重にも凝結した氷で覆われ、豊満な胸元は鋭い氷柱に貫かれている。
美しい肢体とは別に、透き通る下半身は大蛇のような形を成していた。
その表情は苦しげに歪み、しなやかな手で大槍を抱きしめるように握っている
あの時、校長室で見た『水姫』その人が、そこには居た。
「……!!」
ここで俺は、あることを思い出した
そうだ……水姫と言えばあの伝説の……!
どうして気が付かなかったんだ。地皇と同じ災害系の魔物じゃないか
かつては全てを水底に葬ったほどの魔力の持ち主。
そんな怪物が……今、俺の目の前に居る。しかも、凍結した状態で……
「ユイ、お前……」
「水と氷は似て非なる存在。昔からこうしてよく喧嘩していました。
弱体化した今でも、私の勝利は固いようですね」
ユイが何気なく呟いたその一言に、俺は耳を疑った。
「今……何て……」
「この状態も長くは持ちません。一刻も早くこの術を解いてしまいましょう」
そう言い放ったユイは紅色の玉をぱくっと口に含み……噛み砕いた。
~
……気が付くと、俺はレイニィタウンの駅に立っていた。
辺り一面の銀世界は消え、雨が降り注ぐ幻想的な街並みが、眼前に広がっている。
道を行き交う人々。そこらに溢れる水系の魔物達。
そして、美しい空と霧に包まれた街並み。
何もかもが、元通りになっていた。当然、どこにも水姫は居ない。
「……」
「何を突っ立っているのですか。早く行きますよ」
何事も無かったかのようにユイは道を歩いてゆく。
気持ちの整理が追いつかないのは、俺だけなのだろうか……
~
そんなこんなで俺とユイは他の皆を探すことになった。
街には相変わらず雨が降っている。止むことは無いのだろうか
ユイの嗅覚を頼りに皆を探すうちに、レイニィタウンがとても大きな町であるということが分かった。
混沌の街と比べてもかなり大きい。
よく見ると濡れた道も広く、しょっちゅう大きな広場に出くわす。
特に川沿いにつくられた道は立派で、川には荷物を積んだ船を漕ぐ人たちもいる
これだけ大きな街なら王国と言っても良いくらいだ。ひょっとしたら王様が居るのでは?
一瞬そんなことを考えたが、水姫を祀る街に王は居ないだろうという結論に至った。
というより、さっき思いきり凍結させられてたが水姫は大丈夫なんだろうか。
「……」
ふと、ユイが立ち止まって俺の顔をじっと見つめていることに気が付いた。
その表情は少し恥ずかしげで……幼い顔ながらも色っぽさを感じる。
「……なんだよ」
俺は目を逸らしつつ道中購入した飲み物に口を付ける
「もう疲れました。キス、して……ください」
その瞬間俺は飲み物を盛大に吹き出し、直後むせ込む。
いきなり何言いやがるこの幼女
「なっ……なななにをいきなり……!」
「だめですか? なら……抱っこしてください」
両手を広げ、俺を受け入れる体制を取る毛玉。しかもちゃっかり瞳を伏せて準備万端だ。
「……どうしたお前。風邪でも引いたか?」
「……」
そっとユイの額に手を当ててみる。うん、冷たい。
ユイの頬は徐々に紅潮し、それでもなお両手を広げたまま俺の対応を待っている。
このまま放っておいたらどうなるかな
「……」
「……」
……十秒経過。ユイの頬はすでに真っ赤だ。
心なしか伏せた瞳から涙が滲んでいる気がする。
「…………」
十五秒経過。ユイの腕がプルプルし始めた。
……てっきり何か言ってくると思ったが、ひたすらじっと待ってるなんて健気な奴だ。
恐らく、言ってみたは良いが我に返ると恥ずかしくなってしまって、
かと言って「やっぱりいいです」とも言えず結局我慢して反応を待つしか無い。
……そう考えると何とも微笑ましい奴である
「ごめんな。キスは無理だが代わりに抱っこしてやるよ」
「……っ」
腕を広げたままのユイの腋に手を入れ、優しく抱き上げる。
よしよしと背中をさすってやると、返事代わりに甘噛みが返ってきた。
尻尾の動きを見るに一応喜んでくれたようだが……
顔は見えないがきっとユイの瞳は涙に潤んでいることだろう
「あんまり可愛いことするなよ……ユイ」
「もう……喋らないでください……っ」
~流星学園・666号室~
『It was left』




