60『其処は美しき水の街』
『ご乗車の皆様、レイニィタウンへ到着いたしました
御忘れ物にご注意ください。繰り返します、ご乗車の皆様――』
電車に揺られること数時間。ようやく目的地に到着したらしい。
暁先生の課外授業をみっちりと聞かされたせいで、俺はげんなりとしていた。
俺以外の面子はというと、皆仲良くすやすやと眠ってしまっていた。
どうして俺だけ課外授業を受けなければならないのかという疑問を抑え、
俺は大きく体を伸ばす。肩や首が威勢のいい音を鳴らした。
かなりの美少女揃いである魔物娘+αの寝顔を拝見できたから良しとしよう。
四人並んですやすやと……微笑ましい奴等だ。
結局電車に揺られている間何も喋らなかったキャロル(呼び捨て可とのこと)も
一緒に眠ってしまっていた。フードがずれて幼い顔と栗色の髪が見えてしまっている。
こうして見てみると、この娘も幼いながらも将来有望な美少女であることが伺える
「ん……」
「ほら皆さん、起きてください。着きましたよー」
暁先生が四人の体を軽く揺すりながら優しく呼びかける。
やがて眠そうに目を擦りつつもノワールは立ち上がり、
アサギは大きな欠伸をしながら荷物に手を伸ばし、
ハッと目を覚ましたキャロルは慌ててフードを被り直し、
寝ぼけて切ない声で鳴きながら俺を抱きしめてくる毛玉は抱き上げてお持ち帰りだ
そんなこんなで俺を含めた特殊科の面子は荷物をまとめ始める。
とはいっても藤野先輩と静華さんは寄り添うように眠ったままである。
起こそうかと思ったが、どうやら暁先生も放置するつもりらしく、
そのしなやかな人差し指を唇に当て、悪戯っぽく微笑んでいる。
この人は案外、良い性格してるんだよなぁ……
とりあえず他の面子に続いて、俺も荷物(ユイ含む)を持って電車から降りると
……流石は水の街というだけある。レイニィタウンは雨模様だ。
「わぁ……」
降りた瞬間、アサギとノワールがほぼ同時に感嘆の声を上げる。
ざぁざぁと降りしきる雨の中、きらきらと輝く何かに彩られた通路。
うっすら霧に覆われた街並みはとても幻想的であった。
光る雨の中、俺たちに向かってひらひらと手を振る妖精や、
輝く川を泳ぐ魔物や、美しい人魚の類が岸で談笑をしていたり、
薄暗く曇っているはずの空は青を中心とした虹色に輝き、渦巻いている。
「綺麗……」
スミレ先輩も本をしまい、幻想的な街の風景をじっと眺めている
「綺麗な街ですねぇ……流石は水姫様といったところでしょうか」
「眩しいな、こんなんじゃ眠れやしねぇ」
うっとりと頬を緩める暁先生の傍には、いつのまにか藤野先輩が佇んでいた。
いつ起きたんだろうか……そもそも寝ていなかったという可能性もあるが。
すでに扉は固く閉ざされているにも拘らず発車しない電車の中では、
静華さんが泣きそうな顔で扉を叩いていた。
あの人ならすり抜けられそうなものだが……
「何やってんだ姉貴、茶番はいいから早く出てこいよ」
『えー……』
心底つまらなそうに声を漏らした静華さんは、するっと扉をすり抜け
人魂となって雨の中を漂い始めた。その様子はどこか風情がある
やっぱりすり抜けられるんだ。あの人……
『……』
「ん?」
後ろからちょいちょいと裾を引かれて振り返ると、
キャロルがぶかぶかの袖で何かを持っていた。
ぐっと俺の方に差し出しているのを見るに、くれるのだろうか。
それともただ調べてほしい、または見てほしいといった類であろうか。
いずれにせよ喋ってくれないことにはどうしていいか分からない。
「えっと……」
とりあえず受け取って見てみる。ビー玉ほどの小さな紅色の玉だった。
玉は透き通っていて、中で透明な紅い液体が渦巻いている。
何だ? これ……
すると一瞬、俺の脳内にノイズが走り、
『~♪』
真っ赤な番傘を広げた幼い少女が、鼻歌を歌いながら俺の前を通り過ぎて行った。
とてつもなく目立つ紅い番傘は楽しげに揺れながら、遠ざかってゆく。
一瞬の事ではあったが、少女の肌は透き通っていたような気がする。
遠ざかる番傘の下、少女の足元に目を向けると……
水たまりをかき分け進む透明な蛇の尾が、しゅるしゅると畝っていた。
「魔物……?」
ふと、周りを見ると、特殊科の面子はおろか街を行きかう人々すらも居なくなっていた。
滝のように降り注ぐ雨と、抱いているユイの吐息が俺の体を急速に冷やしてゆく
「嘘だろオイ……」
光り輝く幻想的な街の中。
キャロルから貰った紅色の玉が、俺の手の中で煌々と輝いていた




